雪の花は吉村昭が1988年に発表した小説
江戸末期に天然痘の予防に力を尽くした笠原良策が主人公
福井藩の町医者である良策が27才~40代まで戦った保守的な地域の天然痘ワクチン接種忌避問題
天然痘は伝染力が非常に強く死に至る疫病として人々から恐れられていまして、たとえ命を取り留めても顔中に醜いアバターが残り不幸な生涯を送らなければならず忌み嫌われたのです。
あたしが子供の頃、同居してた叔母が結婚のため家を出たのですが、本棚には膨大な70年代の少女漫画が残され、あたしは姉と二人よく読んだものです。
その中にベルばらもあって、ルイ15世が天然痘に罹った場面がスゲエ怖くて ;つД`)シクシク ・・・子供心に天然痘の恐怖が刷り込まれましたわ。
ジェンナーの天然痘予防方法の種痘は画期的ですが、これとても牛が罹った天然痘を人間になんかする!ってのが、えっ!ウシ!?Σ( ̄ロ ̄lll) とどうにも薄気味悪く感じました。
ですから、昔の庶民が天然痘の膿を腕に植え込むなどということに激しい恐怖を抱いたのもよくわかります。
現代だってコロナウイルスワクチンに批判的な人が色々言うんだもの。
陰謀論だとか、ワクチンで人体実験してるだとか、打つと2年後には死にます、とかさ。
天然痘は全国で流行しまして、笠原良策のいる福井藩でも瞬く間に広がります。
でも医者は天然痘を治す方法を知らず、牛の糞を黒焼きにして飲ます、というあきれた療法しかないんです。
病人は死をまぬがれたい一心でゲロマズでも飲むんですが、むろん治った人はナッシング。
医者としての無力さを痛感する良策は、漢方医でありながら強い向学心でオランダ医術を学び始め、京で師匠から一冊の書物を見せられるのですが、それは中国の医書で種痘のことを記した本でした。
異国では牛も天然痘にかかる(牛痘いいます)⇒牛痘は人間にもうつるが症状軽い⇒しかも牛痘にかかった者は天然痘にはかかりましぇん!
ならばこの牛痘患者の膿を人に接種して軽く発症させ免疫を得ればよいのだ。っつーわけで種痘に成功したのがイギリス人のジェンナーです。
そっかぁ、牛から人間になんかするの、なんかがよくわかったぞい。
けど種痘のやり方がわかっても、日本では肝心の牛痘の苗が手に入らない。
(膿はちょっと送れないから代用品で)発痘した人のかさぶたを清国から送ってもらおうにも、日本は鎖国してるから輸入とかできないんだべ。
そこで良策に名案が浮かびまして、福井と言えば藩主は松平春嶽ですやん。幕末四賢候。
開明的な春嶽に嘆願すれば国禁でもなんとかなるんちゃうか。
で嘆願書を出すんですが・・・待てど暮らせど返答はなく、何度となく催促に行くけどいつもテキトーな返答でして、実は受け取った町奉行所の役人が二年半も放置してたんですわ。おのれ役人。
殿が開明的だと言ったって、末端の役人は旧態依然とした事なかれ主義なのです。
その間に再び天然痘が流行し、大勢死ぬんです。
もう役人は当てにならないから、福井藩の藩医に働きかけ口利きしてもらい、何人もの人を伝いようやく春嶽の所へたどり着き許可が下りたんです。
春嶽は老中・阿部正弘からの正式な輸入許可もとりつけてくれました。
苗を手に入れるっつーだけですでに良策40才!
まったくねー、封建時代の人が何か新しい事をやろうとすると、とてつもない時間を浪費しちゃうよね。
それでもここまでたどり着けたのは、良策の努力と熱意だけでなく、天然痘を何とかしたいと思う人たちの良心もあったと思うのよ。
その頃佐賀藩が独自に種痘に成功してまして、良策も京都で接種に成功し種痘所が開設されましたし、大阪からやって来た緒方洪庵に苗をわけてやったり(福井藩の苗なのにケチな事を言わずわけてあげるのがエライ)いよいよ念願の福井藩内へ苗を持ち帰る日が来ましてね、ここからがクライマックスですぞ。
苗というのは基本的に子供に接種するのですが、子供から子供へと継いでいかなればならないんです。
厄介な事に苗継ぎをするタイミングは種痘してから7日目という制約があり、もしもその日に種痘する事が出来なければ苗は断ち切られてしまいます。
京都から福井までは山越えをして6日か7日、まず京で雇った子供に種痘をし、3日後ちゃんと発痘したかどうか確認後すぐに京を出発、京を出て4日目(種痘をしてから7日目)子供の腕から痘の膿を取って別の子供に種痘をする。この子を福井へ連れ帰ればヤッタゼ福井藩内に種痘を広める事ができるわけです。
ところが福井への途中にある険しい山岳地帯(栃ノ木峠)では早くも大雪に見舞われ、種痘のタイムリミットを計算すると幼児や親もつれて総勢12名で2メートルもある雪の中を進まねばならなくなります。えーっ?まさかの山岳冒険小説!?
もう凍死寸前。
弁当開けても凍ってる。
しかもやっぱコワいから子供には接種させないと言い出す親。
こうまでして命がけで福井へ着いたのに、みんな怖がってしないんです。
京や大阪と違いド田舎の福井では、種痘という言葉さえ初めて聞くし、種痘をすれば天然痘にかからないんだっ!つっていくら説明しても、そんな西洋人の妖術みたいな事されたら絶対シヌワと信じない。
京では種痘所を開く手続きを役人がしたりしてくれたけど、福井藩は何の音沙汰もなく、むしろ白い目で見てるし、何度嘆願書を出しても、受け取るだけで協力しない。黙殺する。藩が主導して種痘は人命を救うと庶民に周知してくれ~
藩医はなんかしらん嫉妬からか邪魔するし。
ですが良策が最も恐れているのは痘苗が切れてしまう事ですから、接種を受けてくれる子供探しに奔走してゲッソリ。
もう藩と庶民の無知と無理解ですっかり瘠せちゃいましてね、しかも良策が町を歩くと「めっちゃ医者が来よった」と石を投げつけてくるドイヒーな有様。
「めっちゃ」は福井の方言で天然痘の事なんですが、この場合「天然痘を治してくれるお医者さんが来た」と言うよりも「天然痘の黒い使徒の狂気の医者が来た」から石を投げて追い払えっていう感じだと思います。悲しー。
腹が減ったと言うから自分の顔をちぎって与えたアンパンマンが子供から「あんこは嫌い」と言われるのと同じくらい、正しい事をしても受け入れられなければ世間はただの変人としか思いません。
良策が戦っているのがもはや天然痘でなく世間というのがえらいこってす。
そんなこんなでマジギレした良策は役人に対する激しい憤りを書いた口上書を提出。
藩の役人に盾突けば命はないかもしれんけど、もう書かずにはいられなかったんですな。
結果的にはこれが藩に届き、公的な種痘所も作られ、ようやくいい方へ向かい出します。ヨカッタヨカッタ。
何より種痘をした子供たちが一名をのぞき(苗がつかなかった)生涯天然痘の害からまぬがれた事実がすべてを物語っているじゃないですか。おしまい。