懐かし映画をひとつ。
たまには邦画。
宮本輝の小説を1995年に是枝裕和監督が映画化。
主演は江角マキコさん。
尼崎の工場町で暮らすゆみ子(江角マキコ)は25歳で郁夫(浅野忠信)と結婚した。
工場で働く郁夫との暮らしは貧しかったが息子の勇一も授かり二人は仲睦まじく暮らしていた。
でもねえ、彼女は子供の頃にボケた祖母が家を出て行っちゃったのを引き止められなかった事をずっと悔いていたのである。
追いかけて止めたのに祖母は「故郷に帰って死にたい」とか言ってゆみ子を残しそのまま失踪してしまったのである。
ゆみ子は最後に見た祖母の後ろ姿がいつまでも忘れられなかった。
ゆみ子は郁夫をまるで祖母の生まれ変わりのように思い愛していたし郁夫も同じだと思っていた。
しかし郁夫はある日突然自殺してしまったのである。
線路のレールの上を列車の進行方向に歩いていたという郁夫は後ろから来た列車にはねられて死んだのである。
祖母に続き郁夫まで失ったゆみ子は茫然とする。
郁夫が乗っていた自転車のカギだけが残された。
それから5年後、ゆみ子は勇一を連れ生まれ育った尼崎を去り、奥能登に住む民雄(内藤剛志)の元へ後添えとして嫁ぐ事になる。
そこは日本海に面した貧しい漁村でどこへ行くにも暗い海が広がっているのが見えた。
「こんな所に来て、しまったと後悔してるでしょう?」と、民雄は笑いながらゆみ子が来てくれた事を喜んだ。
家には民雄の父(柄本明)がいて、勇一はすぐに彼の膝に乗るほどなついてしまう。
その様子を黙って見ていた民雄の娘の知子に「今日から私がお母ちゃんやで」と、ゆみ子が話しかけると知子は嬉しそうにうなずいた。
ゆみ子が来るのを一番楽しみに待っていてくれたのはこの知子だったのである。
知子と勇一は実の姉弟のように仲良くなり、ゆみ子もすっかり立ち直り新しい生活を送っているように見えた。
これは是枝監督の劇場映画デビュー作で、もう既に是枝カラーが満載な感じである。
工場町の路地裏やトンネルや雄大な奥能登の景色が、姉と弟になった二人の子供が駆けて行く田園の道が、どれもとっても美しくて静かに季節が過ぎて行く。
でも暗いなあ。
人物が認識できないくらい映像が暗い。
暗い中で尼崎では電車の音が奥能登に来てからは海の波の音ばかりが聞こえてくる。
海はまるで何か不気味なもののように感じるほどだ。
奥能登に来てからのゆみ子は平穏な幸せを手に入れたのである。
民雄は優しい男だし、柄本明さんのおじいちゃんも勇一を実の孫のように可愛がってくれる。
大抵問題になるのが再婚相手の子供との関係だけど、これもうまくいってる。
田舎の人間関係とか厄介だけどゆみ子はよくやってるし、この再婚は良かった。
だが 彼女の心は決して明るくはない。
時々ぼんやりとして海を見つめたり何か考え込んでいる。
小説では死者である郁夫に話しかけているのである。
ゆみ子は弟の結婚式で久し振りに尼崎に戻る。
郁夫とよく行った近所の喫茶店のマスター(赤井英和)が、あの日郁夫がここに来たのだと言う。
財布を忘れたから家に行って取ってくると言うので、マスターが後でいいからと言うと郁夫は帰って行ったと言う。
その後、線路を歩いていたのである。
ここまで来てたのならどうして家に帰ってこなかったのかとゆみ子は考える。
奥能登に帰ってからもゆみ子の頭の中は郁夫への思いで一杯になり民雄は不信に思っていた。
そして郁夫の自転車のカギを見咎められたゆみ子は家を飛び出してしまうのである。
ついにゆみ子は追って来た民雄に「郁夫がなぜ自殺したのか、今でもわからない」と、自分の苦しみを打ち明ける。
もうずーっと暗いんだけど、夫が理由もわからず自殺してしまい悲嘆にくれる妻が、長い時間をかけて精神的に立ち直ってゆくのが静かに描かれている。
でも私が魅せられたのは浅野忠信さん演じる郁夫の自殺である。
あの日郁夫は線路の上をどんな気持ちで歩いていたのか?
少しカーブになってる先で列車は郁夫に気づくのが遅れたのだという。
背後から列車のライトに照らされても振り向かぬほどいったい何を考えていたのか?
彼がなぜ死んだのかは最後までわからないのである。
しかしこういう漠然とした死への渇望を時に人は持ってしまう。
厭世的あるいは病的な心境になって生と死の境目が実に曖昧な状況になると、人は死へと誘われてしまうのだ。
なぜ生きてゆくのが苦しいのか。
なぜ苦しくても生きて行かねばならないのか。
意味も目的もわからずに、苦しい事を乗り越えてもまた苦しみがやってくるのに、って。
そんな時に妻や子の顔などはきっと浮かばないよね。
でも自殺が罪深いのは残された家族が大きな悲しみや苦しみを感じるだけではなく、なぜ助けられなかったのかと自分を責めたり亡くなった人の死は自分のせいだと考えたり自分も死にたくなったり様々な心の問題が起きてしまう事だ。
ゆみ子もまた海岸を行く葬列を見て死へと誘われてしまうのである。
だから自殺はいけませんよ。
自殺はいけません。
ゆみ子はもっと泣けば良かったのだ。
妻や生まれたばかりの子を置いて自殺する男の身勝手さを「バーローふざけんなよ」つって呪って、わあわあ泣いて良かった。
でもゆみ子はホント昭和の女で、自身に起きた不幸を噛みしめるように 本心を見せずいつも静かに耐えている。
そのかたくなさが、奥能登の貧しい漁村に後添えに入ったのになぜかスタイリッシュな江角マキコさんの硬質な感じと意外にもあってた気がする。
江角さん、年金未納問題とか長嶋一茂宅に落書きしたとかよくわからない騒動があって今は引退されたようだがこの作品ではとても素敵だった。