「小早川伸木の恋」は柴門ふみがビックコミックで2004年から2年間連載した漫画。
確か唐沢寿明さん主演でテレビドラマ化もされてたと思う。
小早川伸木は35歳だ。
彼は大学病院に勤務する外科医で、美しい妻と5歳の娘がいる。
それは他人から見れば羨ましく思える人生なんだけどね。
しかし大学病院つーのも大変なとこである。
教授はワンマンで「医師」というのが虚しくなるような矮小な人物だ。
まるで「白い巨塔」を彷彿とさせるような争いや確執に巻き込まれながら、伸木は組織の中で汲々として生きる。
疲れ果てて帰宅すれば、待ってるのは病的に情緒不安定な妻だった。
とにかく伸木の妻・妙子が強烈なのよ。
わがままで夫の立場も都合も考えず自分勝手な楽しみや理想を求め、思い通りにならないと急にヒステリックになるのである。
そして異常に嫉妬深くて伸木が浮気してるんじゃないかといつも疑ってるのだ。
そうかと思えばコロッと機嫌が直り、少女のようなあどけなさで「私は伸木に恋してるの・・・」なぞと甘えて来るのである。
疲れるのお。
真面目で無骨者にしか見えない伸木はこの妻の行動に振り回され、家庭はもはや安息の場所とは言えなくなっていた。
ええい!イライラするのお!
伸木はもっと言ってやらんかい。
奥さんはもっと大人になれんのかい!
そんな事だからねえ、伸木が盆栽教室で知り合った作田カナというミステリアスな女性に魅かれてしまうんである。
伸木は誠実で真面目だし優秀な人だから職場では信頼されている。
でも気の利いた事を言ったり上手く立ち回ったりは出来ないタイプだ。
そもそも大学の出世レースなどという物にもあまり興味がない。
伸木は医局や家庭での人間関係に疲弊していた。
大学では無理難題を吹っ掛けたり訳のわからない意地を張る輩にいちいち腹を立ててたらキリがないから、あいつらみんな動物園の動物なんだと思う事にしていた。
それは彼が世間とうまく交わってゆく処世のための悲しい知恵だ。
伸木の心に潜む孤独には誰も気づかない。
カナだけが「孤独なのね」と言い当てる。
伸木には自分の居場所がないのである。
カナは伸木の心を癒すのだが彼女自身もとても孤独な人生を送って来た女性なのである。
カナは実は44歳である。
ボーイッシュなショートカットで若く見えるが伸木より9歳年上。
カナは伸木にとっての理想の女性のように描かれてるが、ウーン、こんな女いるだろかね?
だがしかし、たとえカナの存在に癒されようとも自分にとって大切なものは妻と子だと信ずる伸木であった。
猜疑心の強い妙子は夫が自分以外のものに目を向けている事を敏感に感じ取るのか、あきれた行動はエスカレートする一方だ。
ストレス性の皮膚炎がひどくなり薬を嫌がる妙子は、気を紛らわすために伸木が帰宅すると毎晩ドライブに連れていけと言うのである。
車の中では自分がいかにモテたかの思い出話を延々としてくるのである。
私はキラキラして男は放っとかなかった。
そんな私を手に入れたのだからあなたが私の言う事をきくのは当たり前よ。
みたいな・・・
妙子が自分の思い出話に酔ってる時に伸木はと言えば、つまんねー話だなと内心思っている。
だが、妙子が怒り出すのを恐れて黙って運転してるのである。
こういうとこ、男と女の違いが顕著で笑える。
仕事があるのに毎晩ドライブに駆り出されて伸木は寝不足だった。
なんで伸木はこんな妻を引き当てちゃったんだろ?
この夫婦は全然かみ合わないし、彼はただ夫としての責務でかわいそうな妻に懸命に対処してるようにしか見えない。
妙子はわがままを通り越してメンタルがかなりヤバイ人だ。
こういうメンヘラな女性は意外と身近にいる。
大学時代の友人にもいたけど、みんなで盛り上がってる時に突然いなくなってしまい探し回ると一人で号泣してたり、何がなんだかわけが分からん。
女性からは顰蹙を買っていたが、なぜか男性には魅力的に見えるようでモテるのだ。
妙子も仕事先で出会った大学生を手玉に取るほど男性からはモテるのである。
だがつき合ってみればまったく厄介なタイプだと気づく。
母親である事も忘れいつまでもお姫様気取りの妻のせいで家庭内は荒れていた。
伸木の頭にあるのは一人娘のみすずの事だった。
その気もないくせに離婚をチラつかせる妙子に、伸木はみすずの顔が浮かび離婚はしたくないと頭を下げる。
それを見た妙子は、やっぱり自分を愛してるから別れたくないのだわと思い込む。
母親がこんなだから、みすずはまだ5歳なのにへんに大人びた気づかいを見せるので伸木は憂いていた。
伸木を心配する伸木の同期でチャラチャラした親友医師の竹林にも
「オレは妻と子供を愛している」
「なぜなら一生かけて愛すると誓ったからだ」
とクソ真面目に答える。
竹林はあきれるけど、でも内心こいつはいい奴だと思う。
ただ融通が利かないんだよね。
伸木は自分に誠実に生きようとする。
でも彼を取り巻く環境は非情で職場では不本意な出来事に巻き込まれ、ついにカナとの新しい人生を決意した伸木は泥沼の離婚裁判へと向かっていくのである。
これは不倫なんだけど、この場合は奥さんに同情する気にはならないねえ。
妙子と別れてカナと人生をやり直したい伸木。
伸木と別れたくない妙子。
泥沼離婚裁判はなぜか妙子が伸木の担当弁護士である仁志に恋してしまい戦線離脱(後に二人は結婚する)晴れて離婚が成立する事となる。
ン?
昔この漫画を読んだ時、あまりのトンデモ展開になんというご都合主義かと驚愕した記憶があるのだが、今回改めて読むとまた違う感想を持った。
妙子のような女性は程度の差こそあれ現実にもいる。
仁志に恋したと言えば聞こえはいいけどようするに乗り換えただけだよね。
医者から弁護士に。
自分だけを愛してほしい。
結婚して何年たっても、子供ができても、お姫様のように崇め愛し奉仕してほしい。
ひたすらに愛だけを欲した妙子は土壇場で、伸木の心には違う女が棲んでいることに気づき急速に彼に対する興味を失ったのだろう。
だから妙子もまた伸木のように新しい人生を生き直そうと思い至ったのだろう。
思えば30代の後半という年齢は、自分ももう若くないんだなと気づかされる頃で、20代の頃の選択が本当に正しかったのか間違ってたんじゃないのかと疑問に思ったりする。
そして「恋愛の教祖」だっけ?
「東京ラブストーリー」始め描く漫画が続々実写化された柴門ふみはそんな風に呼ばれてたんだけど、作者が描きたかったのはやっぱり恋する事の素晴らしさだ。
伸木や妙子だけでなく竹林や他の登場人物たちも皆、恋が人生の転機となっている。
人生をやり直したいなら恋をしよう、と言ってるようにさえ思えるのだ。
恋の偉大さ。確かに恋は人生を豊かなものにしてくれる。
それにしても、この作者の絵はほんとに華がないんだけど。