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大人の漫画読み

本/「アイヌ文化で読み解くゴールデンカムイ」 中川裕

本書は、野田サトルの漫画「ゴールデンカムイ」のアイヌ語監修者にしてアイヌ文化研究の第一人者である著者が、漫画の名場面を引用しながら解説を行った唯一の公式解説本にしてアイヌ文化への入り口となる入門的新書です。

 

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         (中川裕「アイヌ文化で読み解くゴールデンカムイ」)

 

「ゴールデンカムイ」ほどアイヌ民族を生き生きと描いた漫画はこれまでなかったんでしょうね。

あっても現実から遠く離れたファンタジーのような存在だったり、あるいは歴史の中で虐げられ滅びかかった弱き存在としてでした。

ところが「ゴールデンカムイ」に登場するのは、明治末期のアイヌ社会を力強く生き抜く優れた知恵と能力を持った魅力的なキャラクターです。

連載開始時から監修を務める著者は、「これはいける!」と直感的に思ったそうです。

野田氏の描くアイヌには今までにない説得力を感じたんでしょうね。

 

アイヌとはいかなる人なのか?

アイヌは元々は物々交換による交易を行う狩猟採集民族です。

江戸時代に入るまでは、北海道のアイヌと和人は交易相手としてほぼ対等な存在だったようです。

それが変わって来たのは松前藩が正式に確立してからで、それまでのような自由貿易ができなくなり松前藩士の言い値で取引しなければならなくなってしまったのです。

和人への不満が募る中で有名なシャクシャイン戦争が起こり、アイヌ側が敗北した事で松前藩は政治的、経済的支配を強めました。

それでも「蝦夷の沙汰は蝦夷次第(アイヌ内部の事はアイヌに任せる)」という方針により、伝統的な生活や文化は保たれていたのです。

ところが明治維新以降、北海道は先住民であるアイヌの土地だという意識をまったく持たない政府は、あたかも無人の地を「開拓」するような政策を推し進めました。

狩猟民族なのに土地を取りあげられシカやサケが禁漁とされ、生活の基盤を根こそぎ奪われてしまったのです。

1899年に制定された「北海道旧土人保護法」は困窮するアイヌを救済する目的としながら、実は農耕民化する為のものでありアイヌの和人社会への同化が積極的に進められました。

アイヌの女性の口のまわりにする入れ墨は、作中でフチがアシㇼパは入れ墨する年になったのに嫌がっていると嘆く場面がありますが、そもそも既に法律で禁止されていたそうです。

キロランケがつけている大きな輪っかのピアス等も同様に禁止されました。

その理由は「野蛮な風習だから」という事でした。

土人と呼ばれ、アイヌ語を使っていたのでは生活ができない状況に追い込まれ伝統文化は衰退していったのです。

 

名前が持つ特別な力

アシㇼパの父親のウイルクは、アムール先住民の権利の為にロシア政府と戦っていた人です。

その父がつけたアシㇼパという名は「未来」という意味に解釈できると作中で言ってるように希望を託した素敵な名なんですが、子供の頃はエカシオトンプイ「祖父の尻の穴」と呼ばれていました。

カムイは汚いものが大嫌いなので、子供たちがカムイに気に入られて魂を取られないようにわざと汚い名で呼ぶのです。

ただし作中に登場するオソマ「うんこ」と言う女の子の名は実際の習慣に即して言えば、あれは正式な名前らしいです。

オソマちゃん可愛いです。

小さい時に体が弱かったり、兄弟が幼くして亡くなったような家では正式な名前に汚い名前をつけたりもするらしい。

実際にあった名前として、イポカシ「醜い」と言う男性の名を挙げ、きっとその人物は絶世の美少年だったのではないかと書かれています。

その美貌のせいでカムイに魂を取られてしまう事を恐れた親が、わざと「醜い」などと言う名前をつけたのではないかとの事。なるほど面白い。

アイヌの人々は文字を持ちませんから、言葉という物を大変重要視したんですよね。

日本語にも様々な方言があるようにアイヌ語も地方によって色々な言葉の違いがあるそうです。

アシㇼパ達が樺戸へやって来た場面では石狩方言にすべき所を小樽方言の言い方にしてしまい、雑誌原稿はそのままで後日コミックスで直したそうです。

アイヌ語のセリフは私たちはなんだかわかりませんがそんなご苦労もあったのね。

そんな風にアイヌの登場人物のアイヌ語のセリフはこの方が作文してたんです。

ただアイヌ語の母語話者は現在ではもうほとんどいないそうです。

 

ゴールデンカムイを足掛かりにしたアイヌ文化の入門書

アイヌ民族は現在のマジョリティを占める人々の先祖が居住する以前から、北海道等に住み歴史や文化を担って来ました。

著者はアイヌ語、アイヌ文学を専門とする言語学者であり、首都圏に暮らすアイヌ民族の人々とアイヌ語を学びあうという活動を続けています。

「ゴールデンカムイ」はアイヌ文化を紹介する漫画ではありません。

アイヌを一つの素材として物語に上手く組み込んだ作品です。

その一方でこの作品がアイヌ文化への窓口としての大きな役割を果たしている事は間違いなく、またそういう期待をしている人もいるんですよね。

私は著者のアイヌへの愛を感じました。

過去の歴史を研究するだけでなく、アイヌ語やアイヌ文化を再び取り戻し未来へ繋げようとしているからです。

「ゴールデンカムイ」の漫画の場面を取り上げながら解説されてるのでとても楽しい一冊です。

この場面は実はこうなんだと裏話も興味深く、漫画を読んだ人はいっそう理解が深まりますし、読んでない人も十分楽しめると思います。