akのもろもろの話

大人の漫画読み

映画/「彼らは生きていた」

新型コロナで映画館に行く事もなくなったけど、最後に映画館に行ったのはいつだったかしらと思い出してみる。

この映画を見た時は確かトイレットペーパーが店頭からなくなってしまったんだよね。

あの騒ぎは何だったのだろうか。

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(「彼らは生きていた」/2020年日本公開/ピーター・ジャクソン監督/129分)



この作品はイギリス帝国戦争博物館に所蔵されていた第一次世界大戦中に西部戦線で撮影された映像を元に、「ロードオブザリング」シリーズのピーター・ジャクソン監督が一本のドキュメンタリー映画として再構築したものだ。

なにしろ百年前の2200時間以上もある記録映像なので、まず使えそうなのを100時間ほどピックアップした。

経年劣化してるわ不鮮明だわという映像を3DCG技術で修復し、モノクロをカラーにした。

映像は1秒13フレームだったり16フレームだったりバラバラのスピードで撮影されてたのをすべて1秒24フレームに統一した。

また当時は音を録音する技術がなかったため、BBCが保有していた退役軍人たちのインタビュー音源から音声を追加した。

さらに当時の英語の訛りが喋れる人を集めアフレコし、「ロードオブザリング」でオスカーを授賞した音響スタッフが戦場の効果音を再現し映像に重ねた。

そうするとどうなるかってえと。

スゴイものが出来上がったのだ。

つい最近撮影したのか、ってほどにリアルなの。

もうね、ピーター・ジャクソン監督もすごいけど技術革新がすごいんだねえ。

 

正直申すと第一次世界大戦のドキュメンタリーとかあんまり興味なくて見始めたのだけど、冒頭はモノクロ映像が続き15分くらいしたら突然カラー映像に変わるのよ。

まるでモノクロ世界から人が鮮やかに蘇ったような演出で、この遭遇にハッと驚愕しちゃって、その後「おお~」と叫びたい位だったけど、ちょっと小さくおおって言っちゃったかも。

ただモノクロに色つけただけでしょとかナメテタあたしは ぶったまげた。

 

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(「彼らは生きていた」公式サイトより)

第一次世界大戦における西部戦線はドイツVSイギリス・フランスをはじめとする連合国の戦いであり、ベルギー南部からフランス北東部にかけて塹壕戦を中心に戦争が繰り広げられた。

塹壕戦というのは想像以上に単純なもので基本は人が隠れられる穴を掘りその中から火器で攻撃するというだけの事なのだが、構造的に防御側は有利だが攻撃側は恐ろしく不利になってしまう。

そのためひたすらにらみ合いを続ける事となり、前線の両側では投げ込まれる手榴弾対策で塹壕をジグザグにしたり、木やコンクリートで補強したりと工夫をこらし、背後に回り込まれないようにとドンドン塹壕を掘り進め、スイスからイギリス海峡に至るまで構築されたのだ。

ちょうど同じく第一次世界大戦を描いた「1917命をかけた伝令」を見たばかりだったのだが、やはり塹壕の向こう側は緑の草原となっていて野の花が咲いてたりしたねえ。

でもその明るさと対比するようにおびただしい死体が転がっている。

当然ながらこっちは本物の死体で、血まみれだったり顔がなかったり腐ってハエがたかってたり死体の顔も隠さずもうバンバン出てくるので、ちょっと夢に出てきそうで怖かった。

 

戦争が始まった日の事から終わった時までを、映像に合わせて兵士たちのインタビュー音声がずっと流れてるという作りで、ただもう淡々と事実が語られる。

兵士の応募年齢は19才からなのに、実際は多くの少年たちが年齢を偽って応募し15才でも軍は見て見ぬ振りでどんどん採用したとか。

ボーイスカウトに行くような気軽な気持ちですぐに帰ってこれるさと思っていた人、純粋に国のために戦うんだという高揚感を持った人、戦争に行かないのは臆病者だと言われた人もいた。

 

塹壕の中はどうなっているのか?その様子がすごくよくわかるんだけど、これがとにかく凄まじいのである。

鳴りやまない砲声や死と隣り合わせの戦場であっても、兵士も生きるためには食ったり寝たりもするわけだが、実に不衛生な環境なので、寝ていて顔が温かいなと思ったらネズミが乗ってたとか、長靴に水が入ったままでいたら冷えて足が壊死したとかいうの。

塹壕があった土地は元々は沼沢地なのでいつも地面が泥濘でみんな靴がドロドロ。

なのに支給される軍服は一着しかなく下着と靴下は二組だけだとか、戦って死ななくても病気になっちゃうよ。

 

ところが戦争には思いがけない日常があって、前線で二週間戦うと交代して後方の町に戻る。

すると何かのんびりムードが漂い、ちっとも殺気だってない訓練風景や、売春宿に行って変なプレイに興じた話や、とにかくやたら紅茶を飲むとか、男しかいないのも気楽でいいもんだよとか、ドイツ兵捕虜とのホノボノした交流とか、なんで戦争なんかしてるんだろうと思う位だ。

 

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(「彼らは生きていた」公式サイトより)

けれどそんな普通の人間に芽生える非人間的な感情こそが戦争の恐ろしさなのだ。

「白兵戦には奇妙な歓喜がある。仲間の復讐ができる喜びだ」「上官の死体から望遠鏡を盗った。捕虜から時計を奪った。略奪は当たり前だった」「捕虜は邪魔だと殺した者もいた」と次々飛び出すショッキングな音声を聞いてると、戦争は嫌だと言いながら戦争を楽しんでいるような矛盾さえ感じるのだ。

そして、戦争から帰ってもみんなの目が冷たかったとかほんとにリアル。

「ダンケルク」や「1917命をかけた伝令」は確かに面白かったし臨場感もあったしリアルだったけど、やっぱりどこかでこれは作り物なのだとわかっている。

でもこの作品を見た後は、心底から戦争は恐いし絶対行きたくないと強く思ったものだ。