akのもろもろの話

漫画とかの覚え書き

蟲師 漆原友紀 蟲師ギンコの終わりのない旅

皆さま、ごきげんよう

蟲師」は1999年から2008年まで連載された漆原友紀の作品です。

 

蟲とは、昆虫ではなく、動物でも植物でもない、生命の原生体に近い物たち。

蟲が起こす怪異を研究しその知識を生かして生業としている者が蟲師です。

 

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全10巻

 

 

蟲師のギンコは、ある時雪深い里に呼ばれ里人達が片耳だけ聞こえぬ病に犯されている事を聞かされます。

ギンコはすぐに蟲の仕業であると見抜き適切な処置をしたので、里人から感謝されます。

その時、額に4本の角が生えこれまでに聞いた事のない音が聞こえ出した、という少女の事を相談されます。【柔らかい角より】

 

 

ギンコは20代から30代位の男性で、白髪で緑の瞳という一種異様な外見を持つ蟲師です。

蟲たちを呼び寄せてしまう体質の為、一ヶ所には長くいられないので常に旅をして流れて行きます。

蟲よけタバコがトレードマーク。

ギンコが旅先で出会った人達と蟲の物語が一話完結のオムニバス形式で描かれています。

 

 

禁種の蟲を身体に封じ、蟲を封じる為の呪を代々筆記してきた狩房家。

秘書である「狩房文庫」を見る為訪れたギンコは、四代目筆記者である狩房淡幽に会います。

生まれた時から筆記者となる運命を負った淡幽の人生は過酷でした。

若い女性でありながら、禁種の蟲に蝕まれた片足は紫色に変色し動きません。

屋敷にこもり書物を書き続ける淡幽は、人間の驕りが蟲を殺生しているだけなのではないだろうかと疑問を持ち始めます。【筆の海より】

 

 

蟲は誰にでも見えるものではありません。

けれど人々の暮らしには蟲という存在が身近にいて、この世界では人と蟲は共存しているのです。

しかし蟲はなかなか厄介な存在で、時には人に害を及ぼしたり怪異現象を起こしたりもします。

でも蟲には悪気があるわけではなく、ただ生き物としての生を全うしているだけなので、ギンコと淡幽は生き方は違いますが安易に蟲を屠る事は間違っていると考えているようです。

 

 

いつも五月雨の前頃に突然現れて、雷雨が止む頃にいつの間にか姿を消す不思議な集団「ワタリ」。

地主の息子のタクは、その流れ者集団の少年イサザと知り合います。

いずれはこの土地を相続する事になるタクは、この山は俺の山だとイサザに言うのですが、この山の主はちゃんと別にいてそれは頭に草が生えた大ナマズだと言われます。【草を踏む音より】

 

 

「ワタリ」は地底に水脈のように流れ移動していると言われる「光脈」を追って各地を渡り歩く集団です。

「光脈」が近くにある土地は緑豊かに栄え、「光脈」が離れて行くとその土地は枯れてしまいます。

それらの情報を蟲師に売るのも生業の一つなのです。

かつて日本にいて今は消えてしまったサンカをモデルにしたと言う「ワタリ」の集団。

彼らをうらやましく思いながら、土地に縛られ一生を終えるしかないタクは彼らが去った後もその土地を守って暮らして行きます。

 

 

その場所にふらりと立ち寄った、蟲師であり旅人でもあるギンコは「なるほど・・・そりゃあ、たぶん蟲の仕業ですな」などと、ボソッと言いながら蟲への対処法を教えたり薬を渡したりして暫く滞在し、また次の土地へと旅立って行くのです。

 

 

現代の社会には、消えてしまった物や忘れてしまった物が様々あると思います。

電気も携帯電話も自動車もない時代、陽が沈めば辺りは闇に包まれ、誰かに会いたいと思えば自分の足で歩いて会いに行き、伝えたい事があれば手紙を書きました。

たとえば夕方の黄昏時は「逢う魔が時」と言い、昼と夜の移り変わるこの時間帯には、魔物に遭遇したり何やら恐ろしい禍を被ると信じられていました。

神霊や妖や魔といったたぐいの物を日常の生活の中で当たり前のように信じていた時代。

自然の山や森は神域へと誘う場所であり、この世とあの世の境目は今よりもずっとあやふやだったと思うのです。

 

 

この物語の時代設定は作者によると、「鎖国を続けた日本」もしくは「江戸と明治の間にもう一つある架空の時代」であるらしいです。

登場人物はほとんど着物でギンコだけは洋服を着ています。

今は失われてしまったのどかな田舎の風景が、どこか郷愁を感じさせるようでとてもいいんですよね。

四季があって自然豊かな日本とその自然を愛した日本人のルーツを見てるようで。

海をじっと見つめてたり、雪の中に佇んでたり、人と自然のさりげない描写もいいんです。

 

絵柄は地味で、ギンコも特別イケメンというわけでもないし、蟲を退治して大活躍するなんて話でもありません。

むしろその逆で、静かで切ない終わり方をする事が多いのです。

 

 

蟲という存在は読んでも何なのかははっきりとわかりません。

そういうよくわからない物が身近にある事を人々は承知してたような気がします。

だからこそ、理不尽にも降りかかる災いや悲劇も己の中に受け入れては、淡々と噛みしめるように生きているんですよね。

なんか古い時代の日本人の姿を見るような気がします。

しみじみと悲しみを包容するような終り方で不思議な読後感のある作品です。