akのもろもろの話

大人の漫画読み

本/「我らが少女A」髙村薫

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(高村薫「我らが少女A」)

年の初めと言うにはもう遅い。なんとなく本の感想とか書いとこう。

これは2019年に発売された合田雄一郎シリーズの最新刊。

あたしが愛してやまない合田氏は本作では57才となっており、警察大学校の教官となっていた。ううむ、やはり出世なのだろうな。出来る男は違う。

直木賞受賞の「マークスの山」で初登場した時は、確か33才6ヶ月で警視庁捜査一課所属の警部補でありました。

アレは何年前?もう20年くらい経つか。

その後すったもんだがありまして所轄署へ移動してた時期もあったけど、合田さん57才かあ。

時の流れを感じますなあ。しみじみ。

トレードマークだった白いスニーカーももう履かないよね。

 

合田雄一郎は硬派な男だ。

警察組織の規律と忍耐が身体に染みついた優秀な警察官だ。

でも警察組織になんか違和感を持つ合田は組織の歯車になり切れず浮き上がっている。

あたしにとって合田雄一郎は読めば読むほどつかみどころがないよくわからない人だ。

彼自身も己がよくわからなくなって、自分で自分を持て余しながら何かに突き動かされるようにして事件へとのめり込んでゆく。

それはまるで自ら破滅に向かっているような危うさがあって、胸が詰まるような息苦しさを感じるのである。

いったい彼は何に突き動かされるのか。それはやっぱよくわかんないんすけど。

鬱屈した暗さを持ってるかと思えば妙に人間臭く、目つきはキツイのに時に見せる笑顔は頼りなげだったりする。何かアンバランスな魅力があるんだよね。

だいたい警察の捜査や組織が苛酷すぎるんじゃ。

体だけじゃなく精神をもすり減らし、崩れ去りそうなギリギリの所で必死に踏みとどまってる感じが胸が痛む。

でも追いつめられれば追いつめられるほど生き生きとしてくる人っている。

合田はそういう人かもしれんな。

5時には退社できるような暇なサラリーマンだったら、無口で案外つまらん男かもしれん。

 

合田は若い頃、大学時代の親友・加納祐介の双子の妹と短い結婚をしていた事がある。

この元義兄は現在東京高等裁判所判事となっている。

その加納は、合田が勤務する西武多摩川線「多摩駅」近くの警察大学校に隣接する循環器専門病院に入院していた。

まあ、ここだとおまえも近くにいるし・・・

ってちょっと照れながら、合田に連絡してきた。

さすが、合田の部屋の合鍵を持つ男だ。

かつてこの美貌検事は暇を見ては合田の留守中にやって来て掃除機かけたりアイロンがけやらしてたっけ。

合田を見てるとさびしい男はほっとけないねえと思うけど、この人には加納さんがいるのだおよびじゃなかった。

加納は心臓サルコイドーシスという難病でペースメーカーの埋め込みの手術が必要なのだった。

 

さて、多摩駅前は武蔵野の自然豊かな風景が広がっている。

12年前のクリスマスの早朝、駅前の野川公園で元美術教師の老女が殺された。

後に未解決事件となった通称「野川事件」を担当していたのはかつて警視庁捜査一課に所属していた合田であった。

この12年前の未解決事件が再び表舞台に登るきっかけとなったのは、池袋で発生した風俗嬢殺害事件だ。

被害者・上田朱美はこの町で育ち出て行ったきり音信不通となっていたが、自分を殺した犯人でありヒモ同然だった恋人に生前「野川事件」に関与していた事をほのめかしていた。

現場から、撲殺された元美術教師の絵の具を持ち去り所持していたというのである。

死んだ栂野節子は自宅で水彩画教室を開き、早朝の野川公園で写生をするのが日課だった。

 

水彩画教室の生徒だった朱美は当時15才の高校生=少女Aで、合田は参考人として取り調べていた。

少女Aがホンボシなら一体俺たちはどこで何を見落としていたのか。

お宮入りした12年も前の事件をまた調べ直すなんて警察って大変だよね。

忘れかけていた未解決事件が再捜査される事で、当時その事件の周囲にいた人たちに波紋を投ずるという展開でございます。

当時合田は被害者の孫娘をストーカーしていたADHDの少年・浅井忍を住居侵入容疑で逮捕、少年は現場に行っていなかった事が判明するが警察官だった少年の父親は退職を余儀なくされた過去があった。恨まれとるねー

浅井忍の頭の中は現実世界とゲーム世界が混沌としていて、水彩画教室のあった栂野邸がドラクエの城に見えたり、孫娘のストーカーだと怒って杖を振り回す栂野節子をモンスターに見立てたりしている。

ADHDの人はこんなふうなのかな。マークスとかぶるんだけど高村節全開。

だけど未成年者を別件で引っ張るとかやり過ぎなんだってば。

でも忍は何か知っている、という合田の勘は当たっていたのだ。

 

12年前の事件の関係者たちは、過去を紐解き忘れていた朱美の記憶を思い出していく。

朱美の同級生で栂野節子の孫娘佐倉真弓。

同じく同級生で今は多摩駅に勤務する小野雄太、そして浅井忍。

女手一つで娘を大事に育てた朱美の母親。

裕福なのに家族はバラバラだった真弓の母親。

問題行動を起こす息子と重い精神疾患の妻を抱える忍の父親。

栂野節子は生前どう生きて何を考え、なぜ殺されたのか。

子どもたちは何を見ていたのか。

朱美はどんな子だったのか。

本当に朱美は殺したのだろうか。

なぜ絵の具のチューブなんか持ち去ったんだろう。

それぞれの脳裏で朱美の思い出が蘇り当時の記憶が繋がっていく。

これは読んでて不思議な体験だと思った。

それぞれに蘇った記憶がいろんな反応を起こし繋がっていく光景がまるで世界が広がっていくようで、自分も同じ場所に身を置いているような臨場感があるのだ。

これは犯罪小説というより、少女Aを巡る緻密な人間ドラマだ。ヒジョーに切ねー。

 

それにしても若い頃は尖っていた合田も変わった気がするのは確実に年を取ったからかな。

触ってみるか?って言って、襟元を開けてペースメーカーが埋め込まれた胸を合田に触らせる加納。

うむむ、もう若くない二人何やってんだ。