「星の子」は、「むらさきのスカートの女」で芥川賞を授賞した今村夏子の2017年の長編小説。
病弱な娘を救いたい一心から両親が新興宗教にのめり込み、次第に崩壊していく家庭を、娘の視点で描いている。
ちひろは、生まれた時に体が弱く両親はとても心配をした。
中でも、体中に広がった湿疹が医者の薬でもどんな民間療法を試してもよくならず、両親はなすすべもなく、かゆみで夜通し泣き叫ぶ赤ん坊のちひろのそばで一緒に泣くしかなかった。
当時、損害保険会社に勤務するサラリーマンだった父は、会社の同僚の落合さんから「それは水が悪いのです」と言われ、子供の体を毎朝毎晩清めるようにと水をもらう。
言われた通りすると、医者でも治せなかった湿疹はすっかり良くなったのである。
両親は宇宙のエネルギーを宿したという「金星のめぐみ」なる水を崇め、それを飲むだけでなく、水に浸したタオルを頭に乗せるようになる。
なんでも「金星のめぐみ」パワーが頭頂からしみ込んで、すこぶる体調がよくなるらしい。
ちひろが小学2年生の時には「雄三おじさんお水入れ替え事件」が勃発。
家に来ては「だまされてる」「頼むから目を覚ましてくれ」と言っていた、母の弟である雄三おじさんが、こっそり「金星のめぐみ」の中身をただの水道水と入れ替えてたのである。
二か月も水道水を飲んでありがたがってた父は激怒し、普段は温厚な父が泣き出しそうになりながら「帰れーっ。帰れーっ」と叫び、それを見たちひろはバドミントンのラケットでおじさんを全力で叩き、しまいには5才上の姉のまーちゃんが台所から包丁を持ち出す始末で、家族総出で雄三おじさんを家から叩き出したのだった。
小学校5年生の時、高校生になってたまーちゃんは家出をした。
思春期を迎えたちひろは、新任の中学教師・南先生に恋をし、授業中にせっせと先生の似顔絵を描き続けていた。
ある放課後、先生の車で自宅に送ってもらう事になるが車から降りようとすると「まだ外に出るな」といきなり腕をつかまれた。
「あそこに変なのがいる!」と指さした先には、闇に包まれた公園のベンチに二人の人影が。
一人がおもむろにペットボトルの水を、もう一人の頭の上の白いタオルにチョロチョロかけている。
それはちひろの両親だった・・・・
「星の子」で描かれてるのは、家族と宗教の問題です。
両親はあやしい新興宗教に入会し、この教団は水だけでなく水晶や花瓶も売り、「星々の郷」という広大な施設を持っていて、事あるごとに行事や合宿などを主催し、組織には幹部がいます。
もうこれってカルトやんけ!
と、読んだ誰もが気づきます。
いやー、頭に濡れタオルを乗せてごらん、などと言われた時点で「アホかっ!!」ってなるわよね。フツーの人は。
でも人間は弱いから、悩みごとがあって自分の力ではどうにもならない時とか、メンタルが弱っている時とかは、わらにもすがる思いで頭に濡れタオルを乗せちゃうんだよ。
人が一番弱ってる所につけこんで勧誘するんだから気をつけようね。
しかしながら、この作品は中学生のちひろの視点で書かれていますから、子供はそんな風には思ってないんですよ。
優しい両親の事がちひろは好きですから、親に言われて水も飲むし、時には頭にタオルを乗せてみたりもします。
また、教会が開くおまつりやイベントに連れていかれ、そこはとても楽しいのです。
みんなが声をかけてくれて、みんな本当に仲が良くて、いつも輪になって笑ってるように感じます。
それに、教会には国立大学に通う、海路さんと昇子さんという美男美女のカップルがいて、みんなの憧れの的なのです。
でも引っ越すたびに家が小さく貧しくなっているだとか、お父さんが前の会社を辞め教会の紹介で就職しまして、母が身なりをかまわなくなり、両親は教会のバザーで買った緑色のジャージをいつも着ているだとか、よく落合さんの家から食べ物をもらってきてはちひろに与えるんですよね。それに修学旅行の金は雄三おじさんに出してもらってるし。
そんなこんなが、ちひろ目線で淡々と語られるんですが、この家族もう相当ヤバイ状況なんです。
ちひろはとてもいい子なんですが、そういう狭い世界にいるから実年齢よりも幼く感じます。
それでも少ないながらも学校に友達もいて、異性に関心を持ったり、「ターミネーター2」のエドワード・ファーロングの美少年振りに心をときめかせたりと、ごくフツーの女子中学生の一面もあるんです。
でもさ、面と向かって言われないだけで近所や学校ではそうとう噂になってるんですよ。
そういう違和感は子供でも感じますから、ただ黙って何かに耐えてる感じがして、本当に不憫です。
ただ何に耐えてるのかは、本人はまだよくわかってないんですよね。
それがハッキリと形になってちひろに襲い掛かって来るのは、南先生が両親を不審者扱いした後の場面でして、ちひろから「あれは私の両親なんです」と言われた南先生は、教室でいきなりブチギレ!
「迷惑なんだよ。その紙とえんぴつをしまえ。それからその変な水もしまえ。」
「学校はらくがきしにくるとこでも宗教の勧誘をするとこでもない」と皆の前でちひろを罵倒するというね。
この場面、コワかった。
あたしがちひろなら、あの時点で心が壊れてそう。
ってか、許さんぜよ!子供を相手に。
この教師は生徒の前でいいカッコしたいだけの幼稚なキャラだったんだと怒り心頭!
ですけれども、これからもちひろはこういう経験をするんだろうなと暗澹たる気持ちになったのです。
やっぱ事を難しくしてるのは、ちひろが自分は被害者だとは認識してないことです。
そもそも親と子供は同じ宗教を信じなければいけないのでしょうか。
カルト宗教を信じるような人は、それが子供の幸せだと本気で洗脳されてしまっています。
親には子供をしつけたり教育する権利、義務があるけれど、子供の信仰や生き方の選択の自由を侵害してはあきまへん。
ちひろが置かれてる状況は虐待と何ら変わりまへん。
社会から断絶させられて教団に囲いこまれるか、姉のように家を出るか。
どう考えても、宗教2世である子供の世界はとても悲しいと思うのです。
胃が痛くなるなり。