いつの時代も高貴な方々の結婚はむずかしい・・・梨本宮伊都子妃は、娘・方子女王の結婚相手探しに奔走していた。なかなか身分の釣り合う婿が見つからないのだ。
好きな者同士が結ばれるのが幸せ、などというのは、何も持たぬ庶民の価値観だ
日頃、皇室にはとんと興味のないあたしですが、さすがに小室圭さんの母親と元婚約者の金銭トラブル報道が出た時は、アラアラそんな事調べればすぐわかったはずなのに宮内庁ったら何やってるのかしらん、と思ったものです。
でもその後竹田恒泰さんがYouTubeで「今の宮内庁っていうのは、皇族を世話するのではなく監視する機関なんです」と言ってたのを聞きまして、なるほど、そうであるならじゃ誰が結婚調査とかするんだろね?
なんだかもどかしくて「いつの時代も、高貴な方々の結婚はむずかしい・・・」とは示唆に富んでおりますが、この本は明治・大正・昭和に生きた梨本宮伊都子妃が娘の縁談に東奔西走する話でして、非常に面白かったです。
伊都子妃の長女、方子(まさこ)さんが朝鮮王朝王世子の李垠(イ・ウン)に嫁いだ歴史は知ってましたが、朝鮮の皇太子と政略結婚させられてかわいそうな人だと思っていたものの、これがねー、読んだらちょっと違いましたね。
お后候補だった娘、選ばれなかった・・・・
これがすべての始まりなんですわ。
梨本宮伊都子は佐賀藩主だった鍋島家の出身で美しく聡明な女性ですが、大正4年、皇太子妃には久邇宮良子(ながこ)が内定した事を知るやいなや、伊都子はオニソッコーで娘方子の結婚相手を探し始めるのです。
娘が皇太子妃に選ばれなかったと世間から言われないためには、裕仁殿下の御発表より先に方子の婚約を発表しなければならない、という一心なんですが、親心なんですかね、見栄なんですかねぇ。
伊都子は宮家の中で14才の方子と釣り合う年齢の男子の情報を注意深く集めますが、いいお相手がいません。
格を落として華族で妥協するのではミジメだし、なんとしても娘には皇族としてふさわしい結婚をさせたい!
悩む彼女がロックオンしたのが、朝鮮王朝王世子の李垠でした。(李氏朝鮮王朝では王の後継者を王世子「ワンセジャ」と言います。)
李垠は18才で、子供の頃に朝鮮から連れて来られて、今は陸軍の士官候補生となっているのです。家柄は申し分ないし日本語もペラペラです。
韓国併合から5年、朝鮮の王族は日本によってその存続を許され、王や王世子は日本の皇族と同じ待遇を得ていますから、李垠と結婚すれば多額の歳費が受け取れるはずです。
しかも李家は本国に広大な土地建物を所有し先祖伝来の財物も持っていますから、決して悪い話ではないと伊都子は考えたのです。
伊都子は高貴な人ですから、世間知らずから来る無知のせいで、日本人の朝鮮に対する差別感情をよく知りませんし、自身も悪いイメージは持っていません。
貧しい華族に嫁がせるよりも家柄と金があればいいんじゃないかと実を取ろうとする伊都子の明快さが世俗的で面白いんですが、同時に危うさも感じます。
案の定この縁談に周囲は驚くし、夫は躊躇するし、方子も「他国の方に嫁ぐ気はありません」と承知しません。
けれどもこれが娘にとって一番幸せなのだという強い信念で奔走しまして、もう完全に伊都子主導なんで(しかもやり手なんですよ)この縁談をまとめちゃうのです。
とは言え、方子は自分の結婚を新聞報道で初めて知るというショッキングな結果になってしまいまして、絵に描いたような悲劇のヒロインなんですけど、まさか母親が推進してたとわ。
泣く娘に、皇族に生まれたからにはそれにふさわしい結婚をしなければならない。相手の方をどう思うかではない。お国のためになるかどうかという事が一番なのだ。結婚は相手の人柄ではない家柄なのだ。などと説諭するわけです。
そうして図らずもこの結婚は日朝融合の証だとして、各界から高く評価されてしまうのです。
と、言うわけで、これまで政略結婚だと思われていた李垠と方子でありますが、実は伊都子が望んだのではないかという着想に、筆まめで明治から昭和までつけ続けていた伊都子の日記を元に本作は書かれています。
一方、李垠と方子以外にも、この時代に日本の皇族と朝鮮王公族との婚姻がいくつかありました。ちっとも知らんかったです。
なかでも李垠の妹の徳恵(トケ)と宗武志(たけゆき)伯爵との結婚は、ウーム・・・となってしまいました。
徳恵姫は12才で日本に連れて来られ女子学習院に編入しましたが、現在の統合失調症を発病し、昭和6年に宗武志に嫁ぎました。
彼は外国人のように背が高くイケメンでしかもインテリなのですが、宗伯爵家には莫大な借財があり、徳恵と結婚すれば経済的基盤が得られます。
それをいい事に持病を持つ姫を押し付けたような恰好となり、伊都子は心配しますが、武志は離婚はしませんでした。
美男子でどんな娘でも結婚したがったに違いないのに、自分は彼に病んだ娘を娶せたのだから内心では騙されたと思っているのではないか?
罪悪感からか伊都子は彼の心をのぞこうとしますが、林真理子さんが描く武志は感情をあらわに出さず浮世離れした不思議な存在感があって、決して心を見せません。
しかし批判を口にしない事でかえって深いわだかまりを感じさせるのです。
伊都子が持つ皇族としての矜持や使命感、そして何不自由ない生活は、庶民とはまったく違う世界です。
自分たちは特別だという選民意識と共に、日本人は特別だから朝鮮や中国は黙って従っていればいいのだと、これもまた悪びれずそう思っています。
日韓の暗い歴史の中で人生を翻弄され、李垠はとても苦しんだと思うのです。
李家に嫁いだ方子は次第に朝鮮人に共感していき、二人は夫婦仲は良さそうでした。
戦後、日本人はみんな苦労しましたが皇族とて例外ではなく、特権階級だと思っていたからこそ尚更に驚天動地の大事件だったでしょうね。
伊都子のパワフルさには感心しますし、こういう方々が皇室を支え守ってきたのかもしれません。
でも現代に生きる我々から見れば前時代的でちょっと引いちゃうな。
皇族が特別な生まれなのは間違いないんですが、眞子さんのように好きな人と一緒になる権利はないのかと問われれば、それはもちろんあるのですが、でもそんな庶民みたいな事を言ってたら誰も皇室を敬わなくなってしまうと思うし、悩ましい問題ですな。