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大人の漫画読み

「特攻の島」佐藤秀峰 8月だから読みたい 回天特別攻撃隊を描いた戦争漫画の傑作

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(佐藤秀峰「特攻の島」全9巻)

昭和19年9月、福岡海軍航空隊予科練の渡辺裕三と関口政夫は特殊兵器の搭乗員募集に志願をした。

「一旦搭乗すれば生還を期することはできない兵器」とだけ聞かされ何も知らされないまま山口県大津島へ集められ、そこで初めて人間魚雷・回天の存在を知る事になるのである。

数か月以内にはこの魚雷に乗って米艦に体当たりし内臓された炸薬もろとも吹っ飛ぶんだ・・・

渡辺は回天創案者の一人である仁科中尉が気になって仕方なかった。

回天の開発は上層部から命じられたわけではなく、この人が自分が乗るつもりで開発したのである。

共に開発に携わった黒木大尉は訓練中の事故で死んでいた。

 

回天は簡単に言うと超大型魚雷を前後に切り離し中央に操縦席をつけたものだ。

回天には目がない。

潜航中に自分の位置を確認することができない。

魚雷を改造したものだから前進しかできないし小回りもきかない。

真っ暗闇をブレーキのない車で走り回るようなものだ。

こんな欠陥だらけのお粗末な兵器で死にたくない。

回天に疑問を持ってしまった渡辺は死ぬ事に迷いが生ずる。

命をかけるだけの意味が欲しいのに、回天で死ぬ意味が見つからなかった。

渡辺の実家は貧しく、父と兄は炭鉱の労働で体を壊し働けなくなり下には弟妹もいて、母と渡辺が養豚でなんとか糊口をしのいだ。

豚に食わせる残飯を貰いに集めて回るのは渡辺の役目だった。

みじめな生活から脱却したくて渡辺は予科練に志願したのである。

 

渡辺は仁科中尉に何度も疑問をぶつけた。

二人は議論しあい仁科中尉は死んだ黒木大尉の話をしてくれる。

渡辺は自分の人生を自分のものにするためにここで命を燃やそうと考える。

死ぬ意味を見つけられるのは生きる意味を見つけられた人間だけなのだ。

渡辺は別人のようになって訓練に没頭した。

 

10月、神風特別攻撃隊が空からの特攻作戦を開始した。

ついに回天特別攻撃作戦命令が出され、潜水艦3隻と回天12基が出撃する事となり、仁科中尉ら12名に初の出撃命令が下った。

自分も一緒に行きたいと願う渡辺に、仁科中尉は「おまえは生きろ」という言葉を残す。

11月、仁科中尉たちは米艦に攻撃して戦死した。

米戦艦2隻空母3隻を轟沈という戦果報告に隠密作戦という性格上公表される事はなかったが、搭乗員たちの士気は高まり黒木と仁科に続けというムードが出来上がってしまう。

12月、渡辺は関口とともに第二回目の回天特別攻撃隊に選出され、パラオ島コッソル水道を攻撃するため出撃した。

わずか一か月前に仁科中尉を見送ったばかりだった。

仁科中尉はどんな気持ちでいたか。

自分も後に続きますと渡辺は心に誓った。

だが目的地に向かう途中で母艦が米軍機に発見され駆逐艦から爆雷攻撃を受ける。

潜水艦が敵の攻撃を受けた時、安全のために必要な深度は最低でも100メートルだ。

なのに回天の耐圧深度は80メートルしかなく、それ以上潜れば回天は壊れてしまう。

(えーどうすりゃいいん!?)

しかも潜水艦の甲板に固定されている回天に搭乗員が乗り込むためには、一度海面に浮上しなければならないのだ。

当たり前だけど敵前で浮上するなんて非常に危険だ。

関口艇だけが艦内の交通筒から搭乗できたため、関口は負傷した体で回天に乗り敵を欺きながら母艦の窮地を救い撃沈された。

1月、敵の攻撃で傷ついた母艦が修理され再び作戦についた。

関口の仇を取ろうと残された回天搭乗員は闘志を燃やし回天戦が決行される。

他の2名は出撃し戦死したが、渡辺艇は故障のために動かず中に海水が上がってきて漏れ出したオイルと混ざり悪性のガスが発生し意識不明となってしまう。

生き残った渡辺は、おめおめと生きて帰ったと非難される。

再度の出撃を願うが、一度死線を越えたものは二度目はないと却下され、実戦経験を生かして後進の指導にあたれと言われてしまう。

しかし将校からここに生き残りがいるそうだなと、皆の前で卑怯者呼ばわりされ、渡辺は海で自殺未遂をはかる。

 

回天は太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷という特攻兵器だ。

回天は一旦走行し始めると停止する事ができないうえ、操縦方法が非常に難しく搭乗員の技量によるところが多かった。

一度出撃すれば体当たりに失敗しても回収される事はなく、脱出装置もついていないため搭乗員は二度と帰ってくる事はなかった。

この作品を読むと回天がどんな兵器だったのか 、どんな戦い方をしたのか、そして搭乗員はどんな風に死と向かいあったのか、がとてもよくわかります。

航空特攻をした人たちは特攻するために飛行機の操縦を覚えたわけじゃないと思うけど、回天の搭乗員は最初から自爆するために操縦を覚える。

そういう意味では回天搭乗員は死と向き合う時間が長かっただろうなと思う。

主人公の渡辺はまだ十代の少年で、自分が守りたいものが何なのかさえわからなかった。

彼は自分に影響を与えた仁科中尉(実在人物・21才没)と親友の関口の死を経験することで、自分も早く死にたいと願うようになる。

でも仁科中尉が覚悟を持った立派な人物だったのは、彼の心中も死んだ黒木大尉への尊敬から自らの死を切望していたからなのだ。

この繰り返される若者たちの死への熱望は、純粋な若者だからこそ陥りがちな罠にかかってるようで釈然としない。

仕掛けたのは上層部の大人たちであり、戦局が悪化して勝機を掴むには体当たり攻撃しかないっつー事になり、多くの若者を特攻へ送り出した。

それは命令ではなく志願者の熱意を受け入れたのだ、という建て前になっているけど、戦争という異常な状況下で若者たちは操られたようなものだと思う。

彼らは特別な素質を持った軍人ではなく、戦争がなければごくフツーの若者だったんですよね。

「自分だけおいていかないでくれ」と、熱に浮かされたように死を願う渡辺の姿に胸がえぐられてしんどい。

 

史実に忠実に丹念に調べて描かれていて戦闘の描写も上手く描かれています。

回天搭乗員は潜水艦に乗せてもらって出撃するんですが、潜水艦の内部や潜水艦戦の描写、敵潜水艦に悟られないようにエンジンを停止してやり過ごすとか(艦内温度計が50度位に上がって汗がポタポタ落ちる)深く潜ると水圧で艦内が「ミシッ」「ミシッ」って鳴ったり、ソナー音が「コーン」「コーン」て不気味に響いたり。

こういう中で出撃をじっと待ちながら搭乗員たちは死と向き合ったわけです。

回天の狭い操縦席もリアルで「七生報国」と書かれた手拭を額に巻いた渡辺の姿は鬼気迫るものを感じます。

目だけをギラギラ光らせた幽鬼のような姿です。

彼らは立派な遺書を残した人も多いし、それを読んだ我々は褒め称えます。

でも心の中では自分はなぜ死なねばならないのかって考えたと思う。

本当の気持ちを言葉にする事は許されないから、国や家族や愛する人を命をかけて守るとそれを心の支えにして、無意味な死に意味を見出そうとしたんだと思う。

彼らの死があったからこそ今の幸せな日本があるんだ、なんて言い方はあたしは好きじゃない。

特攻は美しいものじゃないと思うし、特攻を賛美するような小説や映画も好きになれない。

この作品は特攻で死ぬってどういう事なのかきちんと描けてるから好きだ。

ちなみにAmazonで調べたら今kindle unlimitedで読み放題で読めますんで、是非読んでみてください。

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