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映画/「必死剣鳥刺し」懐かし映画感想

死んだと見えた主人公が一瞬で繰り出す秘剣がかなりのスゴ技

仕掛人・藤枝梅安役がハマってた豊川悦司さん主演の2010年の映画作品。

原作は藤沢周平の隠し剣シリーズの一篇「必死剣鳥刺し」。

江戸時代の東北の小藩・海坂藩が舞台です。

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(「必死剣鳥刺し」2010年/114分/平山秀幸監督)

これがまた、いきなり豊川さん演ずる兼見三左エ門が藩主・右京太夫(村上淳)の愛妾・連子(関めぐみ)を刺殺する、という大それた事件を起こす場面から始まります。

連子は美貌で才気のある女性ではあるのですが、殿の寵愛をいいことに政治に口を出し過ぎるため藩政は混乱に陥っています。

まあ、一番悪いのは側室に入れあげるバカ殿なんですがね。

典型的なバカ殿と悪女に家臣が苦労させられて見てられないよ。

封建社会だからみんな忍の一字でじっと耐えるしかないんですよね。

とはいうものの、ただただバカ殿の言いなりになってるだけでは「佞臣」と言って真の家臣の道ではないのです。

御家のために正しいと思えば命をかけて殿を諫めるのが誠の武士です。

ゆえに三左エ門は自分のした事に悔いはありませんでした。

自分が腹を切ればよいと思っていたのです。

にもかかわらず極刑を覚悟していた三左エ門にもたらされた処分は、1年間の閉門と280石の禄を130石に減らし無役になるという寛大なものでした。

三左エ門はどこか腑に落ちなかったが受け入れます。

閉門と申しますのは、自宅の門を閉ざし雨戸も閉めて家の中にひきこもり謹慎させられる武士の監禁刑です。

兼見家は妻が病死してしまい姪の里尾(池脇千鶴)が家事をみています。

里尾は一度嫁いだものの不縁になって戻されてきた娘で、まだ若いが三左エ門の身の回りの世話を献身的にしてくれます。

1年間の閉門が解けた三左エ門に、藩政を左右している実力者の中老・津田民部(岸部一徳)から禄高を元に戻し近習頭取に命じる沙汰がもたらされます。

近習とは殿のお側近くで仕える職でして、これは出世なんです。

殿の側室を殺めた自分がなぜに?

と思いつつも、三左エ門は仕方なく受けましたが居心地は最悪でして、殿にやたら冷たく当たられるんです。

なので津田の屋敷に招かれた時に職を辞したいと申し出ます。

しかしながら津田は「殿はわがままな方だから気にする事はない」とか言うわけです。

 

「いや、兼見でないと務まらんのだ。兼見は天心独名流と申す剣の達人だそうだの」

 

ハイ、キターーー!実は剣の達人!

 

「鳥刺しという秘伝があるそうではないか」

 

この秘伝をつかえるのは兼見だけ、しかも今まで誰も見た事がない。

 

「鳥刺しという技は別の名を必死剣と呼ぶそうだが、これはどういう意味か?」

 

「絶体絶命の時にのみ使いますので、思うにその剣をつかう時はそれがしは半ば死んでおりましょう」

 

この言葉の意味は最後にわかるんだってば。

 

兼見は、「ある人物が殿を襲うかも知れないからその必勝の剣を殿のために役立てろ」と言われます。

ある人物とは、藩主家とは血縁関係にあり「別家」と尊称される家老の帯屋隼人正(吉川晃司)でしたのよ。

 

海坂藩は藤沢周平の時代小説ではお馴染みの架空の藩です。

映画の冒頭、華やかな満開の桜の下の能舞台で側室が殺害されてビックリ!Σ(゚Д゚)

なぜ兼見は女を殺害したのか?

なぜ軽い刑で済んだのか??

なぜ閉門の後に出世したのか???

次々と疑問が浮かびながら話は進んでゆきます。

誰か悪い奴が後ろで糸を引いているような・・・(まあ誰かはキャストを見たらわかりますが)薄氷を履むかのような不穏な空気の中、当の兼見こそが最も「なぜだ?」と思ってるはずですが、謹厳実直なんで黙々と己に与えられた職務を全うするばかりです。

そんな兼見を「叔父さま」と慕う里尾は密かに恋心を抱いてるのですが、オレの世話で娘盛りをムダにするなーとー、兼見は里尾を再婚させようと決意します。

この時の豊川さんの裸がブヨブヨでちょっとガッカリすんだけど、風呂に背中を流しに来た里尾に「縁談がまとまれば嫁ぐ身じゃ。他の男の背など流してはならぬ」と言う豊川さんの声が好き。

兼見家の家屋の黄ばんだ古障子の破れた部分だけ切り張りした白さや、濡れ縁に残る落ち葉や、ご飯を食べる時は女は一段下がった板の間だったり、北国の小藩でささやかに暮らす2人の生活の様子が質素だけれど美しき。

でもでも、誰もが気になるのは「必死剣鳥刺し」がどんな技なのか?ですよ。

だいたい秘剣などとゆう物は案外名ばかりだったりするんです。

隠し剣シリーズで2004年に映画化された「隠し剣鬼の爪」の秘剣は本当にショボくて武士より必殺仕事人が使うような代物で、師から鬼の爪を授けられた永瀬正敏さんも「そんなたいそうなものじゃなくて本当にショボいんです!」って打ち明けたい(多分)けど、秘剣というのは「一人相伝」と言って外には決して漏らしてはならないのです。

そのために恨みを買う事になり戦わねばならなくなる定めの、まったくもって罪作りな秘剣なのです。

一方、鳥刺しとは鳥の刺身ではなく「とりもちを付けた長い竿で小鳥を刺す(くっつける)事で捕らえる」もので、これをヒントに兼見が編み出した技です。

吉川晃司さんは劇中では身分も剣の腕前も男前でも勝る1番カッコいい役なのですが、つまりは邪魔者の帯屋と達人の兼見を戦わせて生き残った方は乱心者として処分しちゃえというね。

卑劣な手口に踊らされ、武士の美学を知る者同士が黙って命のやり取りをする仕儀となり、クライマックスの豊川さんと吉川さんの緊迫感溢れる殺陣シーンが素晴らしいです。

これまでの兼見の紆余曲折とかすったもんだとか全てはこの果し合いを見るために俺はいるのだ!という気持ちになりました。

怒りを押し殺す帯屋の悲しみも良き。

その帯屋隼人正を兼見が倒す時のトリッキーな技がおお鳥刺しかと思いきや、兼見の「いや、これは鳥刺しではございませぬ」の「せぬ」を言い切らぬうちに大勢から囲まれ斬りつけられ、兼見は利用されていた事を悟ります。

ここからはもう尋常な果し合いではなく寄ってたかって嬲り殺しです。

上から命じられればさっきまでの同僚も殺しにかかる封建社会の無情かつ残酷さ。

加えてあの時の言葉の通り、死んだと見えた兼見が一瞬で繰り出す鳥刺しがかなりのスゴ技で、秘剣は名ばかりと書いた事は取り消しますわ。

 

里尾の思いが通じたか両者は1度だけ結ばれていました。

それはラブなロマンスというよりは、これまで色恋とは無縁で真面目に生きてきた2人がその瞬間だけ命を煌めかすような刹那的な交わりでして。

年の離れた叔父さんの事が好きという、里尾の無口で頑なでチャラチャラしてない所も好感が持てます。

男とのたった一夜の思い出だけで一生を生きていくんでしょうな。

生きる悲しさと強さを感じさせるラストの余韻も格別です。