「狼の口 ヴォルフスムント」は2009年~2016年まで連載された、中世のスイスを舞台にした漫画。
残虐な拷問シーンや最初から最後まで延々と人がムッコロされ続ける、心が弱い人は読んではいけない作品。
まずは歴史の話からなんとなく書きますと、スイスはアルプスの山岳地帯にある小国ですが、ヨーロッパの中心に位置するため古くから交通の要衝でして、特にドイツとイタリアを最短で結ぶゴッタルド峠(ザンクト・ゴットハルト)は交易によって大きな利益をもたらしました。
峠に権益を持つウーリ州、シュバイツ州、ウンターヴァルデン州(現在のスイス)は既得権益を守るため盟約者同盟を結成。ところが峠の権益を狙うオーストリアのハプスブルグ家がスイスを占領し圧政を加えるようになったのです。ここまでオッケー?
「狼の口」とは、14世紀初頭にハプスブルグ家がザンクト・ゴットハルトの砦に設けた関所の通り名で、三州の民衆は砦の内側に閉じ込められちゃった形ですな。
ハプスブルグ家からの叛乱独立の気運は日増しに高まり、盟約者同盟の闘士たちは独立を取り戻すため「狼の口」を突破しようとあの手この手で密行を企てます。
しかし関所の代官・ヴォルフラムは、密行者をあぶり出しては残虐な拷問の末に処刑しまくるのでありました。
つまり「狼の口」と呼ばれる峠を巡り、歴史の表舞台で常に脚光を浴びる大貴族ハプスブルグ家の支配から、みんなでスイス独立を勝ち取ろうとする話なのですわ。実は。
もうねヴォルフラムってば、あまりにも拷問や処刑が好きで1巻から死者が出まくりですのよ。
どんなに巧妙に変装しても、彼の悪魔的な洞察力の前には「あなたが嘘をついてる事は全部エブリシングお見通しです」⇒拷問⇒「私の目をごまかして生きて関所を抜けられた者はいません」⇒処刑ってなわけで、人間の死をひたすら見せられるために心が非常に疲れますからご注意ご注意。
主だった人はみんな死んでくから誰が主人公なのかわからなくなっちゃう。
英雄ヴィルヘルム・テル(ウィリアム・テル)の息子ヴァルターという青年が叛乱のリーダーとして登場するものの、彼とても非業に倒れてしまいますし。
ヴォルフラムは関所を行き来する人々を調べて反乱の芽を摘むのが仕事なんですが、弱い人間をいたぶって殺すのが好きなヤベエ奴なんで、結局はこいつの悪趣味が人々の恨みを買い、ハプスブルグ家への叛乱に繋がっていく、という巧妙な展開になってるわけです。
さて1315年、「狼の口」が出来あがる以前にイタリア側に取り残されていた闘士たちと三州の闘士たちが決起しまして「狼の口」を攻撃。
この攻防戦がとても面白いのですが、鉄砲の原形やギリシャ火と呼ばれる火薬など、特に説明もなくサラっと登場し、農民が持つ武器なども細かく描かれています。(・∀・)イイネ!!
難攻不落と言われるだけあって内部は様々な仕掛けが凝らしてあり、犠牲者がどんどん出てしまいまして、ううむ、これは落とせんだろう無理じゃね?と思うんですが、オレが死ぬからオレの死体を踏み越えて進めっていう、累々と築かれた仲間の屍の山を足場にして登ってゆくという進撃ぶりでついに陥落させ、ヴォルフラムを捕らえるのです。
人々が昂る憎しみを抑えながら見守る面前で、ヴォルフラムの処刑が執行されまして、処刑方法は「肛門から杭を打ち込み口まで貫く串刺し刑」ですわ。ああこれはアカン!コワい。
いやあ串刺し刑ってどういう風にやるのかなあ?と思ってる方は見るよろし。詳細に描かれてるから。
残酷なんですが、静寂の中で杭を打ち込む木槌の音がコオン、コオンと響き渡るのが厳粛な感じさえして、人々が殺された家族や死んで行った仲間を思い出して静かに涙を流す姿が感動的ですらあります。
この作品の教訓は、因果応報と申しますか、自分の行いが自分に戻ってくる!それな。
しかしながら戦いはこれで終わりませぬ。
その大詰めは「モンガルテンの戦い」でありまして、「狼の口」を攻略しスイス独立を目指す同盟軍は、鎮圧に来たハプスブルグ家の騎士軍と衝突します。動員人数も装備も全然負けてますがな。
あっちは騎士ですよって、騎士は騎士道のルールにのっとって戦いますねん。(甲冑を身に着けた騎士同士が一騎打ちするとか予定調和があるねん)
ところがどっこい、こちとら民衆だから騎士道尊重する義理なんてないってばよ。
とばかりに、騎士の戦闘ルール一切無視!降伏勧告も命乞いにも捕虜にして身代金を取るとか全く耳を貸さず、卑怯な戦法だって悪びれもせず、ただひたすら敵を殲滅するため岩や丸太をジャンジャン落とし情け容赦なく虐殺しまくったため、騎士たちは震えあがりハプスブルグ家は敗退する。民衆怒らしたらコワいのだ!
でもねー、彼らがこのような邪悪な戦争を繰り広げる羽目になったのも、元はと言えばヴォルフラムのあまりの残虐行為があったからでして、みんな積年の恨みで憎悪がマックスの限界突破しちゃったからなんですよ(ストーリー展開が巧み!)
神聖ローマ帝国の皇位を巡る争いも絡んでいるんですが、そんなもん下々には関係ないって。
自由を求める人間の、本当に強いのは・・・人の思いだっ!本当に暗くて救いのない、トラウマ級の人が死ぬ漫画ですが、人間の闘志っつーもんを力強く感じるのであります。
自由と自治を守るための相互援助を目的とした盟約者同盟は、現在のスイス連邦の原形となっております。
とにかく読むのが疲れた。
スイスと言えばハイジとアルムおんじしか思い浮かばない人も、スイスにはこんな壮絶な歴史があったことを学べるんだコレ!