「東京ヒゴロ」はビックコミックオリジナル増刊号で連載中の松本大洋氏の最新作。
9月30日に第2集が発売してますので感想をしたためておきませう。
漫画家が描く漫画業界の漫画って、たいてい面白いんですよね。
この作品の主人公は中年のベテラン漫画編集者なんですが、彼を筆頭に登場人物はみんな漫画が好きでたまらない人たちなんです。
ただ、好きを仕事にするってのは、幸せなようでいて苦しみも多いんですよね。
塩沢さんは50才を過ぎた独身男性でして、東京の小さなアパートの部屋に白い文鳥と暮らしています。
塩沢さん
塩沢さんは大手出版社の漫画編集者でしたが、でしたと言うのは、1巻の冒頭で30年も勤務した会社を退職してしまうのです。
その理由は、立ち上げた漫画雑誌が廃刊に追い込まれた責任を取るためで、それは別に塩沢さんが辞める事ではないのですが、実直な塩沢さんは贖罪として退職を選択したのです。
そして会社を辞めると共に、漫画からも距離を置こうって考えます。
宝物でありこれまで自分の人生を支えてくれた大切な漫画の蔵書を処分しようと決め、古書店に買い取りに来てもらいます。
本当に売るのこれ?全部?
部屋の外に積み上げられた漫画本の山を見て、こんなにあると計算するのに時間かかるよと言われますが、塩沢さんは謹直によろしくお願いしますと一礼します。
編集者ってのは読者のプロですよって、漫画家以上に漫画を読んでるとはよく聞きますなー。
まだ部屋には運びきれないほど漫画があって、塩沢さんはそれらを段ボール箱につめては廊下に運び出し、店主は一点ずつ査定していきます。
最後の段ボールを運ぼうとした時、底が抜けてしまい、塩沢さんは床に散らばる漫画を茫然と見つめました。このシーンが良き。
結局、塩沢さんは漫画を売るのをやめてしまうのです。
気が変わちゃったわけ?と店主に呆れられ平身低頭しますが、彼は俺も漫画好きだからアンタの気持ちはわかると腹も立てず帰って行きます。(ええ人やんな~)
ここから塩沢さんの物語が始まっていきます。
塩沢さんは、早期退職で得た退職金を注ぎこみ、もう一度漫画を作ってみようと決意するのです。
かつて共に仕事をした漫画家たちを訪問し執筆依頼をします。
真っ先に声をかけたのは長い付き合いがある長作さんでして、現在も第一線で活躍する漫画家なのですが、塩沢さんは今の長作さんの作品には昔の輝きがないと感じています。
長作さん
長作さんは長らく漫画業界にいるので、漫画を要領よく描くコツを覚え作品自体は空虚なものになってしまってるんでしょうね。
漫画家は才能を切り売りする職業ですから、才能が枯渇してしまうのは恐怖だと思うけど、守りに入っちゃった漫画家の作品てのはつまらないんですよ。
この状態から、かつてのように純粋に素晴らしいものを生み出せっていうのは難しいよね。
それに不摂生で健康を損ねてるし、塩沢さんが担当してた頃は優しい奥さんに赤ちゃんが生まれて幸せそうだったけど、今は妻子とは離婚して寂しそうです。
塩沢さんは長作さんに再び輝いてほしいと願い、きっと長作さんも同じ思いでいると信じて執筆依頼をしたんでしょうな。
その後も塩沢さんは、自分がこの人はと見込んだ漫画家を訪ね歩きます。
塩沢さんの作品を見る目は鋭いですから、みんな才能ある人たちですねん。
まあ今も売れてる人もいれば、もう描くのをやめてしまった人もいるんですが、この作品の見所のひとつが彼らが塩沢さんに語る漫画家の苦悩です。
何十年振りに現れた塩沢さんの話を彼らが真面目に聞くのは、塩沢さんが信頼に足る編集者だと知ってるからであり、過去の漫画制作で様々なエピソードを共有してるからでもあります。
成功したけど漫画業界に絶望し、二度とペンは握らないと言う人。
自分を殺して売れる漫画を描き続けた結果、漫画への愛情を失くしたと言う人。
それぞれの人生を生きてきた彼らが今、塩沢さんだからこそ語る本音。
ああん漫画家ってホントに大変なんだよなあ~って改めて思いますし、もうね!松本大洋氏の作画が哀愁がありまして、ひとりひとりの話が心にしみるのよ。
漫画はこわいからね
気持ちがゴウゴウとなって一歩間違うと心が壊れちまう
それでも命を削るようにして描き続けたのは、みんな漫画が好きで好きでたまらないからなんです。
その気持ちは今でも熾火のように、彼らの心の奥底でくすぶり続けています。
さて漫画は漫画家だけで作るものではなく、漫画家と編集者が車の両輪のように一緒に作り上げるものです。
編集者は共に構想を練り、漫画家が作ったプロットやネームを細かくチェックします。
ただダメ出しするのではなく、ここをこうしたら面白くなるとかプロの視点でアイデアを出したり、今何が流行してるとか何が求められてるなどを常に考えアドバイスします。
しかしねー、塩沢さんの後輩編集者・林さんは、新担当になった漫画家の青木くんとまったくそりが合わないんですよ。
林さん
林さんはクールビューチーで素敵な女性なんですが、青木くんはかなり問題ある漫画家でして、髪もひげも伸び放題の暗い表情で古いアパートにお猫さまを何匹も飼ってます。
何よりメンタルが不安定すぎてめんどくせー奴なんで、あたしだったら絶対ごめんですが、編集者って漫画家が悩んでたり困ってれば相談に乗るんですけど、こういう不安定な漫画家をフォローするのって厄介な事なのよね。
それに何かにつけて前担当の塩沢さんが良かったって言われるからやりずらい。
青木くん
それでも青木くんのために編集長を口説き連載を勝ち取る林さん。
喜び勇んで報告する林さんに表面上は素っ気なくしながら、影では泣きながら林さんに礼を言う青木くん(素直になれない)
この新連載は好評でして一躍売れっ子になるのですが、ようやく売れたってのに、青木くんってばメンタルが不安定となり連絡が取れなくなってしまうのです。
二人の、漫画家と編集者の関係性も見所でして、最初は反目しあってても次第に信頼関係を築いていく過程が丁寧に描かれています。
林さんや塩沢さんのような有能な編集者が、日本の漫画界を裏で支えてるんですよね。
この作品は、漫画家、編集者、編集長、漫画を作り上げる人たちへの作者のリスペクトになってますね(・∀・)イイネ!!
それはそれとしても、スゴイ作品ですよ。
もうね松本大洋氏の表現のうまさってば。
なんて言うかフリーハンドで描かれる街並みだとかマジ大好き。
絵に対するこだわりはバンド・デシネ的ですし、それでいてストーリーも繊細かつ絶妙で東京に生きる人々が淡々と描かれています。
情感溢れる独特な世界に心が持ってかれて、琴線に触れるとはこのことかのお?漫画という美しい詩を読んでるようなのです。
わけもなく涙が出そうになっちゃうんだってばよ。
塩沢さんが作る漫画雑誌は商業的にどうなのかは微妙だけど、きっと漫画通が喜ぶシロモノでしょうな。
とにかく読んでみてくれよ!それな!
ついでながら「ルーブルの猫」の感想も貼っておきますね↓