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漫画/「リウーを待ちながら」朱戸アオ 

山下智久主演でテレビドラマ化された「インハンド」の原作者の朱戸アオ氏は医療ミステリー・サスペンスといったジャンルを描いている漫画家です。

「リウーを待ちながら」は「イブニング」で連載していた作品でコミックスは3巻完結となっています。

 

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             (朱戸アオ「リウーを待ちながら」全3巻)

 

 「リウーを待ちながら」のあらすじ

 静岡県の架空の町である横走市よこばしりは、富士山の麓にある美しい町で陸上自衛隊の広大な演習場があります。

ある日駐屯している自衛隊員の一人が、その町にある横走中央病院で吐血して昏倒してしまいます。

その治療に当たったのがヒロインの玉木医師なんですが、時を同じくして同じ症状の患者が運び込まれ死亡してしまい、翌日には一緒に処置に当たった看護師も急死してしまうのです。

そのうえ、その自衛隊員は玉木の知らぬ間に自衛隊病院へと転院させられてしまいます。

なんで?なんで?

ただならぬ雰囲気にわけもわからぬままの玉木の元へ突然訪れた自衛隊病院の医師である駒野は、入院中の患者への抗生物質の投与と患者と接触のあった者及び医療関係者に抗生物質を予防内服させるよう指示します。

「入院中の患者には抗生物質をガンガン突っ込め 」って言い方だったわね。

そして、玉木が送った検体を検査した疫研の原神によってこの正体が感染症のペストだとわかるわけです。

ひえー! ペストってあんた⁉

 

アウトブレイクのエリアとなった横走市では横走中央病院を目指す車で大渋滞となり大勢の患者が押し寄せ、ペスト菌上陸のニュースに人々は騒然となります。

当然ながら抗生物質も人口呼吸器も数が足らなくなり苛立つ玉木に原神は「ともかく今日を耐えきるんだ」と諭すのです。

「明日になれば人も物資ももっと届くから」って。

そして玉木らの懸命な治療によりいったんは沈静化するかに見えるのですが、急に抗生剤が効かずに死亡する患者が増加してしまうのです。

事態はペスト菌の進化という新たな局面に突入するのですが、これを受け国は感染の蔓延を防止する為に横走市への道路を遮断、つまり市民は病気と一緒に隔離状態にされてしまったわけです。

いやー、怖い話です。

 

 実際に起こってもおかしくない恐怖 

 ペストはペスト菌による感染症で、歴史上ヨーロッパではパンデミックが繰り返され皮膚が黒くなって亡くなる為「黒死病」として恐れられて来ました。

 日本では1926年以降ペストの発症はないそうです。

 現代では抗生物質で治療できる病気ですが、日本人には考えられないけど今でも国によっては流行が見られる地域があり根絶したわけではないのです。

通常ペスト菌はネズミなどの小動物に感染しノミを介して人に感染したり、感染した物との直接の接触や、細菌を吸い込む事によって感染します。

とにかく感染力が強いようで、作中でもバタバタと人が死んで行きます。

自衛隊の駒野が「俺たちは地獄を見た」と言ったように、そりゃまったくもう地獄のようです。

しかし考えてみれば、今の時代海外との交流が盛んですから旅行者にしろビジネスマンにしろ世界各地に飛んでいますし、市場の自由化で様々な食品や資材等も入ってくるしペットの輸入等も増加してます。

ペスト菌が常在している国と直接的あるいは間接的に接触している可能性はありますから、いつこんな事が起こってもおかしくない気がするのです。

これはとても作り話とは思えず、実際に起こりそうな話で真実味に溢れています。

 

 病気をこの町に持って来た人が悪いのか?

本作ではキルギスに派遣されていて帰国した若い自衛官がペストを発症してしまいます。

この自衛官はキルギスで起こった大震災の救助隊として任務についていたのですが、横走市に病気を持ち込んだ悪者として人々から責められるようになってしまうのです。

封鎖された横走市と隣接した市では、ペストから我が町を守ろうと自警団が結成されパトロールの名のもとに横走市から脱走してくる人を捕まえようとしたり、横走市出身者であるというだけで咎められ引っ越しを迫られたりします。

SNSでは「横走菌大繁殖」などと酷い言葉がにぎわい横走市の人々を傷つけます。

ほんとひどいんです。

だから看護師の母親をペストで亡くし一人で暮らす女子高生・潤月うつきは「私たちは汚いんだって。外の人みんな言ってるよ」と原神に訴えます。

 

でも私たちが悪いからこうなったんじゃない。

悪いのは病気をここに持ってきた人たちでしょ。

と、自衛隊員に怒りの矛先をぶつけるので、えーそうなっちゃうんだーなんか悲しいなーって思いました。

原神は感染症の怖さをよく知る疫研の研究員ですから、こうした現場での群集心理もわかってるんですよね。

 

君が安いベーコンバーガーを食べたとする。

そのベーコンの豚肉は多分メキシコ産だ。

世界の畜産業は 寡占化が進み、巨大資本は安く豚を生産できる土地を求めて彷徨っている。養豚で一番金がかかるのは糞尿処理なので当然養豚場は環境基準のゆるい国に作られる。そうして狭くて感染症が広がりやすい養豚場から豚の糞尿が近くの川に垂れ流しになる。

新型インフルエンザと安い豚肉は同じメキシコの村からやって来たんだよ。

さて、悪いのは新型インフルエンザを日本に持ち込んだ人かな?

と原神は話し、今回のペストの流行もそういう簡単なものじゃない。世界はもっと複雑なのだと潤月に言い聞かすのです。

 自衛隊員さんが悪いんじゃないのよ。

でも知らぬ間に感染してしまったやり場のない怒りは、最初に病気にかかった人へ向かってしまうんです。

病気も怖いけど人の心も怖いんです。

それに、感染を食い止める為とは言え横走市民は町が封鎖され外とは一切接触が出来なくなってしまいます。

そうやって終息を待つのが疫学的には正しいのでしょうけど見捨てられた感じは否めません。

 

絶望に慣れる事は絶望そのものよりもさらに悪いのである 

ペストが猛威を振るい 増え続ける死者に出来る事の限界を痛いほど感じ無力感に苛まれる玉木の姿は医師としての誠実さを感じます。

このヒロインは美人だけど仕事一筋の変わり者で、間違ってると思えば上司にもかみつき、いつも体当たりで、怒り、あきらめません。

それでも医師として出来る事が限られてくると今度は絶望と戦わねばならないのです。

 

「リウーを待ちながら」という題名は著名な戯曲「ゴドーを待ちながら」をもじったんですよね。

そして「リウー」とは、作中でバイブルのように登場するアルベール・カミュの小説「ペスト」の主人公の医師の名です。

原神は「この本の先生のようになりたかったが自分には無理だった。だからずっと待ってるんだその先生を」と語ります。

それは玉木先生の事なんでしょうか・・・