沙村広明さんと言えばやっぱ「無限の住人」が代表作だけど、これはまったく作風の違うものになっていて驚く。
作品のコンセプトが「今度こそ間違いなく人の死なない漫画」って事らしい(笑)が、半分くらいはふざけてるのだろうか。
でも絶妙なユーモアセンスに、前から漫画じゃなくて本を書いたって面白いんじゃないかなと思っていたので、作風が幅広いだけでなく才能の豊かさみたいのを感じやす。
また舞台が札幌になってるのだが、札幌ネタが細か過ぎてよくわからないとこがあったんで、沙村さんは札幌出身なんだと思ってたら千葉県出身でやした(どうでもいい情報)
さてこの物語の主人公は、鼓田(こだ)ミナレという25歳の独身女性である。
釧路市出身で札幌のスープカレー屋「ボイジャー」の店員だが訳あって解雇されかけている。
酒場で偶然知り合ったFM局「藻岩山ラジオ」のディレクター麻藤兼嗣(まとうかねつぐ)に、飲んだくれて話した失恋トークを勝手に録音され、あろうことかその音源を翌日の生放送で流されてしまう。
カッとなってスタジオに乗り込んだミナレだったが、どうやらミナレが現れるのを待っていたらしい麻籐の口車に乗せられ、なんと生放送にアドリブでトークをする羽目に。
ところがこれが思いのほか好評で、やがて麻籐からラジオ・パーソナリティーにならないかと誘われる事になるのである。
まったくの素人の女性がひょんな事からラジオ・パーソナリティーへの道を歩んでいく、というのがおおまかなあらすじだが、全編通してラジオは主軸にあるもののラジオ放送以外の奇想天外なエピソードの方が中心で、それがまた面白すぎて「アレ、ラジオはどうしたんだったっけ?」と時々思い出すレベル。
ミナレはヤンキー風の美人で頭の回転が速くてとにかく「しゃべりがウマい!!」
もうこれにつきますなー
「人生の展望もなくその場その場を切り抜けて生きるだけの刹那主義の女」とはよく言ったもんで、バイタリティーと独特の思考力ですごく機転が利くのである。
若い女性なのに破天荒なので周囲はいつもあきれてるけど、きっと「黙ってればモテるのにね~」とか言われるタイプだな。
こんな芸人みたいにしゃべりの達者な女性しかも美人なんであるが、いかんせん素行がよろしくない。
彼女は恋人に50万を持ち逃げされ金に困っており、カレー屋の店長からはクビを宣告されるわでまさに崖っぷちなのである。
店の後輩の中原忠也はミナレに激しく惚れていて、ラジオの仕事はいくら貰えるんだろうなどと目の色を変えるミナレに「ミナレさん!ラジオの世界なんて虚業っすよ!」とか心配する。
中原となら幸せになれそうなのに、こういう仕事も真面目でなんでも出来ちゃう頼りがいのある男はミナレは好みじゃないのね。
女の金を持ち逃げするような甘え上手のダメ男みたいのがいいんだから愚かよのお。
そんな時に店長が交通事故に遭ってしまい、人手が足りなくなったカレー屋に復帰できる事になりまして。
なぜだかその事故の加害者の妹である謎の女性、作中最強の剣客じゃなくて城華(タチバナ)マキエが兄の責任を負って一緒に働く事となり、なにやら事情ありげな美しい彼女は段々中原と親しくするようになりそれを見たミナレはちょっぴり不機嫌になっちゃったり。
三角関係ではないんだけど、カレー屋はちょっと複雑なトライアングルとなる。
しかしまあ作者の画力の高さは改めて言うまでもないが、女性が本当に美しいね~
マキエはミナレとはまた違った意味でめんどくさい女性なんだけど、儚げな風情とか切ない表情とか日本画の美人画のようである。
またラジオ局では、自宅のアパートを追い出されたミナレを居候させてくれる純真なADの瑞穂が大ベテラン構成作家の久連木(くれこ)にホの字(かなりの年の差)で、久連木はパーソナリティーの茅代(ちしろ)まどかがお好きというね。
こちらも三角関係ではないけど謎めいたトライアングルで、激しいボケとツッコミの応酬の中でカレー屋やラジオ局での恋模様も描かれる。
そしていよいよミナレの冠番組「波よ聞いてくれ」が決まるのである。
しかしいくらトークがうまくたってしょせんは素人、それはミナレにだってよくわかってる。
だから麻籐に「どうして自分なのか?」と聞くんだけど、煙に巻かれるだけでこのおっちゃんの真意はよくわからないのだった。
ただラジオ業界を長く生きて来た海千山千の麻籐は既存のラジオ・パーソナリティーとは違う何か新しい物をミナレに求めているようなのだ。
波よ聞いてくれ第一回は、「自分を裏切って逃げた男をたった今殺してきた女」という架空実況が行われ、放送事故を装いミナレが迫真のトークを繰り広げたり、第2回は「自分を裏切った男を殺して埋葬する」という内容のオーディオドラマが放送されたり、第3回はミナレのマンションの階下の住人から届いたFAXから持ち上がった死体騒動を経て「人生を挽回したいダメ人間の集うリハビリ番組にしたい!」と泣きながら迷走して終結するというね。
えーと、こんな説明で伝わりましたかしら?
とにかく滅茶苦茶なんですわ。
でも楽しそうで聞いてみたいな「鼓田ミナレの波よ聞いてくれ」
最近ラジオとか聞かないなあ。
しかしこの絶妙なテンポや独特のセリフ回し、なんだかんだでこの漫画の雰囲気はまさに深夜ラジオの楽しさである。
ラジオ業界は今や大変な斜陽産業で予算も少なくパーソナリティーのギャラもテレビと比較すると格段に安いらしい。
でもテレビにはない「自由」や地域密着性などの長所もあり、制作者側の登場人物たちのラジオへの愛情が感じられる。
ところで私は漫画の感想を書く時は良い意見だけでなくマイナス要素も書くようにしてるのだが、今回ほとんどないのはこの漫画家のファンだからである。