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大人の漫画読み

漫画/「夏目アラタの結婚」乃木坂太郎

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(乃木坂太郎「夏目アラタの結婚」既刊2巻)

世の中には色んな形の結婚があると思うけど、ここに登場するのは獄中結婚でして、なんとヒロインは死刑囚なのだ。

たとえ死刑囚であっても婚姻の権利はあるのだが、死刑囚と結婚する人の心理ってフツーの人にはよくわからぬ。

だいたい作中でも描かれるけど、二人が会えるのは面会室のアクリル板越しだけなのだ。

獄中結婚がテーマって斬新!(^^)!

あっ、最初に言っとくとかなりのコメディータッチでございます。

 

主人公である夏目アラタは児童相談所に勤務する30代の男性でして。

児相と聞くと、子供の虐待事件が起きる度に児相が関わってたにも拘らず子供を救えなかった児相は何やってたんだと報道されるケースが多いよね。

訪問したけど子供に会えなかったとか、親も反省してたし虐待はないと判断したとか。

まったく責任逃れとしか思えない言い訳を聞かされ、この人たちは一体誰のために働いてるんだろうと憤慨しながら、結局亡くなった子供の事を真剣に考える大人は誰もいなかったんだと思うと誰だって痛ましい気持ちになる。

この主人公は時に子供を守るためなら喧嘩も辞さないと正義感を見せる事があって溜飲が下がるのだが、漫画的あるあるでやり過ぎちゃう(笑)っていうね。

そうまでするのは彼自身の生い立ちもまた不幸だったからで、今では自分の結婚に対して夢も持てなくなってる。

でもまあ明るいし気ままな独身生活を送ってて、基本的に口もたつし腕もたちそうな好男子なんですわ。

 

で、ある日彼は担当の少年から「自分の父を殺した死刑囚に会いに行ってほしい」と頼まれるわけだ。

彼の父親はバラバラ殺人の被害者で遺体の首だけがまだ見つかってなかったのだ。

少年は首を遺棄した場所を聞き出したくて、アラタの名を勝手に使い死刑囚に手紙を書いたら、今度直接会って話そうと返事が来たというのだった。

少年の父親を思う純粋さの中に死刑囚との文通を面白がる気持ちを見抜いたアラタは、少年を悪から遠ざけるためにも、東京拘置所に向かうのだった。

 

3人の男性を殺害した連続バラバラ殺人事件の犯人は女であり、通称「品川ピエロ」こと品川真珠(21)は一審で「死刑」が宣告されていた。

「品川ピエロ」という異名は、犯人が損壊した死体と共に逮捕された時の姿が異様で、ピエロのふん装をした太った女だったからだ。

ところが、拘置所の面会室に現れたのはまだ高校生かっつーおとなしそうな女で、ひどく歯並びが悪い以外は逮捕時とまったく別人で、こいつが三人も殺した殺人鬼なのかと度肝を抜かれてしまう。

おまけに彼女はアラタを見ても興味がわかなかったらしく「思ってたのと違う」と言うなり退室しようとしたので、コレハマズイ!ニガスカ!と咄嗟の出たとこ勝負で「品川真珠~!!俺と、結婚しよーぜ!!」と言ってしまうのであった。(ちなみにしんじゅと読んでね。小沢まじゅさんがおりますからいちおう)

 

全然知らなかったけど、獄中結婚て実は「死刑」が確定すると面会が制限されて配偶者や親族しか会えなくなるので、支援者(死刑反対団体の人とか)や記事になる情報が欲しいマスコミ関係者なんかが結婚するんだそうだ。

崇高な愛とかじゃなかった・・・

そう言えば、一時マスコミを騒がした木嶋佳苗死刑囚(交際していた3人の男性を殺害して死刑判決が確定している)は、獄中で結婚と離婚を繰り返し今の夫は3度目で「週刊新潮」のデスクだったのを思い出す。

 

アラタの目の前の女はなぜか瘦せて、なぜか「ボクっ娘」で 、学校の時の成績は最低だったっつー話なのになぜか頭の切れすぎる、つまり思ってたのと別人のように違う女だった。

狭い面会室のアクリル板を隔て一方は死刑囚であり住む世界が違う二人の、だましだまされの心理戦のような駆け引きが始まる。

「ボクが怖くないの?」「怖くない」内心ではこえーよーと思ってるし「もし、万一ボクが出てきたら、ボクと一緒に暮らせる?」「もちろん!」と断言しながら、出てこれるわけねーだろ、おめーは死刑だっ!と思ってるのよ笑

会話劇の妙で、見所はこうした面会の度に繰り広げられる二人のマウントの取り合いだ。

二人のキャラはエッジが効いてて、舞台でも見てるような大袈裟で嘘くさいやり取りがおかしい。

真珠は黙ってるとしおらしいのに口を開けるとボロボロの歯が誇張されるのが不気味で奇矯な発言や表情が恐怖である。

かなり薄気味悪い女なんです。

しかし自身の不幸な生い立ちをチラつかせる演技で人の同情を引くのが絶妙な彼女は、弁護士やアラタの同僚女性さえも味方にしてしまう。

なぜか結婚に乗り気になるのはきっと策略があるに違いないが、いや、もしかしたら愛が?まさか!?とか一瞬でも頭をよぎってしまって驚きだ。

彼女に真実を喋らそうとするアラタも、児相のヒーローかと思えばどことなく胡散臭くて結婚詐欺師のように見えてくるのだ。

 

これを読んでて思ったのだが、死刑を宣告されるほどの凶悪な犯罪を犯した人は考え方だってフツーとは違うから、それが魅力的に感ずる人も中にはいるんだろう。

その人がなぜ犯罪を犯したのか知りたいと考えてるうちに相手を知りたいという恋心だと勘違いしてしまう事もあるかもしれん。

彼女に肩入れするあまり無実にしたいとアラタに協力を頼んでくる弁護士も、まったく彼女に翻弄されている事に気づきもしないのだ。

またアラタが拘置所で出会った死刑囚アイテムのコレクターと名乗るオッサンも倒錯してて、死刑囚の絵を集めたり文通したり面会に来て彼らの足跡を収集するんだって。

それは傍聴マニアが裁判を見に行って事件のリアルな詳細を楽しむのと同じ趣味だと言うのだ。

作者は死刑囚や死刑囚に関わる人間の心理の闇を描こうとしてるのかもしれない。してないかもしれないけど。

ただ難を言えば被害者遺族の視点がまるっきり抜け落ちてて、なぜ殺人犯のみがコメディータッチで結婚を許されるのか。

被害者遺族のやり切れなさを思ってしまうよ。