謹賀新年(遅ればせながら)
年明けは明るい作品をと思ったけど、そもそも作風が暗いものばかり好みなので悩んでしまって。
実は私の今年のテーマは「愛」なのです。へへ
2020年は「愛」について考えてみようと思っております。
そんなわけで、この作品は1999年からモーニングに連載されていた幸村誠さんのSF漫画です。
まずはざくっとあらすじを。
時代は2074年。
人類の宇宙開発はかなり進んでいる。
月では石油の代替エネルギーとしてヘリウム3の採掘が行われ月面都市には多くの人たちが生活していた。
宇宙ステーションや宇宙旅行のための旅客機、火星には基地が作られ次なるは木星への有人探査計画が持ち上がっている。
しかしそれに伴ってスペースデブリ(宇宙ゴミ)の数は増え続けている。
主人公の通称「ハチマキ」こと八郎太はデブリの回収作業員だ。
スペースデブリは人口衛星やロケットや宇宙船の破片や部品などの人工物が軌道上に残った物だ。
それぞれ異なる軌道を高速で周回しているため、もし衝突されればその破壊力はすさまじく、卵大のものでも宇宙船に大穴を開け大事故を引き起こす事もある。
映画「ゼロ・グラビティ」も宇宙船がスペースデブリに衝突されて宇宙に取り残されちゃった人の話だった。
ホント厄介な物である。
だからデブリ回収業者が回収するか大気圏に落として燃やすかして宇宙を掃除して回ってるのである。
うーむ、宇宙に行ってまでもゴミ問題って・・・
人って学習しないのお。
そんなハチマキらが従事するデブリ回収船(超老朽化)には黒人の女船長のフィーやロシア系のユーリといった人種も異なる同僚が乗り込んでいる。
ワールドワイドなビジネスパーソンである。
読んでるとデブリ回収ってとっても大事な仕事だと思えるのよ。
でもハチマキはこの仕事がほんとは好きじゃない。
なんか宇宙の仕事としては底辺なのかもしれんし、若いもんには地味なのかもね。
危ないし、きついから、金のためだとか今だけだとか自分に言い聞かす。
だからいつか自分の宇宙船を手に入れるんだと途方もない夢を語って、いっぱしの船乗り (宇宙船乗り)を気取っている。
しかしせいぜいスペースデブリ回収員が現実なのである。
でも彼らは危険な仕事に従事してるわりに楽天的っつーか、大変な場面でも生き生きしてていいなあ。
死ぬか生きるかの境目に余裕でアメリカン・ジョークとか言ってみたいものである。
だけどデブリは日ごと増える一方で、もう半年も地球に帰らず仕事ばかりでストレスもたまって、そんな時にハチマキは足を骨折してしまう。
人は長いこと無重力空間にいると筋力が弱り骨がもろくなって骨粗鬆症になるから、筋トレやビタミン・カルシウム摂取をしないといけないのに怠っていたのである。
人間の体は宇宙で暮らすようにはできてないのだ。
だからハチマキが入院した月面都市の病院はとても繁盛していた。
見舞いに来たフィーはハチマキの様子を見てて「はしか」のかかり始めかも?って思う。
それは「自分はなんで宇宙に来たんだろう」なんて事を延々と考えて自分を見失ってしまう船乗りなら一度はかかる心の病だ。
宇宙の大きさから比べれば自分はあまりにもちっぽけで取るに足らない存在だと思い知らされるのである。
ハチマキは病院でノノという名の女性と出会う。
彼女は12年も月にいると言うのである。
どんな病気か知らないけど12年も地球に帰れないなんて耐えられないとハチマキは思う。
ところが身長はハチマキより全然大きいのにノノの年齢が12歳だと聞いて驚いてしまうのだ。
彼女は月で生まれて月で育った、世界に4人しかいない月面人だったのである。
月の低重力下で育つから背がうんと大きくなるのだ。
だがナリは大きくなっても骨や筋肉や心臓機能はそれについていけないから地球の高重力には体は耐えられない。
ノノは地球の海に行く事を夢見ているがそれは到底かなわないのである。
ハチマキはノノの境遇に同情する。
でも彼女は自分の運命に悲観的になるどころかとても明るく、私の体は宇宙生活病の研究の役に立ってるんだよと屈託なく笑うのである。
たとえ事実は変えられなくても、それをどうとらえるかという自分の心の領域を変える事はできる。
ちっとも後ろ向きじゃない彼女の姿に、ハチマキは物事をどうとらえるかそれだけで人生は変わると感じるのである。
とまあこんな感じで、宇宙で働くハチマキや仲間たちが抱える愛や葛藤がそれぞれ描かれる序盤はとても楽しい。
しかし地球上では富める国とそうでない国が相も変わらず存在している。
宇宙開発の恩恵を受けるのは先進国だけで、貧困や紛争やテロといった諸問題は何も解決しないままだ。
どんなに科学が発展して人類が宇宙に行ったって、人って変わらねーのだ。
でもねえ、この作品はただ宇宙への夢やロマンを描こうとしてるわけじゃないみたい。
ハチマキは事故で空間喪失症というパニック障害みたいなものになったり、それを乗り越えて木星往還船クルーの一般公募での合格を目指すのだが、どうも人が変わってしまったようになるのだ。
何かに駆り立てられるようにいつも怒っている感じ。
何もかも捨てて宇宙に取りつかれた人間てこんな風になってしまうのかもね。
理想に邁進し物事を成し遂げるための狂おしいほどの情熱が、自分は一人の人間にすぎないって事を忘れさせてしまうんではないか。
そんな彼の前に現れるキーパーソンが新人デブリ回収員のタナベである。
彼女は一種の博愛主義者で、なんでも愛があるかないかで測ろうとするちょっとめんどくさい女性だ。
事あるごとに愛だ愛だと真顔で言うんである。
だから「独りで生きて独りで死ぬんだ。それが完成された宇宙船員(船乗り)だ」と考えるハチマキはまったく相いれず対立する。
だがこの世に宇宙の一部じゃない物なんてない。
自分ですら繋がってるんだという事にハチマキは気づくけど、自分との対話がすごいの。
宮本武蔵みたい笑
煩悶の中で己を見つめる。
やっぱり人は独りじゃ生きていけないのだ。
そう気づいたハチマキはタナベに求婚する。
静寂に包まれた宇宙は茫漠として果てしない。
いつかユーリが言ったように世界の境目は無い。
世界の輪郭は宇宙の闇の中に溶け込んでしまってる。
だから人は孤独を深め互いの名を強く呼び合うのだ。
ハチマキの語る「愛」って男女間の甘く切ない物じゃないのだ。
それはもっと大きいものだよね。