akのもろもろの話

漫画好きの覚え書帖

漫画/「ブルーピリオド」山口つばさ

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(山口つばさ「ブルーピリオド」既刊6巻)


いよいよ受験が近ずいてくる時期だのお。

自分が受験生だったのは遥か昔の事だけど、冬の町にイルミネーションが灯る頃になるとあの頃の心もとない気持ちとか思い出して胸が締めつけられるのよ、いまだに。

どうもこの時期にいい思い出がないのですわ。

まあBBAの話はどうでもよいのだが、この作品はとっても世渡り上手な男子高校生が絵を描く喜びに目覚めて大学は美大に行きたいな、でも家の経済状況を考えると私立は無理、じゃあ国立か、国立つったらあれだ、東京藝術大学だ!ヨシ、オレ東京藝術大学に行くぜ!と藝大を目指す物語である。

で、いいと思う。

 

彼の名前は矢口八虎(やぐちやとら)である。高2である。

矢口くんはまあいわゆるヤンキー風なグループにいて、高校生なのにみんなで酒を飲んで朝まで騒いだり煙草を吸ったりしておる。

そんな不良の真似事みたいな事してるのに学校の成績は優秀で、しかも他人に気配りもできちゃう性格だからなんか人気者なのである。

器用で要領もいいんだろね。

じゃ、さぞかし高校生活を満喫してるのかと思えばそれは表面上だけで、彼は人知れず虚無感に襲われていた。

うまくいってるように見える毎日がなんだか手応えがなくて虚しいのである。

それは、なんでも出来ちゃうけど本当にやりたい事がないからだ。

 

ピカソの絵の良さがわからない、オレでも描けそうじゃね? と思っていた矢口くんである(オッケー、みんなそうだよ)

だいたい美術という教科は選択教科になっていて、普通は受験とは関係ないから授業は適当に受けときゃいいと思われている。

矢口くんもこれまではそうだったのだが、ある時美術部の先輩の一枚の絵を見て何か共鳴するものがあった彼は「私が好きな風景」というテーマの水彩画をいつになく真剣に描いてしまうのである。

それは朝帰りした時見る早朝の渋谷は静かで青い、と自分がいつも感じてた景色を思い切って青い色で描いたのである。

真面目に描いて気恥ずかしくなってしまい、やっぱりこんなもの描かなければ良かったと後悔するが、いつもツルんでる悪友たちが「もしかして早朝か?これ?」とか「あー確かにこんな雰囲気あるな」つって共感してくれるのを見て、思わず涙ぐんでしまうというね。

矢口くんはその時初めて人とちゃんと会話できた気がしたと思うのであった。

彼がいる世界の中で何かがずれ始めていた。

新しい世界に向かう見えない流れがあるとしたら、彼は絵を描く事でそれを見つけかけたのである。

渋谷の早朝が青いなんて素敵だのお。

この作品はなんつーか若くて純粋でひたむきで、そう「青春」である。

青春はきっと青なんだろうな、と思う。

 

絵を描く事が楽しい。

でもね、高2の矢口くんにとって絵を褒められたのは確かにうれしいが進路となれば話は別である。

お絵描きなんて趣味でいいのではないか?

ガチでやる意味があるのか?

矢口くんは頭ではそう考えるが、やっぱり楽しくてつい目に見えるものを片っ端から描いてしまうようになる。

高校は大学受験のための予備校じゃないのだが実際は受験のための勉強をしてる。

でも美術の先生の場合はちょっと違って、そういう枠にとらわれない立場なんだろうね。

美大に行ってどうなるのか?食えるのか?と漠然とした不安を口にする矢口くんに「好きな事は趣味でいい。これは大人の発想だ」と言うのである。

この漫画ちょいちょい名言が飛び出す。

美術の先生は年配の素敵なマダム風の女性である。

その先生に「好きな事に人生の一番大きなウェイトを置くのは普通の事だ」と背中を押された彼は美大受験を決意する。

それも家庭の経済状況を考え藝大一択を決断するのである。

て、アータ藝大の実質倍率って200倍である。

 

高校生の男の子が何かを目指す漫画は様々で、サックスプレーヤーとか津軽三味線奏者とか漫画家とか様々あるがこの場合は画家ではなく藝大合格を目指すのである。

しかしいくら私立が無理と言っても、フツー本命の他にすべり止めも受けるもんだし奨学金もあるんだから一人で決めないで親に相談しろよ。

と彼の無謀さを変に思ったが、この作者が東京藝術大学卒だったんである。

つまり作者は藝大受験のリアルを漫画で描きたかったのであろう。

 

日本で唯一の国立美大「東京藝術大学」の年間の学費は約50万円。

て、安っ!親は助かるね~

しかし2019年度の東京藝術大学美術学部合格者数のうち現役合格者は約2割ほどである。

他の国公立大学では現役があきらかに優勢なのに対して、藝大入試では圧倒的に現役は不利なのである。

藝大を目指す人は高校の時から藝大合格実績を売りにする美術予備校に通い、この超難関校に多浪覚悟で挑む。

2浪3浪は当たり前らしい。

予備校だって高いんだよ。

矢口くんも美術部に入部し絵の基礎を学ぶかたわら母親を説得し3年になると美術予備校の油絵科の夜間部に通う事にする。

夜間部はほとんど現役高校生である。

 

藝大入試って専攻実技がすべてなのである。

でも矢口くんは予備校の先生が見せてくれた藝大に受かった人の作品を見て面喰らう。

なんかよくわかんない作品ばかりなのだ。

普通の人よりも始めるのが遅かった矢口くんはこれまでデッサンを一心不乱にやって来た。

しかし藝大に受かるために最も大事なのは「自分の絵」を描く事だと先生に教えられる。

ただ目の前のものを描いているだけでは駄目なのである。

 

うーむ、ここからは藝大入試に向かって悪戦苦闘する受験生の姿が描かれるのだが、とにかくどんな絵を描けばよいのかがまったくわからない。

自分の絵って言われてもねー

予備校内で公開コンクールが開催され順位がつけられるのだが、1位になった女子が「予備校で1位になるとその年は受からないジンクスがある」と泣いて悔しがり、矢口くんが天才だと思ってる上手な男子が「受験絵画押し付けやがって!」と怒って辞めてしまったりする。

受験絵画とは受かるための絵の描き方である。

実は矢口くんが天才だと思ってる男子よりも自分はただの人だと思ってる矢口くんの方が順位が良くて、上手な人が受からない藝大受験てなんだ?と多いに悩んでしまうのである。

 

しかも予備校で出会う人たちが揃いも揃ってかなりな高確率で病んでいるのよ。

上手な人ほど病んでるのである。

これは、病む人が天才になれると言うけど芸術を志すとこうなってしまうのだろうか。

それとも切磋琢磨して一番になろうとするからだろうか。

ここまで来ると超一流大学と思ってた藝大がもう常識はずれの異世界に思えてくる。

そこを目指す人たちの闇も深くて藝大受験の凄さが思いやられるのである。

しかし若い人が真摯に頑張る姿はとても素晴らしい。

矢口くんの奮闘に心から応援したくなってしまう。

だがこの世界は合格したらハイ上がりというわけではないから、この先思いやられるのお。