この作品の舞台はロスアンゼルスで、アールとランディという二人の少年の物語なんですのよ。
アールのママはケーキ屋さんをしていたんだけど、アールが小さい時に突然亡くなってしまったの。
パパはママが死んで変わってしまった。
ママのものはなんでも捨てちゃう。
服も写真も読んでた本も大好きだったレコードも。
父親は愛する妻の死が悲し過ぎてつらくて、もう彼女を思い出すものは見たくなかったのよねえ。
でもそれがどんなに子供だったアールの心を傷付けたか、悲嘆するばかりの父親は気づかない。
そんなアールを慰めたのは隣家に住む幼なじみのランディだった。
で、長じて高校生になった二人。
アールは母が遺したレシピノートのケーキを熱心に再現したり勉強はできそうだけど、ちとオタクっぽく、今もノートの抜けてるページを探していた。
「きっとよく作るからノートから外して近くに置いてたんだよ」って言うランディ。
子供の頃大好きだった赤いケーキにアールは執着してたが、そのレシピのページも行方不明だった。
レッド・ベルベットというのは母親が作った赤いケーキの名前だ。
赤いケーキとかアメリカっぽいのお。
でもアールがレシピノートを持ってるのを知った父は怒って取り上げてしまう。
いまだに母のものをなんでも捨てようとする父の事がアールは不満だ。
ノートをゴミ箱に捨ててる所を見たランディは後でコッソリ拾ってきてくれる。
一方ランディはと言いますと、ガールフレンドもいるしそこそこモテそうなんだけど、実は深刻な事態に陥っていまして。
病気で入院中の母親のために金が必要なランディは窃盗団と関わってしまい容易に抜け出す事ができなくなっていたのである。
それもアータ、こいつら窃盗に入るのに未成年で身軽なランディを屋根に登らせたり煙突から入らせて中から鍵を開けさせるという、なんつ―危険な、子供を利用した汚い手口なのよ。
母親は病院だし、父親は高圧的ですぐ殴ってくる。
相談したり頼れる大人がいないランディは、もうこんな事はやりたくないと思いながらもどんどん犯行に巻き込まれてしまう。
母親の出していた店があった場所へ行ってみたいと言うアールにつき合い、二人で行ってみると、中は荒れ果てていたものの店はまだそこにあった。
ショーケースもそのままだし、オーブンだって直せば使えそうだ。
アールはまたあの店でケーキ屋ができないかと夢を抱く。
二人はケーキ屋をやる時は一緒にやろうと約束をする。
多田由美って知ってる?
寡作でほとんどが短編作品なんで3巻も続いた作品は初めてなんだよね。
もうね~絵がすんばらしい美麗なんですよ。
独特な感覚や手法が特徴で、擬音で場面を演出する描き文字(「ドン!」とか「ニヤリ」とか「ざわざわ・・・」みたいの)は描かないし効果線とかの背景の線も描かない。
それに構図が巧みで、まあ専門的な事はよくわからんけど独特な感じがするんだよね。
世界観も独特でアメリカを舞台にしたものが多くアメリカ映画的だ。
しかし特筆すべきは少年の美しさでしょうな。
彼らはほっそりと美しく、どこか寂しげで不安そうで、時折物憂げに目を伏せるのが印象的だ。
これはもう作者の好みなんだろねー
少年のエロスを感じてるのかも。
それとも自分自身を寄る辺のない少年に投影しているのだろうか。
まあそれは知らんが。
彼らは親から満足に愛されてないさびしい子供たちだ。
てか親自身は愛してるつもりなのに、ひどく一方的で自分の都合だけだったりする。
息子の気も知らず自分ばかりが傷ついてるような気になって、亡くなった母親のものを処分してしまうアールの父とか。
ランディの父はもっと勝手で、息子を部屋に閉じ込めたり激昂して暴力を振るうばかりでまともに話し合う事すらできない。
ランディを利用する窃盗団のボス・ヴィンセントは自分では何もせず命令するだけで弟のベニーが実行犯になっている。
貧しかったから家族が食うためにヴィンセントは子供の頃からベニーに盗みをさせていたのだ。
そしてヴィンセントは事あるごとに俺たちは家族だと言う。
なんて勝手な大人たちだろう。
社会でも家庭でも子供は一番弱い存在で、結局大人に従うよりなく、どんなに理不尽でも黙って我慢するしかない。
彼らは言い返す言葉を持たず、ただ睫毛を伏せその顔に暗い影を落とす。
その表情に、彼らが持つさびしさややり切れなさが読み取れて、胸が締めつけられるのよ。
こんなにすごい才能なのになんでか本があんまり売れないらしい・・・
しかしながらこの作品には希望が見える。
それは二人の友情だ。
自分を大事にしないランディは、自分さえ我慢すればいいとか自分はどうなってもいいと考えがちだ。
でも小さい時に母を亡くした自分を支えてくれたランディの事を、アールは心から大切に思っているのである。
その想いがランディにとって暗闇の中に見えるかすかな光となる。
アールはケーキ屋を開く事でランディの居場所を作りたいとさえ考える。
どんなに怒りや絶望や悲しみが人生を覆っても、人はどこかに希望を見いださなければ生きてはいけないのだ。
ランディにとってのアールが、アールにとってのランディが希望だったんだね。
ああだけど二人ともどうしてこんなに繊細で傷つきやすいのだろうか。
互いに支え合う事で、もっと強く生きてゆけるようになるのだろうか。