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大人の漫画読み

漫画/「ヘウレーカ」岩明均 感想

今回ご紹介しますのは、岩明均が「ヒストリエ」に先がけて2001年から2002年に描いた歴史漫画「ヘウレーカ」です。

さて「ヘウレーカ」とは、シチリア島シラクサのヒエロン2世から金の王冠の純度を調べるよう命じられたアルキメデスが、風呂に入って湯が溢れるのを見てアルキメデスの原理のヒントを発見したという故事がありますが・・・その時叫んだ言葉が「ヘウレーカ(わかったぞ)!」だと言われています。

(岩明均「ヘウレーカ」全1巻)

舞台は第二次ポエニ戦争中の紀元前214年から212年にかけて発生したシラクサ包囲戦です。シラクサはシチリア島の大都市でローマと同盟を結んでいましたがそれを破棄してカルタゴと結んだため怒ったローマが攻めて来たわけです。

何ゆえ破棄したのかと言えば、他ならぬカルタゴのハンニバル将軍がめっちゃ強くてかっけーからでして彼に心酔した一部の親カルタゴ派に市民はまんまと乗せられてしまった格好です。

ポエニ戦争は地中海世界の支配を巡り3度も戦ったローマとカルタゴの戦争ですが、まあそんな歴史上の出来事などは知らんでもよいのです。

知ってた方が理解は深まるけれど別に知らなくても面白く読めます。

なぜなら岩明均だから (・∀・)イイネ!!

 

主人公はダミッポスというスパルタ人の青年で故郷の政治的混乱から逃れシラクサに流れ着いたのですが、戦闘民族スパルタ人らしからぬ軟弱さで女性受けも良くクラウディアというローマ人の恋人がいます。

カルタゴ派に乗っ取られたシラクサの町は多くのカルタゴ兵で満ちシラクサ在住のローマ人を片っ端から連行したため、ダミッポスは自分の部屋にクラウディアを匿いますがそこもヤバイのです。

明るく優しいクラウディア嬢は生まれ育ったシラクサの山河をこよなく愛しており、なぜこんなことになってしまったのかと憂います。既に彼女の家族は全員連れ去られてしまったのです。

そんなわけで2人は、シラクサ出身でクラウディアの父ともつきあいがあり親ローマ派で先代シラクサ王の親戚筋にあたる、あの大先生!あのアルキメデスの庇護を受けることになるのです。

アルキメデスって言ったらアータ!数学者であり物理学者であり技術者であり発明家であり天文学者であり、もー超一流の科学者ですやん。

だがしかしアルキメデス邸でダミッポスが会ったのは70半ばの老人で、だいぶボケが来ちゃってて会話も噛み合いません。ダミッポスの名も覚えられずかつての自分の教え子だと勘違いしています。

そうこうしてるうちに怒り狂ったローマの大艦隊がシラクサに押し寄せて来ます。

ローマの軍艦には回転式の鍵付きハネ橋が装着されていて(舟に梯子を乗せてると思ってくだされ)敵艦に接近してハネ橋を下ろしこれを渡って重装歩兵隊が突入してくるんですが、実はシラクサというのは世にも強力な要塞都市でしてアルキメデスが作った脅威の都市防衛兵器に守られていたのです。

城壁に接岸しようとしたローマ軍艦は巨大な起重機に吊り上げられたドデカイ鉤爪で船ごと持ち上げられ海面に叩きつけられたり、ドデカイ鋸の歯でぶっ壊されたり、なんとか接岸して上陸した兵士もヒュンヒュン回転する巨大扇風機の羽のような刃物で一瞬にして胴体を輪切りにされ、なんかもうローマ軍片っ端からなぎ倒されあっという間に死者の山が築かれます。

その恐るべき威力に退却するローマ軍はこう思ったはずです。

神かー!アルキメデス!!!!

 

さらにアルキメデスが作ったのはこれだけではありません。

シラクサ防衛の要所となるエピボライ台地にあるエウリュアロス要塞には「エウリュアロスの車輪」なるスゲー投石機が作られていたのです。それは蒸気の力で大きな車輪を回し円盤の遠心力で巨石を発射させるのですが、石のちょっとした形の違いで微妙に弾道が変わるので発射された石はローマ軍にことごとく降り注ぎ人も馬も混乱と恐怖で残酷に死んでいきました。

もはや戦いではなく一方的な虐殺でした。

「一人殺せば殺人犯、世界中の半分を殺せば英雄、人間を全部殺せば神である」と岩明均は書きます。

この漫画の見所はもちろんアルキメデスの軍事兵器の脅威ですが、これがほぼ実話だってんだからたまげるじゃないですかー(アルキメデスが認知症なんてのは作者の脚色ですが)

しかしその脅威ゆえかアルキメデスはエウリュアロスの車輪など見たくもないと言い「王にどうしても頼まれたが本当はあんな化け物は作りたくなかった・・・」と寂しげにつぶやきます。

ダミッポスが「それはこの町のためにやったのだから後は使う者の問題でしょう」と言うと「いや違うな。用途は十分心得ておった。わしもまったくの同罪じゃ」といやにそこだけはキッパリと断言するのです。

いつの時代のどこの国でも科学は戦争に利用されます。

自分が開発した科学技術が悪用される可能性を誰よりも早く気づくのはそれを開発した科学者自身です。

そういう諸刃の刃にならざるを得ない科学者の不幸をこの作品はきっと描いているのです。

戦争は膠着状態となりやがてシラクサは陥落します。その原因を作ったダミッポスはシラクサがローマ軍の手に落ちる前に一般市民の助命を願うのですが、司令官は大勢のローマ人の命を奪ったアルキメデスだけは許さないと言います。

けどダミッポスはそんなことは司令官の口先一つでどうにでもなるってわかってるんですよね。つまり方針をちょこっと変えるだけで科学者なんて英雄にも犯罪者にもできるからです。

 

それまで友人として共に暮らしていたのに、ある日隣人から突然「敵」と見なされ憎まれる不幸に苛まれてクラウディアは死んでしまう。

国家が起こす戦争はそこに生きる人々の命も願いも踏みにじり遂行されます。まったくもって庶民は無力なのです。

戦争の残酷な描写の中にそんなことがさりげなく綴られています。