10年前、W不倫の末に駆け落ちして帰って来ない榊さんの母親に会うため、直達は榊さんと海辺の町を訪れた。母親は新しい家族と幸せに暮らしていた。
世の中は広いよーで狭いっつーか、不思議な縁で出会った二人の物語も完結編です。
①巻②巻の感想はコチラでございます。
榊さんの母と直達の父は駆け落ちしたもののうまくいかず一年程で別れてしまい、直達の父親は元の家庭に戻ったが、榊さんの母親は帰って来なかったんである。
それが10年前の話。直達はまだ5才のガキンチョだったから記憶はない。榊さんは多感な女子高生だった。
お母さんその後何があったんだろか?色々あったのかもしれんが、今は違う男性と幸せそうに暮らしていて相手の連れ子もなついていた。
そんな姿を目の当たりにし思わず逃げ出した二人だったが、やっぱり手ぶらでは帰れん!と衝動的に踵を返した直達。追いかける榊さん。お母さん宅前まで全力疾走で戻りゼイゼイしてるとこに母親が出てくる展開はもうドタバタでして、「千紗?」って呼びかけられても「NO!アイムジャネット(`・ω・´)シャキーン」とか意味不明な外国人の振りをする榊さん。怒ってやろうと乗り込んで来たのに笑わせてどうするんだと思うけど、その気持ちはわかる。向き合うのが恐いんだよね。
だって10年振りに再会したのに母親にはもう別の人生があったなんて、現実は残酷すぎる。
娘はずっと引きずって生きてきたのに、母親ったらちゃっかり別の家庭を持ってたのだ。
ただ作者は別に身勝手な母親を糾弾したり捨てられたカワイソーな娘を描こうとしてるわけじゃないと思うんで、人生色々だし、善悪とか誰が正しいとか間違ってるとかじゃない。
大事なのは榊さんの気持ちで、もう起きてしまった事はしょうがない。だけどどうやって立ち直って前を向いて生きて行けるかが主題なのだ。
それには母親に怒るという行為が不可欠だと直達は気づいている。そして自分にも怒る権利があると考えている。
それは10年も経った今更ではとても難しい事だけど、まあなんとかミッションを遂行した榊さんに「直達くんが怒るって言ったのに、私一人だけ怒ってた」と浜辺で飛び蹴りされびしょ濡れになった二人はバスにも乗れずそこいらの民宿に泊まる事になりまして、民宿のおばあちゃんに夕食は近くにハミレスがあるからそこで食べてらしてと言われ、行ったらアータ!お母さんと新しい家族に遭遇してしまうというね。いやファミレスだから、家族来るよね。
そんなすったもんだがありまして、その夜一緒に泊まった二人はちょっと修学旅行気分だったりもするのだが、直達が「榊さんが怒ってたことはずっと俺がおぼえておくので大丈夫です」と言ってくれる。
本当はずっと怒っていたのに、そんな感情を抑え込んでいた自分。10年前に止まってしまった榊さんの時間を直達が動かしてくれた事に彼女は感謝する。
我慢すればお母さんと和解できたかもしれないけどしなかった。
怒ったのは向き合おうとしたからだ。
怒ってよかったし、行ってよかったのだ。
行かなかったら捨てられた子供のままだったと教授が言う。
榊さんは脱いだまま置いてあった直達のスニーカーを履いてみる。子供だと思ってたけど、大きな靴。
足をブラブラさせながら、榊さんはこの家を出て行くと告げる・・・
とまあそんなわけで、ちょうどよく3巻に綺麗にまとまって終わったけど、ラストは非常にさわやかでして、窓を開けたら青空が広がっていて脳内物質のセロトニンが一気に湧き出すような感覚で明るくて良かった。
だけどほのぼのとしたかわいい絵柄でサラッと日常を描いていて、セリフ回しもユーモラスで笑わせるけど、内容は実は結構ドロドロしてるんだよね。
激情に駆られて駆け落ちなんてしたって、誰も幸せになんかなれそうにない。
けどそういう愚かな事をしてしまうのも人なんですよね。
榊さんは強者で「お母さんは千紗の事が嫌いで出てったんじゃない」とわざわざ言いにきた母親に「出てったら嫌いと同じだ。ウンコみたいな綺麗ごと言ってんなこの色キチ!」って言ってやったらしい。
その時母親は「千紗も好きな人ができたらわかる」と、ずいぶん身勝手な事を言った。
その言葉は榊さんにとって呪いとなり「自分は一生恋愛なんてしない!!」って事になってしまったんである。
家族って役割分担があるから、家庭ではお母さんはお母さんの役割を子供は子供の役割を果たす。
お母さんだって女なんだけど、それはちょっと子供からすれば見たくない顔だ。
お母さんの事が好きだったから、なんなら一緒について行きたかったんじゃないのかな。どうして自分を置いて行ってしまったのか、その時の榊さんの気持ちを思うと切ないのお。
だけど生きていかなければならないし、人生というのはそんなものだと、漫然とやり過ごしてあやふやにしてしまうのが大人なんだと榊さんは思った。
榊さんのお父さんや直達のお母さんが、そこはなんとなく曖昧にして生きてる様に清濁併せ持つ人間になるって、そんな度量の広い人間がどれほどいるかっての。
人生経験もなく世の中や人間というものに対しての深い洞察もない若い女の子がそこまで理性的になるのは難しい。
だから気づいたら、みんなシレっと幸せになっていて自分だけが馬鹿みたいなんて思うのだ。
そんな彼女の前に現れた直達は10代男子の純粋さと持ち前の優しさで、彼女にそっと寄り添おうとする。
直達は早い段階から榊さんへの恋心を意識していて、このしっかり者のように見えて実は少女のままという厄介な年上女性の凍りついた心を溶かしていくのである。
概してこの二人はとても優しくいい子で好感が持てる。
姉と弟のような仲の良さをいつまでも見ていたいような気になった。
だけどいい子ってやっぱ家族の中で損しちゃうと思った。
二人を取り巻くシェアハウスの人たち、特に榊さんを見守る教授の大人なのか子供なのかよくわからないとことか、直達に思いを寄せる泉谷さんの可愛さ、彼女をかばう藤浪さんの温かさとか、なんか身近にいそうで親近感を持ってしまう。
榊さんが作中で二度も「君は幸せになれるよ」とつぶやく意味深なせりふは、もしかしたら彼女がお母さんに言われていた言葉ではないかと思った次第である。