2017年にこの漫画の連載がビックコミックオリジナルで始まった時、正直あまり読む気持ちが起こらなかったものです。
天皇が主人公の漫画って画期的な気もするけど学校の教科書みたいな内容だったり単なる伝記だったらつまらないなと思いました。
しかし能條純一先生であった。
「哭きの竜」の。
しかも原作は半藤一利の「昭和史」なのである。(なんか最強の布陣)
これがまた読み始めると面白くて、昭和天皇の人生を知ることは昭和の歴史を知ることでした。
当然ながら昭和天皇が生まれた当時の皇室は現代とはまったく違います。
子供は生まれると里子に出すしきたりで親子は一緒に暮らしませんよって、13才で既に自分の御所で一人暮らしが始まるのです。まあ人手はありますが孤独ですよ。でもそもそもが親子が一緒に暮らすという発想がないわけでして、父も母も顔を合わせてもどこか他人行儀で高貴な人とはああいうものでしょうか。庶民が思う親子の情愛などあまり感じられません。
幼少時の天皇の養育にあたった足立タカ(後の鈴木貫太郎夫人)とのエピソードが唯一の人間味でしたね。天皇はタカを母親のように思っていました。
天皇がどんな子供だったかと言えば、それは子供らしさのない子供です。周囲には大人しかおらずいつも大勢の大人に囲まれて子供らしい自由とかありません。けれど聡明ですから自分の置かれてる立場をわきまえていて自由がないのは仕方ない事だと子供心に納得してるんです。
作中で興味深いのは家族関係であり父である大正天皇と母である貞明(ていめい)皇后です。
明治天皇と昭和天皇に挟まれてイマイチ存在感が薄い大正天皇は暗愚だったとかいわく付きの人物ですが子供のように純粋無邪気に描かれています。気さくで身分構わず声をかけたり自由奔放で思ったことをすぐ口に出したり行動しちゃうへんなおじさんでチョット好きになっちゃう。
でも現代ならばいざ知らず、この時代の天皇はこれじゃ軽すぎて駄目なんだろうな。
明治天皇と同じスタイルを大正天皇にも求めようとする人たちからしたらあまりにも威厳無さすぎだからもう匙を投げ皇太子裕仁を威厳のある天皇に作り上げようとします。また大正天皇は健康状態が悪く10代で摂政に就任することになります。
思えば天皇が神聖と言うよりも天皇は神聖だと考えている人達の価値観によって天皇は祭り上げられてる感じがします。
だから周囲の人たちから自分は何を求められてるのかを察して振る舞う。
そして病弱で意志も弱そうな大正天皇を支えながら女帝のような威厳を持つのが妻の貞明皇后でして、夫に代わり皇室を取り仕切り元老や重臣たちと渡り合うこわいおばさんです。
その気丈な貞明皇后はなぜか弟の秩父宮を溺愛していて、母と子の確執だったり人間くさいドラマもあるのです。
➆巻で大正天皇が亡くなりいよいよ昭和が始まります。
最初に出てくるのが満洲で起こった張作霖爆殺事件です。
これは関東軍の謀略だったのですが、いやでもこれやったのは陸軍じゃね?と感づいた天皇に当時の内閣総理大臣の田中儀一は容疑者は厳罰に処すと述べたにもかかわらず、関東軍は無関係でしたこの問題はうやむやにしたい的な報告をして天皇を怒らせてしまいます。
天皇は田中首相に「嘘をつく総理などいらない!辞表を出したらどうか!」と叱責するのですが、君臨すれども統治せずと言って天皇は総理大臣の進退にとやかく言ったりしてはいけないものなのです。憲法違反になっちゃう。
田中は涙を流し内閣は総辞職その後すぐ死去してしまいます。(狭心症ということですが漫画では切腹したっぽい)昭和天皇は責任を痛感し以後は政府の方針に不満があっても口を挟まないと決意します。これがやがて戦争が泥沼化しても軍部が決めたことに天皇がノーと言わない不思議の理由だったんですねえ。
ときに皇后は4人も子供を出産してるのに連続して女児だったので天皇に謝ったりもしますが、男児を絶やさぬために女官制度の復活を提案されても断り、謝る必要なんかないと逆に皇后を励まします。
その一方で秩父宮が結婚したので貞明皇后はそっちに男子誕生の期待をかけるし、いつの時代でも皇位継承者問題は悩ましいものです。
母に愛される秩父宮を自由でうらやましいと昭和天皇がつぶやく場面やようやく男児(平成天皇)が生まれた時、この子はどこへもやらず自分たちで育てると主張する場面など昭和天皇の悲しさを垣間見る気がしました。
満洲事変が勃発し天皇は自分の代で大戦争が起こるのだろうかと嘆きましたが誠に激動の時代でした。
五・一五事件ではなぜか国民が被告に同情的で助命嘆願したがるから大事件なのに軽い判決でして。いったいどういう事だったんでしょうか?しかしながらここから軍人の暴力が政治や言論上に君臨しはじめる恐怖の時代が到来します。⑪巻ではついに二・二六事件が起こるわけです。
⑫巻が刊行したら二・二六事件について詳しく書こうと思っています。・・・ってなわけで、つづく。