クエンティン・タランティーノ監督がハリウッド黄金時代をリスペクトしている映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」。レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの二枚看板とくれば見逃すわけには行かぬ。
(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」2019年アメリカ・イギリス/161分)
さて、舞台は1969年のハリウッドでございます。
レオナルド・ディカプリオは落ち目の俳優リック・ダルトン、ブラッド・ピットは彼の専属スタントマンで運転手で雑用係もやるクリフ・ブース。
リックはかつてテレビシリーズの人気西部劇の主役だったが、今では悪役くらいしか仕事が回ってこない。悲しいのお。
映画俳優へと進出したいと狙ってるがそれも思うようにいかず焦ってる。
でもそれはね、彼のせいだけじゃなく時代の変遷もあるのだ。
リックはアルパチーノ演じるプロデューサーからマカロニウエスタンへの出演を打診されるが「イタ公の映画なんてクソだ!」と馬鹿にする。
当時のハリウッドではマカロニウエスタンてそんな扱いなのね。
「もう俺が落ち目なのが身にしみてわかった!」と落ち込み、クリフの肩で泣きそうになる。
気分の浮き沈みが激しいリックと違い、クリフは飄々としててあんま他人に左右されない。
こんなとこで泣くなよと、自分のサングラスをリックにかけさせる。
「名前が売れたら家を買え!それが存在証明だ」と言うリック(ハリウッドの掟らしい)は丘の上のプール付きの豪邸に一人で住んでる。
クリフはリックのキャデラックで家まで送り、帰りは自分の古い車に乗り換えて丘の上から猛スピードで下って来るのだ。
ちょっとくさってる?
そしてクリフが住んでるのはなんとトレーラーハウスで、待ってるのはブランディという名の犬だけ。まあ、いい男が二人とも独身て、あーた。
このワンちゃんがね、後で大活躍するんだけどピットブルと言う犬種ですごく良く躾けられててお利口なのよー。
寡黙なクリフはリックに対してやり切れない時もあるんじゃないかと思う。
どう見ても二人には格差があるし、クリフの仕事はリック頼みだから「家のアンテナ直しといて」なんて言われ黙々と屋根に登って修理する。
だけどちっとも卑屈じゃないし、クリフは自分らしく生きてるのだ。
それにどちらかと言えばリックの方がクリフにいつも頼っていて、彼のわがままだけど無邪気にクリフを信頼している様子は、二人の間は対等なんだと気づかせる。
そんなある日、リックの家の隣に映画監督のロマン・ポランスキーとその妻シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が引っ越してくる。
ポランスキーは「ローズマリーの赤ちゃん」の大ヒットで時代の寵児だった・・・
とまあそんな感じの、落ち目の俳優リックと彼のスタントマンのクリフの日常にあった出来事が描かれておったな。
この映画の見どころの一つはこの時代のハリウッドの描写だよね。
かつてアメリカはナチスドイツから追われたユダヤ人を始め、多くの移民を受け入れる自由で寛容な国だった。
ハリウッドは撮影所、オープンセット、人気スターの豪邸が立ち並ぶ、史上まれに見る映画王国だ。
アメリカが一番ノリに乗ってる時代だからこの時代に戻りたいと思ってるアメリカ人も多いんだろうな。
1969年は映画の一時代を築いてきたこの地の黄金時代は盛りを過ぎている。
テレビが普及し映画製作は減る一方で劇中にも登場する「スパーン映画牧場」は閉鎖されヒッピーなんかが住み着いているのだ。
西部劇も翳りが見えてるんである。
それでもハリウッドは華やかで、それは虚飾かもしれないけどそれでいいのだ。
雨がほとんど降らないハリウッドでは車はオープンカーも多く運転する時はそりゃもう大音量でラジオをかける。
劇中では車に乗るシーンが多くて、街並みやひっきりなしに流れるヒット曲が当時の雰囲気を感じさせて楽しい。
まさに古き良きハリウッドって感じよ。
クリフがブルース・リーと対決して負かしちゃったり、リックが映画「大脱走」の主役候補だったとか実話と架空の話がうまくミックスされている。
でもブルース・リーってあんなにおしゃべりで尊大なヤツだったの?
情緒不安定で酒びたりのリックが、俺はもうダメだ!と弱音を吐きながらも懸命に踏みとどまり演技を続けるシーンもいい。
子役の少女に最高にいい演技だったとほめられ、レオ様また涙目になる。
そんなリックが滑稽でおかしいんだけど、なんだか見る者を温かい気持ちにさせるのよ。
ディカプリオは心に闇を抱えた役所が多いけど、こういうコメディータッチの軽い役もスゲー魅力的なんだよね。
隣に越してきたと言っても挨拶もなく特に二人との接点もないんだけど、シャロン・テートが一人で自分の出演した映画を見に行く。
ちょっといたずらっぽい天真爛漫な様子が可憐で美しく、そしてハリウッドで夢が叶いとても幸せそう。前の座席に足をかけるのはどうかと思うけど。
彼女はまだ26歳の若手女優だった。
この後実際に彼女の身に起きた悲劇「シャロン・テート殺害事件」が映画の中の一つのテーマとして扱われている。
一方、クリフはヒッピーの少女を車に乗せた事から「スパーン映画牧場」に行き、そこがヒッピーの巣窟となっている事を知り不穏な気持ちになる。
実は彼女たちは悪名高いカルト教団「マンソンファミリー」だったのだ。
この時代はベトナム戦争があり社会不安が増大しカウンターカルチャーの一種でヒッピー文化の真っただ中だった。
狂信的な指導者のチャールズ・マンソンは家出少女を集め共同生活を送り洗脳をした。
スパーン映画牧場でヒッピー少女たちの前を一人乗り込んでいくクリフの姿は、ちょっと西部劇みたいでカッコいい。
クリフは影で「妻を殺した」と囁かれていて、ケンカも強いし謎めいている。
二つ目の見どころはなんたってリックとクリフの友情だ。
主役級の二人なのに今回のブラピはディカプリを引き立て、二人のコンビネーションが文句なくいいのよ。
生き馬の目を抜くハリウッドで光と影のように生きて来た二人。
それはもう親友以上妻未満。ブロマンス最高かよ!
一念発起してイタリア入りしマカロニウエスタンに出演したものの、帰ってくれば仕事があるのかもわからない心もとなさ。
リックはもうお前を雇えないとクリフに告げる。
クリフも察していて受け入れる。
今ではその居場所さえ失いつつある中年男二人の哀愁。
ラストで救急車で搬送されるクリフにリックが叫ぶ。
「you're a good friend」
クリフが「 I try(努力する)」ってとぼけた感じで答える。
滑稽で切なくて最高にカッコいい二人だ。
結局、リックは俳優として変われたんだろうか。
クリフは相変わらずだろうし、きっと二人はこのまま時代に流されて行くんだろうな。
1969年8月9日「シャロン・テート殺害事件」が起こったその日、リックとクリフの身に何があったのか。
ハリウッド黄金時代を終息させたと言われるこの悲しい事件を、タランティーノはなかった事にしてしまいたいのに違いない。
それにしても今86歳でご存命のポランスキー監督はこの映画をどう思ったんだろう。
1977年にジャック・ニコルソン邸で13歳の子役を強姦した事件があったし、「テス」のナスターシャ・キンスキーとは15歳の頃から性的関係を持ってたんでしょ。
才能があってもそれじゃね。