弥一と小学生の娘・夏菜(カナ)が二人で暮らす家に、マイクと名乗るカナダ人の男性がやって来た。
マイクは、弥一の双子の弟・涼二の結婚相手だった。
カナダでは同性婚は合法だ。
「パパに双子の弟!?」「てか、男同士で結婚!?そんな事できるの??」と、夏菜は突然現れた外国人のおじさんに興味深々。
マイクはしばらく家に泊まる事となり、夏菜は大興奮である。
だが弥一の心は釈然とせず、10年前に家を出て外国へ行ったきり音沙汰もなかった弟は亡くなり、しかも目の前にいる巨漢と結婚してたって言われても、いったいこの男とどんな風につき合えばいいのか、そりゃアータ、戸惑ってしまうよ。
外国人だからとか、初対面だからとかじゃなく、弟の結婚相手だという男。
ノンケの弥一にはどう接したらいいかわかんない。
それでも「日本ではお客さんに最初に風呂に入ってもらうのがおもてなしなんだよ」と夏菜に教えながら一番風呂でもてなしたり、寿司を取ってやったりする。
マイクはマッチョで毛深い外見に比して、穏やかで礼儀正しく優しい男性であった。
しかし相手の人柄以前に同性婚に対して偏見を持つ弥一は、妙に生々しいような気がしちゃって深く考えられなかった。
ところが夏菜ときたら子供って無邪気だから「マイクと涼二さんは、どっちが旦那さんでどっちが奥さんなの?」などとズケっと聞いて弥一を狼狽させちゃう。
夏菜は明るくて活発な子で、ゲイ男性を前に困惑する弥一と違いマイクをすぐに受け入れてしまう。
マイクは嫌な顔も見せずに「私たちは二人とも男性だから私の夫は涼二で、涼二の夫は私です」と真面目に答えてくれるのである。
つまりこういう事よ。私の夫は涼二ですって言ったら、じゃあマイクが奥さんなの?って言われちゃう。
みんな無意識的に男と女を基準に考えて当てはめようとするから。
それが当たり前だと思ってるから。
そして単に夫とか妻とかいうだけじゃなく、心のどこかでどっちが男役でどっちが女役なんだろとか、下品な想像をしてるのよ。
これが男と女だったら他人の夫婦生活なんか想像するだろうか。
マイクの言葉に弥一はハッとする。
目から鱗が落ちたように、自分はなんにもわかってなかったんだと思うのだった。
LGBTがもてはやされる近年、BL映画の実写化に超メジャーな俳優が出演するようになったり、もう単なる一過性ブームじゃなく性の多様性は認知されている。
そう頭ではわかっていても日本のLGBTへの対応は諸外国に比べ遅れ、実際問題として自分の息子や兄弟がゲイだと知った時、家族は複雑だ。
そりゃゲイでもバイでも誰を好きになったって本人の自由じゃんと思うけど、この作品を読むと本人だけの問題じゃなく家族の問題でもあるんだなってわかる。
弥一は妻と離婚後、男手ひとつで夏菜を育てて来た。
元妻とは一緒に暮らしていた時は喧嘩が絶えなかったが、今では時々会い、なんでも話せるいい関係だ。
夏菜が大好きな母親と三人で暮らせない寂しさを、子供なりに気使っている事に二人は気づいている。
でも弥一は、世の中には父子家庭や母子家庭はいくらでもあるし、片親だからかわいそうなんて考え方に負けてたまるかと思っていた。
正しい家族の形は一つしかなくて、それ以外はかわいそうって思うのは差別的だと考えていた。
そんな時、友だちのユキちゃんにマイクを紹介しようと思った夏菜は、ユキちゃんのママから悪影響があると言われ避けられてしまう。
悪影響ってなんだ?マイクに失礼だよねー
なんか同性愛者というだけで性犯罪者かのように思われてる。
こういう人に限って悪気はなかったとか子供のために良かれと思って、とか言うのよ。
どんな理由であれ相手を傷つける事自体が差別だと気づいてないのだ。
人は誰だってセックスする。
男と女はいいのに、男同士になるといきなり性的な存在になって子供には有害だと言いやがる。
夏菜はまだ幼くて悪影響の意味も理解できない。
弥一は夏菜が傷つかないように、そして他人を傷つけるような事をしない子に育てようと思う。
子供って大人の偏った思想から偏見や差別を学んでしまうんだよね。
弥一は思った事をはっきり口に出せない弱気なとこがあるけど、他人の気持ちを慮れる人だと思う。
「弟の夫」だという存在に戸惑いながらも、最愛の人を失くしたマイクの悲しみをわかってやれる。
マイクも誠実な人だった。
そんなマイクと彼に対する偏見を持たない夏菜と三人で暮らすうちに弥一は変わって行く。
今まで持ってたゲイへの嫌悪感や偏見は消え、マイクを家族として受け入れるようになるのだ。
しかしながら弥一の持つ偏見は、恐らく日本人が持つ典型的な偏見かもしれん。
それは無知からくる偏見だ。
読んでると考えさせられる事がたくさんある。
たとえばマイクの所にゲイである事を悩んでいる中学生の男子がやってきて、マイクは彼の話を聞いてアドバイスしてやったりする。
日本ではそこまで差別はひどくないらしい。
日本人は本音と建て前が違うからね。
でも外国ではゲイというだけで家を追い出される子供もいるとマイクは言う。
もしも親が同性愛者は悪だと考える大人だったら(ユキちゃんのママみたいな)、自分にとって最も身近である人間が人生で出会う最初の敵になってしまう。
それは子供にとっては残酷だ。
カミングアウトは難しい問題なんだ。
たとえ夏菜が大人になって同性愛者になっても自分はそんな事絶対しないぞと弥一は思う。
でも昔、涼二から自分はゲイだって打ち明けられた時、拒否はしなかったけど変に意識するようになってしまって態度を変えてしまった事を思い出す。
また、弥一と涼二の同級生が訪ねて来るのだが、彼はゲイである事を隠して生きている男性だった。
彼はマイクと二人だけで会いたがり「自分はカミングアウトする気はない。そんな事わざわざ人に言う事じゃないから」と話す。
そして二人で会った事は弥一には内緒にしておこうと言われ、マイクは複雑な気分になる。
彼の気持ちはわかるけど、隠し事が隠し事を生むのが嫌でカミングアウトしたのに、これではちっとも楽しくないとマイクは思うのだった。
カミングアウトは本人が決める事だから、彼がそう決めたのならそれでいいんだろう。
けど、今度どこかで会っても知らんぷりしてくれなんてコソコソして、なんつーか嘘で隠した人生は虚しくないのだろか。
でも彼のようなセクシャルマイノリティーは確実に存在していて人知れず苦悩しているのかもしれないな。
時に思考停止したりよくわからないからと放置してしまったり、弥一はあたしたち自身なのだ。
やっぱ大事なのは互いによく知る事なのだと思う。
それには時間が必要だ。
マイクはそれがわかっているから、弥一に対してゲイはこうだとか自分の意見や感情を強引に押し付けたりしない。
常に謙虚で礼儀正しく、弥一が嫌だと思う事はしないのである。
マイクが見せてくれたカナダでの涼二の写真は、生き生きと楽しそうな表情でこんな顔は見た事がなかったと思う。
結婚式の写真も素敵なのよ。
マイクの家族がみんな祝福していて、日本でもこんな風に同性婚が当たり前になる日がくればよいのになと思った。
いったいなぜマイクが日本に弥一を訪ねて来たのか、彼が語るその理由も感動的だ。
これってとてもよくできた物語で、結婚や家族には色んな形があると教えてくれる。
誰を好きになろうと、一番大切なのは本人の気持ちなのだ。
本人が望む事なら家族はただ見守り、幸せなら祝福する。
それだけでいいのだ。
この作者はガチなゲイ漫画を描いて来た方だから、一般誌で連載するのにはかなり気を使ったと思う。
男性同士の性行為は排して、家族での食事シーンを度々登場させたり、ソフトで丁寧な語り口でゲイについて正しく知って欲しいという気持ちが伝わって来る。
そのせいかちょっと小学生の課題図書みたいなとこあるよね。
そう言えばどことなく登場人物が昭和なんだよね。