「テレビドラマ化されたから読む!」
「手塚治虫文化賞のマンガ大賞取ったから読む!」
なんてのはアタイの中にはなくて、ただもう入江喜和先生描くところのオバサン主人公が面白くて好きなんです。
かなり見た目はくたびれ劣化してるけど、いまだ心には乙女が残っております。
ときめいたり傷ついたり、時に泣きたくなっても、こんないい年したオバサンに泣かれたとてアータも困るだろと涙をこらえ、若い娘なら悲劇になってもオバサンになるとなんでか悲劇は喜劇となってしまう。
そんな絶妙なペンさばきで読む者を笑わせ、ちょっぴり悲しくさせたり、応援したくなるような。
オバサンの心の綾を語る巧者、入江喜和の新作「みっしょん!!」。
これは54才主婦が自動車免許取得を目指す話。
しかもAT(オートマチック)限定免許が幅を利かせるこのご時世にMT(マニュアル)免許を取るってんだから!さあ大変!!
さてなんとなくあらすじを書いておきますと、東京・下町の片隅で家業の書店を営む未知は、店番と認知症の母の介護と家事に追われ、もう人生に疲れ切って鬱屈してたわけです。
そんなある日、店に緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェに乗るパツキン・デーハーな中年女性(夏木マリ様をご想像ください)がご来店。
自由過ぎる彼女とポルシェのエンジン音に痺れた未知は目が覚めたように、満たされない日々から抜け出そうと一大決心し、免許を取って自分の車を買うと決めるも夫は猛反対でしてね。
その年で免許取れるわけねーし、取れても運転あぶねーし等々・・・
ムッとした未知!すわ夫婦全面闘争突入か!と思われましたが、夫の「じゃあマニュアルで免許取れたら運転してもいいよ」の条件を飲み、やってやんよとマニュアル免許を取る事にするのであります。(マニュアル車の運転が難しい事を知らなかった)
未知の家族は婿養子の夫と認知症の母と成人した子どもが二人。
25才娘はデパート勤務で家を出ていますが、22才息子はほとんど引きこもりでして、時折女装をして外出するのは性癖と言うよりも同級生に遭遇した時イヤなんだろう位のユルさで両親は特に心配もしてない模様です。
その他3階には未知の妹(50才独身)が居ついており、母親と相性が悪くて世話は未知に任せっぱなしです。
更に夫の甥っ子(38才)も居候を始めるなど大家族並みの賑やかさ。
大勢で食卓を囲む場面は楽しそうですが、この一家の主婦である未知の苦労は並々ではありませぬ。
書店の仕事と家事と母親の介護に追われ一日はあっという間。
行けども行けども抜け出せない泥濘のように睡眠不足で自分の時間はナッシング。
この生活がいったいいつまで続くのだろうかと、全てを投げ出してどこかへ行ってしまいたいと思う程です。
彼女の屈託は婿養子に入ってくれた感謝から夫を甘やかしてしまった事で、つまりはよくある話なんざんすが、夫は家事一切やりません。ちっとも役に立たない。
夫だけでなく、未知がこんなに大変でも人手もあるのに誰も手伝わない。
未知も未知で鬱憤を貯めながらも真面目過ぎる性格から全部自分でしょい込んでしまうんだなこれが。
人ともめるのがイヤなので不満を口に出して険悪な空気になるよりも、自分さえ我慢すれば波風が立たないと考えているんです。
こういうタイプの中年女性や、仕事はちゃんとやるんだけどその他は全然アテにならない夫や、一緒にいるのに自分は関係ないと介護も手伝わない妹など実にリアルでありそうじゃないですか~
また、話を面白くしてるのは、前述した引きこもり息子のようにそれぞれのキャラの設定が細かく描かれるので群像劇としての出来も素晴らしいのです。
特に認知症の母親がサイコーでして、「みっちゃん」「みっちゃん」とベタベタ甘えて子どもみたいに駄々をこねるのをなだめながら、内心では疎ましく思ってる場面とかすごくよくわかる。
そうかと思えば「パパが最近遅いのは浮気してるんじゃないの?」と突如まともになったり、「みんな自分を嫌いだからリビングに誰も下りてこない」と泣き出したり、腹が立つやら困惑するやらストレスはたまる一方です。
認知症のせいですさまじい寝言を言うし、トイレに何度も起きては帰ってこない(別の部屋に行ってたり、なんか食べてたり、スリッパで虫を叩いてたりする)虫なんかいやせんのですが・・・これじゃちっとも寝られずオールウェイズ寝不足なので最新刊の3巻では初めてショートステイを利用しました。
これで一晩くらいはゆっくり出来るかと思ったら、嫌がる母親を説得して泣く泣く行かせたものですから、もうお母さんがかわいそうになってしまい、非常に後味の悪い複雑な気持ちになってしまいます。
こんな罪悪感を自分一人がこれからも背負うのかと未知が問う場面は考えさせられてしまいました。
しかしまあ、思った通り教習所の場面はクラッチ操作に苦戦してエンストしては教官にどやされるは、運転の怖さを知り自分は向いてないと悩んだりもうドタバタです。
そうなる事をわかっていてマニュアル免許を取れって言ったんですから旦那もそうとう意地が悪いと思うよ。ってか、なめてるのか?妻を。
奮闘する彼女の心の支えはあのポルシェの女性、実は教習所の教官・木津先生なんですが、未知が憧れるのもわかる。ざっくばらんで男前で颯爽としています。
二人のやり取りも楽しく、木津先生に励まされながら教習を頑張る未知の姿につい応援したくなります。
人間誰しも得意不得意というものがあり苦手なものは避けて得意な方に進んだ方が効率が良かったりします。
未知の場合、相手を変えるより自分が変わればいいという発想なんでしょうね。
免許取得で新しい楽しい世界を開こうとする未知の今後を見守りたいと思います。