(萩尾望都「残酷な神が支配する」⑥巻より)
ジェルミが受け続ける暴力があまりにも苛酷で読んでて暗い気持ちになってしまう。
広大な敷地に立つ豪華な館に暮らすローランド家の人々。
その家族に秘められた闇を象徴するかのように館の外には鬱蒼とした深いリン・フォレストの森が広がっています。
森の描写は壊れかけたジェルミの心に呼応するように何度も登場するのです。
ジェルミはイアンの目を盗んでは近づいて来るパンジーから時々クスリをもらいました。
パンジーはジェルミが毅然とした態度で断っても効き目がなく「おまえの恋人サドなんだろ。わかるゥ~おまえって襲いたくなるタイプだもんな」などと言っては迫ってくるのでした。
クスリのやり過ぎでイカレてるな、この人。
しかしこんなヤツに付きまとわれるのも、グレッグに無理矢理こじ開けられたジェルミの性が、その手の人に性的魅力を感じさせ引き寄せてしまうのかもしれないのだ。
ジェルミはまったく無意識的なのに、悲しい事だ。
イアンの友人のサベージもまた、パンジーからジェルミがお手軽なヤツだと聞かされ、貧血で倒れたジェルミに親切な振りをして近づき強引にキスをしてくるのです。
ジェルミはこいつもかと思って、衝動的にサベージを枕元の電気スタンドで殴りつけ病院送りにしてしまう。
ジェルミの起こした傷害事件によって、グレッグはボストンへの家族旅行を中止したうえ「上級生を誘惑して部屋に引っ張り込んでるのか」と折檻を始めるのでした。
青い卵
オーソン先生の所にはバレンタインという名の少女がいました。
彼女はオーソン先生の姪で口がきけませんでした。
それだけではなく、彼女が大きな心の傷を抱えている事をジェルミは感じていました。
二人は言葉を交わす事なく心を通わせるようになりましたが、バレンタインはオーソン先生が亡くなった後スウェーデンに 行ってしまったのです。
ジェルミは手紙と青い木製のイースターエッグをもらいました。
バレンタインをまるで自分であるかのように自己投影しているジェルミは、その卵を宝物のように大事に鞄にしまっていました。
グレッグは饒舌です。
自分は聡明で機敏で両親の自慢の子だった
みんなが自分をうらやみ愛してくれた
友人、教師、使用人、祖父母、伯父、会社の仲間・・・
そんなにたくさんの人に愛されてるなら十分じゃないかとジェルミは言います。
けれどグレッグは「十分じゃない。君の愛がまだだ。いつも私は最も愛する者の愛が得られない」と答えるのでした。
この男はどんな両親に育てられどんな子供だったのだろうか。
グレッグの思い出話は、子供の頃に村の悪ガキどもと鶏を捕まえて性行為をした話題へと移り、青い卵を産む鳥がいるのだと語り始めます。
ジェルミ、鳥がどうやって卵を産むか知ってるかい
鳥は卵を産む産道と排泄器官が一緒なんだよ
そして「君はこれから青い卵を産むんだ」と言うと、いつの間にかバレンタインの青いイースターエッグを出して来て嫌がるジェルミの肛門に無理矢理挿入したのです。
卵を産め!
卵を産め!
このメンドリめ!!
この尻軽!!
グレッグは恐ろしい形相でジェルミを何度もベルトで打ちました。
この憎悪にも似たグレッグの感情は一体誰に向けられているものなのだろう。
ジェルミはいつまでも涙が止まりませんでした。
そして「殺してやる!殺してやる!ずっと殺したいと思ってた!殺してやる!」と叫んだのです。
翌朝、いつも通りの朝食シーンだ。
サンドラが青ざめて暗い表情のジェルミに、やれ元気がないだのもっと食べろだの世話を焼きたがる。
こんな席に座っているのさえ億劫なのに、きっと食べたくないと部屋から出てこなかったらサンドラが泣いて「わたしに心配かけないで」と大騒ぎするに決まってる。
グレッグはシルバー社の新車でジェルミを学校まで送ると言い出しました。
車の助手席に乗ったジェルミは対向車をぼんやり見ているうちに、夕べの光景がフラッシュバックのように浮かんで来てガチガチと震え出します。
発作的に助手席からハンドルに手をかけると、車は反対車線にはみ出し事故すれすれのところ難を逃れます。
怒ったグレッグはジェルミを車中で犯すのでした。
グレッグはもう楽しくて仕方ないに違いない。
スクラップブック
ジェルミは学校で面白い子に声をかけられます。
その子はシルバー社の新車に興味があるようで、あの車はハンドルは軽いがブレーキが弱いんだと話し出します。
メカニズムの安全性について考察する彼は、膨大な自動車事故のスクラップブックを見せてくれます。
事故車マニアなんだね。
ジェルミは興味を持ちそのスクラップブックを貸してもらうのです。
その記事を読むうちにジェルミはあるアイデアを思いつきます。
シルバー社はブレーキ系統の事故が多い。
グレッグを事故に見せかけて殺してやる・・・!
一方、女に手が早いイアンはナディアに夢中になっていました。
イアンは不安定なジェルミを気にかけたりと優しい所がある反面、マットの複雑な心境には無頓着だったりする。
イアンはマットと違い父親から愛されていたから自信過剰だし、他人の気持ちにはけっこう鈍感だ。
ナディアは例の傷害事件はサベージが悪い、ジェルミがかわいそうだと言います。
慣れない環境で色々思いつめているみたいだと心配するナディアに「おれだって思いつめてる。心配してくれよ」と話をはぐらかし彼女の関心を自分に向けようとするのでした。
クリスマスの朝
サンドラはよく眠れないと強い薬をもらうようになっていました。
グレッグはジェルミが心配をかけるせいだと労わります。
するとサンドラはボストン旅行の事を持ち出し、ジェルミが気持ちが不安定なので短期間でもボストンに帰らせてみようかしらと言い出すのです。
その時、グレッグに電話が入り急に明日のクリスマスの朝仕事が入り空港に行かねばならなくなります。
その夜、グレッグは新しい遊びを試しました。
ジェルミはいきなり首をロープで絞められ意識を失ってしまいます。
まもなく蘇生しましたが、首絞めセックスは命にかかわる危険なプレイです。
それに突然首を絞められたジェルミは苦しさと本能的な恐怖を感じたはずです。
恐らくこれは序の口でこれからエスカレートしていくに違いない。
やがては殺されてしまうかもしれません。
ジェルミはこれまでの計画をいよいよ実行しようと決めます。
深夜2時。
ジェルミは寝静まった屋敷をそっと抜け出しガレージへ向かった。
外は冷たい霧雨が静かに降っていた。
ジェルミが戻って来た。
イアンがまだ起きててジェルミはぎょっとする。
「眠れないのか」とイアンが聞いてくる。
ジェルミは適当な事を言いごまかす。
イアンはジェルミが汚い布切れを落として行ったのを拾い上げる。
それは油のシミがついていた。
朝7時。
グレッグは空港へ行く為車で出かけようとする。
サンドラが慌てて寄って来る。
サンドラは取り乱した様子で「朝のうちにボストン旅行の話をしようと思ったのに」と言い出す。
「話はあとでいいだろう」と言うグレッグに、いつになく強気なサンドラは「わたしも一緒にいくわ」と車に乗り込むのであった。
胸をときめかせ吉報を待つジェルミ。
誰が来るんだろう
警察かな
かわいそうなサンドラ
大丈夫、ぼくがついてる
ぼくがついてる
以前のように
あいつは死ぬ
ああ、いい気分だ!!
そうしてついに事故の知らせが来ました。
ローランド氏の乗った車が事故を起こし谷底に落下して炎上したというんです。
やった!!!
ジェルミの心臓は高鳴り思わず顔が緩むのを止められませんでした。
イアンはジェルミを見て「なんで笑っているんだ!」と不審に思います。
ところが、庭にいると思っていたサンドラが車に同乗していた事がわかり、グレッグは病院に運ばれたがサンドラは車と一緒に炎上してしまった事が判明するのです。
なんたる誤算。
そもそも彼のように機械に素人の少年がブレーキに細工したりできるんだろうか。
確かにメカについて隠れて勉強していたけども、あまりにも上手く行き過ぎて違和感が拭えない。
しかし事故は起きてしまったのだった。
そして物語は1巻冒頭のサンドラの葬儀の場面とつながる
ジェルミに対して疑心暗鬼だったイアンは「あいつが死ぬはずだったのに」というつぶやきを聞き、すべてに合点がいきます。
こいつは変だった
森にシャロンが埋まってると変な妄想を言い出したり、わけもなく泣いたり、叫んだり、サベージへの暴力も、パンジーからクスリをもらっていた事も
事故の知らせを聞いて楽しそうだった事も
イアンはジェルミを問い詰めます。
なぜだ?
それほどサンドラの結婚が気に入らなかったのか?
殺したいほどグレッグが憎かったのか?
なぜだジェルミ?
なぜと言われたってねえー、ジェルミに答えられるわけないよ。
ジェルミはシラを切るしかないんです。
さて、サンドラの葬儀に集まったのはグレッグ関係の人たちばかりです。
その中にグレッグの秘書だったデビ―という女性がいました。
黒髪のショートヘアでジェルミにどことなく似てるのでした。
実はデビーはサンドラからグレッグの浮気相手と誤解されローランド商事を辞めさせられていたのです。
「今はわたしが妻なのよ!出しゃばらないで!何よその厚化粧!若いつもり!?」と言われたと言うんだが、ちょっと信じられないサンドラの言動である。
でも他の会社の人も見ていて、デビ―はみんなから同情されていました。
それにサンドラは流産していたんだという。
ジェルミの知らない事ばかりでした。
グレッグの友人たちは、口々にグレッグを褒め称えていましたねー
彼は誠実で人の二倍働く努力家だった
そしていい家庭人だった
両親の仲が悪かったからいい家庭に憧れていたのだ
どちらがグレッグの本当の姿なんだろう。
友人や仕事関係の人から信頼され敬愛される姿とジェルミを虐待し暴行し続けたサディストの姿と。
どっちもグレッグなのだった。
イアンはナターシャに、父はジェルミに殺されたんだと打ち明けます。
ナターシャはイアンの話を聞いているうちに、あの日偶然見てしまった場面が頭をよぎります。
ジェルミは泣きながら何度もグレッグにやめてと懇願していました・・・
ナターシャが強い口調で「二度とそんな事言わないで!ジェルミにそんな事できるはずない!あなたの妄想よ!」と否定したので、イアンは黙ってしまいます。