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大人の漫画読み

漫画/「町田くんの世界」安藤ゆき

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(安藤ゆき「町田君の世界」全7巻)


町田くんは16才の男子高校生。

地味で物静かなメガネ。

見た目は勉強できそうだけどできない&運動苦手。

真面目だけど要領が悪くて不器用。

という全然モテ要素のない男の子。

 

でもなぜだか彼は周りの人たちから愛される。

それは彼自身が「人が好きだから」

町田くんにとっては他人を助けるのは当たり前なんで、驚くほど無類に親切で優しい子なんである。

人とは、家族、友達、だけじゃなく知ってる人も知らない人も、とにかく彼の周りに存在するすべての人だ。

通学途中で困っている人を見れば助けるのは当たり前。

(迷子を保護したり、おばあちゃんの荷物を運んであげたり)

学校で野球ボールをぶつけられても怒るどころか「レギュラー入りおめでとう」などと返球してあげる。

 

ハッ?いい人ぶってんの?

あたしみたいなへそ曲がりは思う。

でもね、作中で町田くんが変えてく世界が、そして町田くんの存在そのものが、この汚れた世の中から見るとまるでファンタジーなのよ。

または変わり者とも言えるけど。

それは町田くんがSNSと共に生きる世代にもかかわらず、スマホを持ってないっつー事でもわかる。

 

しかし町田くんは「自分が人から愛される」という事をよくわかってないのである。

成績も悪いし運動も苦手な自分に得意な事なんてあるのかな?と思ってる。

人の事はよく見てるのに自分の事は何もわかっていない思春期あるある。

まあ当然ながら異性に対してもどう振る舞えばいいのか知らず、恋がどんなものかもわからぬ。

 

いったい彼はどんな家で育ったのだ?

町田くんは5人兄弟の子沢山(母親は6人目を妊娠中)の長男で、愛情溢れる家庭だ。

妹も弟もみんな彼を慕っていて、キラキラした目でお兄ちゃんはチョーカッコいいと言う。

でも見かけと違い不器用だから家事もできず料理も目玉焼きくらいしか作れないんだけどな。

どこがカッコいいんだろう?

少女漫画のカッコいい男の子っていうのは、こういう場面ではフツー家事も料理も完璧なんだけどね。

町田くんは全然違くて、そういう見た目のカッコよさとは無縁のキャラクターだ。

 

だけど世の中にはひねくれた人も悪意を持つ人もいっぱいいる。

町田くんはそういう人に対しても、ちょっとどうかしてるんじゃないかと言うくらい動ぜず淡々としている。

ボーっとして(そういう風にしか見えない)被害者意識がないからこれは相手の戦意を喪失させる。

そして彼のあまりの真っ直ぐさが結果的には相手を変えてしまう。

変人扱いされながらも彼がまとう不思議な空気感に、周りの人たちが影響を受けて行くという構図で、一話づつ、人たらしにたらしこまれていくようでもある。

町田くんのカッコよさは、人からは少し外側の世界にいて、とても大きなスケールで人を見ている。

彼の目を通して見る世界は美しくて愛しいものなのだ。

 

人のいいところを見ると、その人を好きになる(かもしれん)。

好きになると世界が変わって見えるかもしれんのお。

読んでるとそんな事をマジで思わせるのである。

 

 

だがしかし、この作品は地味でメガネの人助けが趣味の少年の物語ってだけではない。

町田くんとクラスメイトの猪原さんとの恋物語なのだ。

猪原さんは美人で成績優秀だが中学時代にいじめられた過去があり、自分は人が嫌いだと公言し孤立している生徒だった。

それが町田くんと関わるようになってから、ちょっとやさぐれてたのが素直になって次第に可愛らしい言動を見せるようになってく。

 

こんなにも純粋に自分の心を開いて話してくれる人と出会ったら、彼女でなくとも好きになっちゃう。

そしてきっとこの人の側にいたいと思うはず。

それは一緒にいると自分まで浄化されたような気になるから。

 

だけど自分だけが特別じゃなかった。

弟や妹にするようなつもりで女子にも頭ポンポンしてしまう町田くんに「そーゆーのはぜったい女の子にしちゃだめだよ!」と猪原さんは拗ねる。

その時の彼女のチョット口をとがらす言い方が可愛い。

うすうす気づいてたけど町田くんはとんでもない。

彼の天然の振る舞いは自分のような女の子を量産してると猪原さんは気が気でない。

しかしまったく意味のわかってない町田くんに自覚させるのもよくない気がして、曖昧なままにしておく猪原さんがまたいい。

町田くんも優しいけど猪原さんも優しくて(優しい人しか出てこねー、と言うより町田くんといると優しい人になるのだ)決して自分の恋心を押し付けない。

誰だって片思いをしてたら告白してOKをもらってつきあいたいと思うのに。

人を好きになる事は相手を独占して自分の物にしたいと思うことだ。

だから手っ取り早いのはセックスしてしまえばいい。

けれどこの作品は性の匂いも感じさせない。

二人の恋には若い男女の自然な欲望とかないのである。

えー?でもその人の側にいられるだけでいいとか、なんなら遠くから見ているだけでいいなんて奥ゆかしい恋はだいたい成就しないよね?

けど今の若者はセックスをそれほど重要な事だと思ってない人もいるようだ。

セックスで自分の淋しさを埋めようなどとはしないのだ。

 

 

だからあたしがこの作品で強く感じたのは、セックスや恋愛を追求しなくても愛がある事を知る人は幸福だということだ。

 

 

町田くんが亀の歩みのようなのろさで猪原さんへの恋心を戸惑いながらゆっくりと受け入れてゆく。

今まで人に愛を与えるだけだった自分が恋に気づき、相手の心がほしいと思うようになる。

でも心はその人だけのものだ。

心は誰に渡すものでもないんだ。

なのにオレは猪原さんの心がほしいと葛藤する町田くんの、真面目でひたむきな姿になんだか泣けてくるのである。

ああ、汚れっちまった悲しみに。

この平和で優しい世界にあたしは癒されたのである。