乙嫁とは「おつよめ」ではなく「おとよめ」と読み、美しい嫁というニュアンスだそうでして、「乙嫁語り」は19世紀の中央アジアに生きる様々な嫁を描いた物語です。
今は自由な時代ですから結婚するかしないかは自分が決める事ですが、かつての日本もそうだったように、ここに登場する女性たちの人生には結婚しか選択肢がありません。
だから彼女たちにとって結婚は大変重要な意味を持つのです。
自由恋愛なんてものはありませんから、読んでて首をかしげたくなるような場面もありましてね、ウーム、こんなんで幸せなのかなー?などと思ったりもするのですが、彼女たちの結婚に対する夢だとか心の持ちようだとかがとっても可憐で健気なんだよねー。
そして中央アジアが舞台という意外なチョイスがまた物珍しくてね。
中央アジアはシルクロードの中継地でもあり、日本人からすると遊牧民族の暮らしというのはなかなかお目にかかれない異文化です。
目を見張るような美麗で装飾的な民族衣装や絨毯や刺繍の細密な書き込みがスゴイと言われる「乙嫁語り」もついに15巻。
エート、連載は15年目くらい?
様々な乙嫁を巡る群像劇は、イギリス人青年のヘンリー・スミスが狂言回しとなり描かれて来たわけですが、スミスは旅の途上で出会った美しい未亡人タラスとすったもんだがあったものの婚約しタラスを連れてイギリスに帰国する話が15巻の中心です。
しかしまあ遊牧民族の女性と結婚したいと連れて来た息子に、当然ながら母親は大反対です。
スミスの家は貴族ではないものの結構な資産家で、母親は原住民の嫁など絶対認められんとタラスへ酷い人格否定なんです。
無知な正義感で人種差別を悪いとも思わない母親。
19世紀のロンドン、まあこんなものでしょうよ。
この騒動に使用人たちも鵜の目鷹の目で言いふらしダウントンアビーみたいで面白い。
でもさあ、その女の人も大変だよね
まったく知らないところへひとりで来てさ
それな!
面白がって噂してるかと思えば心配もしてやるメイドさん優し。
やっていけるのかねえ
タラスとて自分がスミス家に歓迎されるとは思っておらんです。
でもねえ、いくら好きな人でも故国を出て相手の国に行くとかフツーは出来ませぬよ。
タラスは口数は少ないが凛として、芯の強い肝の座った女性なんです。
こんな状況下でも表情に憂いは見えません。
それはやっぱスミスを信頼してるんですな。
親の期待に沿えないのは今に始まったことではないですからね
スミスは次男で、出来のいい長男が家督を継いでいる為に自分は気楽で(長男との関係もいい)「ご両親は何と言ってるか?」と心配するタラスにもこんな言い方です。
父親も兄も困惑するけど、お前ってそういうヤツだよねっつってまあしゃーないかとあきらめる。男家族は割とおおらか。
問題は母親です。
あなたは本当に何を考えてるの?
お願いだからまともになってちょうだい
あなたのお兄様はこんなこと一度もありませんでしたよ
ふたりとも同じように育てたはずなのに・・・
「兄上ではないのに兄上のように育てたからでは?」大真面目に考えて答えるんでワロタ
なんかお人好しでつかみどころのないスミスですが、実は強い信念を持つ人ですから、決して男の一時の気まぐれでタラスをイギリスへ連れて来たわけではなく彼女への思いはブレません。
内縁関係でいいじゃないかと言われても正式に結婚しようとする。いい漢だ。
スミスの愛がタラスに伝わり、母親から家に置けないと言い渡され友人ホーキンズの家に仮住まいする羽目になっても、イギリスを好きになろうとするタラス。
自分の故郷に帰りたいとか思わずにスミスの育ったこの国で生きていこうとするタラスがひたむきでいじらしいです。
女性も幸せを追い求めていいのだ。
そして結婚は難しいのではと思われましたが、スコットランドへ行けば親の承諾がなくても出来るらしく兄や友人の協力を得てスコットランドへと旅立ちました。
その他、船で飼われてる猫と馬のエピソードとか新居で羊を飼うことを勧めるスミスとか動物を見ると自然な笑顔が出るタラスが良き。
タラスの過去の苦難を知るだけに幸せになってほしいよね。
日頃、なにかと忙しく別に慌てんでもよいのに、そんなに慌てなくても時間はゆっくり流れているのだからもっとゆっくり過ごしたらよいのだと自分を振り返る。
この作品には悠久の時が流れているのであるがな。