ご存知のように、13世紀初め、チンギス・ハーンの蒙古帝国は急速にその勢力を伸ばしまして、13世紀後半までにはユーラシア大陸の東西に及ぶ、世界で最も広大な領土を持つ帝国となりました。
この物語の舞台はペルシャ高原の小都市ビジャです。現在のイランの辺りかしらね。
1258年、ビジャはペルシャに侵攻した蒙古の一隊に包囲され、蒙古軍2万に対しビジャの人口は5千人ですから、これはもう陥落は目に見えております。
しかもビジャのハマダン王は病気療養中につき不在、城を守るのは王の16才の娘オッド(もちろん美形)ってんだから心許ないわねえ。
気丈な姫は危険を恐れず前線に立ち兵士を鼓舞しますが、なんてったって先様は世界最強モンゴル帝国(蛮族)なんで、姫が蹂躙されるのは目前に迫っています。こわ
オッドの希望は今や風前の灯火となり、もうどうしようもない状況と思われましたが、城下に留め置かれた隊商の長の一人が口を開きました。
「あのう・・・畏れながら申しあげます。インドの・・・」
えっ!インドの!?
この話に皆は驚き耳を疑いました。
インドの何??
「インドのアメダバで墨者を見ました」
墨者(ぼくしゃ)とは、中国戦国時代に活躍した思想集団・墨家(ぼっか)の者たちですが、「兼愛」と「非攻」を唱え、侵攻の危機にある城があれば、そこに行き無償で命をかけて守城にあたったといいます。
その流れをくむ「インド墨家」がアメダバにあると言うのですがな。
だがしかし!! マジで「インド墨家」があるとしてもどうやってそこへ行くのか?
馬はあっても城を出れば蒙古人に追跡されすぐにやられてしまいます。
蒙古人を振り切れる馬の乗り手などいやせんがな。
そこでオッド姫は城内にいる蒙古兵の捕虜5人に頼んだのです。
「アメダバにいる墨家の人たちに私が助けを求めていると伝えてください。伝えるだけでいいのです。その後は、あなたたちは自由の身です」
姫は袋一杯の乳香を一人に一袋ずつ差し上げると約束しました。
乳香は熱帯地域に育つ常緑低木・カンラン科ボスウェリア属の樹脂で、同じ重さの金と取引されますが、ビジャで採れる希少なビジャロマは5倍の価値があるのです。
捕虜となった蒙古人は戻っても罵倒され笑われて殺されるだけ。
その恐ろしさを身に染みている彼らは姫から「死んでいい命などありません。あなたたちにお願いするのは一番の馬の乗り手だからです。あなたたち以上の乗り手はビジャにはいません」と頼まれちゃう。
捕虜となった彼らを手厚く保護し、さてまたその様に褒めちぎられたら断れる男なんていねーよ。
暴れ馬を乗りこなして見せましてね。
今夜、城を出るから1人に10頭ずつ馬をくれと言う。
1頭だけでは長く走れませんから、蒙古人は1人が3頭から7頭の馬を持ち、頻繁に乗り換えながら1日に80キロを走るんですと。
10頭の馬でアメダバに10日で行ってやるぜ(フツーは25日はかかる)と言った捕虜男。
命がけで世界最強モンゴル帝国(蛮族)をぶっちぎってアメダバに着けるのかー?
とまあ、そんな出だしでございますが、いかがでしょうか。
面白そうじゃありませんか?
面白いんです。
蒙古軍と小都市ビジャの攻防戦で、史実はどうか知りませんが、モンゴルやペルシャの歴史、文化、風俗が巧みに織り込まれ読み応え十分です。
しかしながら無報酬で守城に命をかける、そんな人間が本当にいるのでしょうか。
墨家は中国戦国期最大の思想集団であり軍事集団なのですが、秦の始皇帝の建国を前に忽然と姿を消してしまった、なんか謎の集団です。
酒見賢一の歴史小説「墨攻」の漫画版も面白いのでお勧めします。
でもインドに墨家があるなんてと首を傾げましたが、墨家の祖・墨子については謎が多く一説には墨子はインド人だったという説を取っています。
ビジャを救援に現れた墨家ダルマダ・ブブもインド人なのかな。よくわからんが。
城攻めの面白さの他に、ブブとオッドを中心にした人間模様も見所でして、ビジャの野心的な宰相ジファル(イケメン担当)がいい味出してるし、蒙古軍大将ラジンも野蛮で下品(下ネタ担当)だけど憎めない。
ラジンを脅かす一重瞼のおさな顔でハーンの座を狙う危ない女クトゥルンとか、秘密めいたオッドの兄(兄いたんだ)がただのクズブラザーだったとか、各キャラの掘り下げも秀逸です。
バグダードが陥落し「知恵の館」が焼失したり、ハマダン王が亡くなったり、すったもんだがありまして、最新刊の6巻では、めっちゃでかい攻城塔(城壁に渡り板をかける城攻めの最終兵器)を蒙古軍は3塔も投入。
攻城塔の欠点は重すぎて運ぶのが大変な事でして、守るビジャ勢は2人目のインド墨家・モズが大型弩砲をすごい威力で連射して巨大な攻城塔をぶっ潰したり、オリーブオイルを浴びせ火をつける作戦で攻城塔を燃やしたり、もうこの城門前の攻防だけでめっちゃ面白う。