akのもろもろの話

漫画好きの覚え書帖

漫画/「有害都市」筒井哲也

f:id:akirainhope:20191125202036j:plain

(筒井哲也「有害都市」上・下巻)


2019年、東京ではオリンピック開催を控えて環境浄化が声高に唱えられるようになり、猥褻なものやいかがわしいものを排除しようという風潮が起こっていた。

そんな中、国会ではある法案が可決された。

「有害図書類指定制度に関する新法案」(通称・健全図書法)である。

それまでは全国の各自治体の裁量に委ねられていた青少年の健全な育成を阻害する有害図書の指定制度を、国が一元化する事により全国の書店から有害図書を一掃しようっつー法案だ。

 

新人漫画家の日比野幹雄(32)は青年漫画誌「ヤングジャンク」で「DARK・WALKER(ダーク・ウォーカー)」という作品の連載が決まる。

この作品は、狂犬病のように突如理性を無くし人の屍肉を喰らうという恐ろしい伝染病「食屍病」が蔓延する世界で、二人の男女がサバイバル生活を送るという内容だ。

しかし描く気満々だった日比野は編集者の比嘉から、規制が厳しくなっているからグロテスクな残酷表現は控えるようにと言われてしまう。

もし有害図書に指定されたら書店での陳列と18歳未満への販売が禁止されてしまうのである。

それはやっぱり、売り上げに響くものね。

比嘉は死体は描くなとか有識者委員のウケが悪いから主人公に喫煙させるな、などと度重なる修正を求めてくる。

でもそうやってあちこち描き直してたらなんか自分の作品じゃなくなっちゃうじゃん。

そう思う日比野の気持ちは比嘉にもわかるけど、そうするより仕方ないのであった。

なんか、嫌だねえ。

 

ところが、有害図書を選定する有識者会議のメンバーである元文科省大臣の故寺から「ダーク・ウォーカー」には激しい残虐表現が認められるという抗議の投書が出版社に届いたのである。

こりゃあ圧力だよ。

まだ固定ファンが少ない漫画家だから見せしめにされたのだ(たぶん)

そのため連載第一回で「ダーク・ウォーカー」はとりあえず休載となり「ヤングジャンク」誌は自主回収する事になってしまうのである。

日比野は失望しながらも雑誌が回収になってしまった責任を感じて、連載作家に直接謝罪して回る。

その時一緒についてきた比嘉から漫画家の松本を紹介される。

社会派の作風で知られた松本は過去に児童虐待問題をテーマに描いた「イノセンス」という作品を発表していた。

ある時中学生が学校内で同級生を罰ゲームと称しビニール袋を頭から被せて窒息死させるという事件が起こる。

「イノセンス」の作品内に同様の場面が描かれていた事から事件との強い関連性が疑われ、松本の著作はすべて有害図書の指定を受けてしまったのである。

 

日比野は本誌での連載継続か公式サイトでのWeb配信かの選択を迫られる。

本誌掲載に拘れば徹底して暴力表現を抑えなければならず、それでは自分の漫画がつまらぬものになってしまうと考えた日比野はWebを選ぶ。

しかしまあWebならすぐ差し替えられるから当面はいいけど、将来的にコミックスを発売すれば有害図書になってしまうのは目に見えているのである。

だがそれを見たアメリカの日本マンガ専門の翻訳出版社「カミカゼマンガ」のアルフレッドが、こりゃ面白いつって海外版の翻訳権を買いにくるという僥倖もあるのだ。

ちょうど「ウォーキング・デッド」みたいな漫画だからアメリカ人好きそうだよね。

アルフレッドは今の日本の異常な状況が、かつてアメコミにもあったとコミックスコードの歴史なんかを語り日比野を激励する。

そして「有識者会議の有害図書指定を避けるための有効な方法が一つだけある」と言い出す・・・

 

これは2014年から2015年に発表された、ディストピア的な日本を舞台に漫画家の「表現の自由」をテーマにした作品でございます。

ここでアルフレッドが日比野に語った㊙情報っつーのは、有識者会議の審議対象となる本の選定の仕方である。

暴力や性的描写などの問題表現が描かれたページに付箋を貼りつけ、貼られた付箋の数を総ページ数で割ってその本の有害率を割り出していたのである。

このやり方は、筒井哲也さんの「マンホール」①巻が長崎県の県少年保護育成条例に基づく有害図書類に指定された過去があり、その実体験である。

長崎県では作品のテーマやメッセージなどは一切関係なく視覚的な部分の表現のみが見る者の主観で判断されていたそうである。

しかも本人に何の連絡もないので5年間も知らなかったらしい。

元々は長崎県も少年による痛ましい事件が相次いで発生したから、行政が積極的に青少年の有害環境を浄化しようという目的を持ってたわけなんである。

でも「マンホール」は紐倉博士が喜びそうな寄生虫を利用したバイオホラー漫画で犯人と刑事との攻防が面白いのであって、別に事件とは関係ないし、長崎県の決定は不可解だねえ。

筒井さんも納得いかないから弁護士まで雇ったけど結局取り消しにまでは至らなかったようだ。

アルフレッドが日比野に授けた秘策は、過激な表現はできるだけ一つのページに詰め込むというシンプルなもので日比野は面食らう。

確かにそれならば付箋の数は減るかもしれないけど、話の流れもおかしくなるし見開きの配置も崩れるし、自分は有識者に許しを請うために漫画を描いてるわけじゃないよと思うのである。

日比野くんは気は弱そうだけど漫画家としての良心を最後まで失わない人である。

 

表現の自由って難しい問題だよね。

表現規制する側は自分たちは正しいと信じてるし、あとはどうせお役所仕事で 言われた事をやってるだけだろうし、漫画家がどんな気持ちで作品を生み出してるかなんて知ったこっちゃないのである。

優れた作品とそうでない作品の線引きは難しい。

規制を意識するあまり自由に描けなくなって、漫画の最大にして唯一の必要条件である「面白い事」を満たさなくなれば読者は漫画から離れていくだろう。

だから、表現の自由を何よりも重要視する人もいる。

しかし何でも自由に表現していいのかと言えば、それはまた違うと思うのだ。

漫画には常に読者がいるからだ。

それでも、漫画家として面白い作品を描こうとする日比野の姿勢は立派だと思う。

だがその結果、彼の作品は有害図書に認定され有識者会議の公聴会にまで呼び出されてしまうのである。

 

作中で漫画やアニメが目の敵 にされてしまうのは業界になんの権力も持たないから、どれだけ叩いたってやり返してこないからだ、という言葉がある。

漫画家って弱いのだろうか。

麻生さんみたいに漫画好きを公言する政治家にはエールを送っとこう。

月刊少年マガジンで連載してる久米田康治の「かくしごと」は下ネタ漫画家である事を娘に知れないように必死で隠そうとするコメディー漫画だ。

これかなり漫画家のリアルや業界ネタが描かれていて、たしかいくら漫画が売り上げで貢献しても出版社内のヒエラルキーでは漫画部門は底辺だとあったな。

また世間一般の漫画家に対する認識だっていいとは言い難い。

だから自分を卑下してるのかオタク気質で他人に興味がないのか知らんが、日比野の苦境に手を貸そうという漫画家が一人も現れないのは寂しい限りだ。

漫画家や出版社が反対運動を起こすまでもなく漫画を読んで育った多くの人々が業界を支持してくれるはずだと、なんか他力本願なのである。

ただ一人、有識者会議のメンバーだった小説家が頑張って「規制の強さは社会の臆病さを示すものだ」とかっこいい事を言う。

しかし漫画家にできる事は描く事だけなのである。うーむ。

 

この作品は日比野を巡る物語と彼の作品「ダーク・ウォーカー」の場面が劇中劇として交わりながら話が展開していく趣向だ。

「ダーク・ウォーカー」の世界観もいいなあ。

この作者はフランスで人気があるらしく、日本も含めたとてもグローバルな市場で仕事をしている人だ。

過去にはフランス語で出版された後に逆輸入の形で日本語版が刊行されたりした。

ただメッセージ性の強い作品なので反発も大きいのかもしれないね。