akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「ゴールデンカムイ」⑰ 野田サトル 

 ゴールデンカムイは明治時代末期の北海道が舞台です。

「不死身の杉元」という異名を持つ日露戦争帰りの杉元佐一とアイヌの少女アシㇼパが網走監獄の死刑囚が隠した莫大な埋蔵金を探す壮大な物語です。

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          (野田サトル「ゴールデンカムイ」17巻)

 

ロシアに密入国する為にウイルタ民族に変装して国境を越えようとしたキロランケ、尾形、白石、アシㇼパの四人組はロシアの警備隊の待ち伏せにあってしまいます。

人のいいウイルタの親父さんが頭を撃たれ、瞬時に尾形は相手側に手練れの狙撃手がいると判断します。

橇の向こう側に身を隠しながら、いきなり樺太の国境守備隊に襲われるなんておかしいと不信を抱く一行。

その時キロランケが立ち上がり、狙撃手が狙っている中を堂々と血を流して倒れたままの親父を助けに行くという無茶な事をします。

ロシアの観測手が「早く撃て!」と言うに、狙撃手は狙いをつけたまま引き金を引きませんでした。

その隙に尾形が撃った銃弾が観測手の腹に命中します。

おのれ日本人め!とはならないのね。 

ロシアVS尾形 狙撃手対決

観測手が撃たれても冷静沈着なロシアの狙撃手は「頭を狙えたのにわざと腹を撃ったのは足手まといにして我々から逃げるためだ」と分析します。

尾形も優秀だけどこのロシア人もすごいんだね。

仲間が撃たれても精神を乱したりはしないのが本物らしい。

森へ逃げ込んだトナカイ橇の痕跡を見つけ待ち伏せて狙撃しようとしますが尾形は撃ってきません。

尾形は尾形で相手が撃ってくるのを待っているのです。

ここから対峙したままじっと動かない二人。

一発でも撃てば自分の居場所が確定してしまいますから一撃必殺じゃないとね。

もし仕留めそこなえば次は自分が撃たれちゃうから。

緊張感がすごい。

 

ゴルゴ13始めスナイパー的キャラクターは数多おりますが、この尾形百之助も凄腕スナイパーです。

狙撃手って漫画じゃスマートでカッコよいイメージだけど実際はあまりにも危険すぎて捕虜にさえなれないってなんかの本で読んだ事があります。

他の捕虜と違い狙撃手は「こいつが仲間を殺したんだ」ってバレバレだから敵からの報復を受けて酷い目にあわされて殺害されてしまうそうです。

「獲物が姿を見せるまでひたすら息を潜めて待ち一瞬の好機を逃さず一撃で仕留める」という狙撃手の在り方はまさに獲物を狩る狩人そのもので、極めて偏執的で特殊な人間のように思えます。

中には狙撃手は卑怯な人種だと考える人もいるのです。

この狙撃戦に尾形は勝利しますが、尾形もまたその抜群の射撃技術を仲間から畏怖される一方で嫌悪されるという特異な存在なのです。 

旅順攻囲戦で何があったか

尾形の出自は複雑なのです。

元第七師団長花沢中将が芸者に産ませた子供で、本妻との間に男子が出来た事で母子は捨てられたのです。

ロシアンスナイパーとの狙撃戦に勝利した際尾形は疲労から熱を出してしまいますが、頭部から血を流す腹違いの弟勇作の幻影を見ます。

この弟君は妾の子である尾形を兄様と呼んでくれる優しい青年だったのですが、尾形は「両親から祝福され愛されて育った子供の行く末だ」と自分とはまるで違う動物を見るようでした。

尾形は日露戦争後鶴見中尉の指示で、当時第七師団長だった父を割腹自殺と見せかけて殺害しています。

その際、父に捨てられ頭が変になっていた母をあんこう鍋に殺鼠剤を入れて殺害した事、203高地で勇作を狙撃した事を告白しています。

旅順攻囲戦は司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも描かれた難攻不落と言われたロシア旅順要塞を日本軍が攻略し陥落させた戦いです。

中でも203高地の争奪戦は熾烈を極め日露戦争を象徴する激戦地でした。

この戦闘は空前の死傷者を出し両軍の将兵の鮮血で染まった壮絶な様子が作中でも描かれてますが、尾形はこのどさくさに紛れて弟を後ろから狙い撃ちしてるんですよ。

変態揃いのゴールデンカムイですから特別尾形だけが異常者には見えませんが、これはかなりイカれてます。

殺した相手に対する罪悪感をまったく持たない兄を、兄様にもきっとわかる日が来ますと抱きしめた弟。

高熱に浮かされ朦朧とするなかで尾形の頭の中にはそんな事が浮かんでいたのです。

 

尾形が師団長の妾の子である事は公然の事実であって出自が卑しいとして侮蔑する者もいましたが、それだけじゃなくてやっぱやな奴だったんでしょうね。

抱えてる物が重すぎて人と馴れ合う事が出来ないんだろうな。

本当は愛に餓えているのにそんな事さえ気付かぬ程、尾形の心は空っぽなんです。

それが逆にどんな相手でも躊躇なく引き金を引けるし、心理戦では圧倒的な強さを発揮してきたんですよね。

狙撃手は孤高なものですが、そこに人としても孤独な面を絡めて尾形というキャラクターはうまく創られてると思います。

魅力的な登場人物とアイヌ文化の目新しさ

小さい頃家族旅行で北海道に行って何も知らずに入ったアイヌ民族博物館だと思うんですが、資料館で見た写真とかムックリの音が子供心になぜかとても怖かったのです。

今見るとユーモラスにも思えるその音が、当時の私には「耳なし芳一」の話と同じ位怖くて2大怖い物でした。

ゴールデンカムイの時代、日本はまだとても貧しい時代でアイヌには偏見や差別を受けたつらい歴史があります。

でもこの作品で描かれるアイヌは大自然の中で生きる術を持つとても明るくて面白い人たちです。

アイヌ文化をここまで描いた漫画は恐らくなかったろうし、登場人物もそれぞれ魅力的で17巻になっても勢いを失いません。

キロランケやウイルクの過去のとてつもない罪も明かされ、ますます目が離せません。