akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「イノサン」「イノサンRouge(ルージュ)」坂本眞一

サンソン一族はフランスの死刑執行人を200年以上に渡り輩出してきた家系である。

イノサンは井野さんではなくイノセント(無垢)の事で、主人公のシャルル=アンリ・サンソンはムッシュー・ド・パリ(フランスの死刑執行人の頭領を表す称号)を務めたサンソン家4代目当主だ。

死刑執行人と言えばサンソンとその名が真っ先に上がるほど有名なのは、シャルルがフランス革命時に生きた人だからだ。

苦しまずに死ねる人道的な処刑道具(しかも効率がいい)として開発されたギロチンで、国王ルイ16世や王妃マリー・アントワネットを始め、政権が交代する度に旧政権関係者が逮捕され大抵が死刑となったが、シャルルはその生涯で3000人あまりの首を刎ねたという。(死刑多すぎ)

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(坂本眞一「イノサン」全9巻)


と言うわけで、18世紀フランスを舞台に処刑人サンソン一族の数奇な運命を美麗に描き上げた歴史漫画 でございます。

「イノサン」が全9巻、「イノサンRouge」が全12巻あって長いので簡単に書き散らかしますが、少年時代のシャルルは処刑人の跡取り息子なのにこれがまた非常に優しく繊細な子でしてね。

この時代、人は平等ではなかった。

人は生まれですべてが決まり、貴族の子に生まれれば貴族に、農民の子に生まれれば農民に、処刑人の子は処刑人になるって決まってたのよ。

サンソン家は国王から正式に任命された正義の番人だ、と祖母のマルトは言う(このバーサンがコワいの~)

だが彼らは貴族のような暮らしの一方で、道を歩けば人々からは死神が来たぞっ!つって嫌悪され、桶に入った糞尿をぶっかけられたり(この頃のパリでは窓から道へ投げ捨ててたって言うもんね)もう蔑視されまくりで、シャルルは処刑人の息子だとイジメられ学校にも行けないのだ。これは子供にはつらい環境だよね。

僕は処刑人なんかになりたくないと泣き出すシャルルに待っていたのは、サンソン家直伝の編み上げ靴(ブロドカン)と呼ばれる拷問器具でして、お仕置きにしては恐ろしすぎる実の父による息子への拷問シーンが最初の見所であります。

運命からは逃れられない事を悟ったシャルルは処刑人として生きていくのだが、次々と降りかかる試練は驚くばかりで、残酷で悲しみと怒りに満ちている。

 

当時絶対王政下のフランスでは国王を頂点とし、聖職者である「第一身分」と貴族である「第二身分」が特権階級であり、残りのその他大勢が「第三身分」である。

「第三身分」はなんの特権も持たず重い課税に苦しみ参政権も認められていない。

数の上では数パーセントしかいない第一身分と第二身分だけがいい暮らしを満喫していて、みんな鬱憤が溜まっていまして。

そのせいか処刑は民衆に公開される大娯楽エンターテイメントで一種の見世物だった。

サンソン家では処刑は見せしめのためだと考えたが、民衆はそんな風には思ってないし、ただの鬱憤ばらしや怖い物見たさに集まってきて残酷な処刑や若い女の処刑なんか固唾を呑んで見ているのよ。

だから処刑場はパリの中心部に舞台のように設営され、処刑が行われる度にサンソン家の一族郎党が処刑台を建設し処刑が終わると撤収する。

革命前の処刑というのは斬首刑、絞首刑、車裂きの刑(車輪に罪人を固定して四肢の骨を粉砕し死ぬまで放置する)などであった。

罪人は長い苦しみを与えられ簡単には死ねない。

斬首だけは見事一太刀で首を落とせれば一瞬で死に至らしめる事が可能だが、これはかなり難しいよね。熟練を要す。

シャルルはまだ未熟な時、斬首の不手際で血の海の地獄絵図になってしまい怒った民衆が暴動寸前になった事もある。

民衆の怒りは死刑囚から処刑人へ転嫁され自分が殺されてしまう事もあり、処刑人も命がけなのだ。

当時の拷問や処刑の描写も見所だが、なかでもロベール=フランソワ・ダミアン(ルイ15世暗殺未遂の罪)の八つ裂きの刑のシーンは凄惨でありながら写実的で読み応え十分だ。

シャルルはこれまでの研鑽で得た知識や経験から人道的配慮を心掛け執行に望むのだが、叔父の思惑から死刑囚は長時間に渡って苦しめられる。

すると次第に民衆は快楽に酔いしれ国王万歳を叫ぶようになるのである。

自分が背負っているのも立ち向かおうとしているのも国家権力でありそこには自分の意思など関係なく決して抗えないのだと痛感しながら、シャルルはダミアンを早く楽にしてやる事だけを考える。

シャルルの人生は実に矛盾に満ちたものであり、優しい心を持ちながら死刑を執行し、死刑執行人でありながら熱心な死刑廃止論者であった。

激動する革命の中では崇拝していた国王と王妃の刑を執行する役が回ってくる。

 

そんなシャルルと対照的なのが、幼い頃から処刑人になる事を切望していた妹のマリー・ジョセフでありまして、美貌でありながらキレッキレの男勝りで、前述の祖母に精神的なダメージ食らってもめげないしヤンキーか!(男言葉と髪型が)超絶ぶっ飛んでますぜ。

長じてベルサイユの処刑人である「プレヴォテ・ド・ロテル」となる女処刑人なのだが、粛々と運命を受け入れるシャルルと違い、彼女は女は従順でいろと強要する家や社会に屈せず、ジェンダーを超えた何者からも自由な存在として描かれる。

「イノサンRouge」ではマリー・ジョセフを中心に、アントワネットの輿入れから始まり、デュ・バリー夫人との挨拶事件やフランス王室の様子、そして首飾り事件と虚実織り交ぜながら絢爛豪華に激動の時代へと進んでいく。

ギロチンがどうやって開発されたのかフランス革命裏物語としても面白い。

死刑を通して見た当時のフランスが実によく描けてると思う。

 

とにかくもうね、美麗な絵に目を奪われるのだけど、なんなのかな・・・陰鬱で耽美な物語だとか、本格的な歴史漫画だとか思って読んでると、突如ミュージカル風に歌とか歌い出すんで、なんかポカーン。

漫画的演出なんでしょうけど、マリー・アントワネットがインフルエンサーになったり、女子高生になったり、絵柄が麗しいだけにマジかとドン引きしてしまったのだが、ギャグなの?実験的な手法なのだろか?ともすれば読み手を置き去りにして独りよがりになりかねない。

これに乗れないと最後まで読了するのは難しいかもね。

あと、ちょっとマリー・ジョセフを賛美し過ぎじゃないかのお。

思うにこの作品は矛盾した正反対のものが一貫して描かれている。

美しいものと汚く醜いもの、自由と統制、光と闇、ヘビーかと思えば軽妙に、残酷な死の描写には命の儚さや尊さを感じるのである。

 

 

 

「イノサン」の出典はこちらの本です