まずは手はじめに夜の新宿の街をスニーカーで走る少女であります。
怪しげな男のヤサに駆け込むなり、どこで盗って来たのやら手には幾枚かの札を握りしめておりまして、これであの薬を売ってくれと言うんです。
あの薬というのが、経口中絶薬である事は読んでてすぐにわかるわけですが、こんな中国人風の男からそんなもの買おうとするなんて。あぶねーあぶねー。老婆心ながら、もっと自分の体を大事にしようよお嬢さん。などと思ってしまうあたくし。
てへっ
週刊モーニングで連載してる新作はそんな前口上から始まりますが、全作の「サターンリターン」とはいささか趣を変えて明るいタッチで勢いよく展開していくラブコメのようです。
やっぱ醍醐味は個性的なキャラと軽妙な会話劇ですが、予想外な展開&ごちゃごちゃしたストーリーなんで、なんだろうな?何やら煙に巻かれたように惑わされてしまうみたいな・・・
まあとりあえずはなんとなく概要を。
物語の中心になるのは、7年振りに再会した4人の男女です。
転職したけどろくな成果も出せず、せいぜい今年一番うれしかった事と言えば、元カレとのワンナイト妊娠が「陰性」だった事くらい。間戸かすみ(28才)やれやれ
新宿にマンションを持ってて犬と暮らしている。佐津川和歌(41才)大人の女性
不妊治療の末に離婚された大学職員。木目田天(34才)きもっ
間戸憧れの昔は電通社員、現在は携帯会社コールセンター勤務。堂島直(33才)イケメン
ってなメンツでして、彼ら4人は7年前、偶然居合わせた駅のホームで転落した10才の女児を助け、警察から感謝状をもらいニュースになった事があったんですがな。
ええ話ですやんかー
その時の女児というのが、冒頭のヤバイ少女なわけでして。
あの時10才だから今は17才か。
まだまだ子どもなのに妊娠したり美人局みたいな真似をしたり容易ならざる状況に陥ってて、いったい彼女に何があったんだろう。
何があったのかはわからないけど、あの時助けた子をもう一度救いませんか?我ら4人で!と、妙な盛り上がりを見せる木目田に乗せられ、4人が入り乱れる群像劇なのです。
テーマは妊娠中絶出産みたいです。
バッドベイビーとは望まれない子どもの事であろう。
重いテーマだけど、コミカルな仕上がりになってて、たいした事じゃないように描かれてるのが逆にすごいよね。
間戸は妊娠検査薬が陰性だったのでカフェのトイレから歓喜して出てくるが、そもそも元カレと再会し成り行きで一夜だけの関係を持ったものの、妊娠が心配で仕事が手につかずミスをして上司からは叱責。なのに元カレからは「大丈夫そ?」というスタンプが送られてきたのみ。
そんな出来事も笑い話にする間戸は明るい性格だけど、自分を卑下して見せるのは自己肯定感が低いからなのか?それともコミュニケーションの一環なのかしら。
とは言え婦人科の医者の「堕胎は今年から投薬が認可されたけど簡単だからって避妊の手段だなんて考えずに軽々しい性行為は控えてくださいね」という言葉にはさすがに耳を疑いかつ落ち込んでしまいます。
仕事だってなんだって軽々しくなんかしてないのに、なぜ女だけが逃げられない現実にひとりで向き合わねばならないのでしょう。
当事者のはずの男の側は見事にスルーっていう理不尽は往々にしてあることです。
佐津川の「妊娠って男と女でするもんなのに見事に女だけの話になっててすごいね」とかいう一言も刺さります。
でも間戸はどちらかと言えば物事を深刻に捉えないタイプみたいですが、ちょっと驚いたのが大学の時に妊娠して中絶を悩む親友(後にアイドル歌手になっている)に、母子は神聖なものだから簡単にはおろせないと発言した事。
間戸さんはヘラヘラしてるようで、けっこう独善的な価値観を押し付けてくる人なのかもしれません。こういう人コワイワー
佐津川もマンションで優雅に暮らしてて金はどうしてるのかと思いましたら、離婚歴があり一人息子を夫と義理母に取られたんだよね。
しかもモラハラ夫にいまだ支配されてて、魂を抜かれたみたいに悪いのは自分ですとか言ってるのが鳥肌でしたね。
それぞれがキャラの濃い4人の中でもひときわ輝いてるのが木目田ですね。
不妊治療に疲れた妻に捨てられたんですが、こいつが「平均寿命から余命を割り出して今の大学職員の生涯賃金から家賃保険光熱費それから将来持つ子どもの学資金と親の介護費全部を差し引くと(ファイナンシャルプランナーかっ!)自分が使えるお金は1日2千円なんです」などと言うのには苦笑い。
7年前に助けたあの子を救おうと4人に声をかけたのも木目田だし、なんか胡散臭いのお。
連絡先のわからない堂島の行動を顔画像逆引き検索してSNSに多数の女性とツーショットが上げられている事から堂島を結婚詐欺師と断言したり。
堂島は優しいせいか女に異常にモテる体質でちょっと貴公子の顔ではあるんですが。
7年前のある意味輝かしい思い出を再現したいのか、少女を助けると言いながら、その実お互いの裏の顔を暴こうとしてるような。
サスペンスってほどではないけど、なんか不穏な感じがします。
4人の物語と赤ちゃんボックスに捨てられていたという少女の物語が交差しながら、産まない選択、更に家族や親子の関係性についても、コメディタッチの中に考えさせられる内容になりそうです。