春はもうすぐですね。
映画「アイヌプリ」を観ました。
福永壮志監督の2020年の「アイヌモシㇼ」が面白かったのが記憶にあります。
「アイヌモシㇼ」は北海道阿寒湖のアイヌコタンで暮らす少年が主人公でしてね、自然に育まれたアイヌの精神や文化を教えようとする大人や、もう長い間行われてない熊送りの儀式イオマンテをやろうとする物語です。
以前書いた感想を貼っておきますぜ。
2作品とも今の時代を生きるアイヌの話ですが、前作はフィクションだったけど本作は北海道白糠町で暮らすアイヌの家族に密着したドキュメンタリーでございます。
アイヌプリとはアイヌ式という意味らしいざんす。
この家族のお父さんは、息子は小学生ですからまだ若い父親ですが、我々と何ら変わらない生活の中に自分のやり方でアイヌ式の文化や狩猟を大切にしているのです。
たとえば冒頭で登場するアイヌの伝統的なサケ漁ですが、現在は川でサケを獲る事は法律で禁止されています。
先住民族の権利としてそれはおかしいじゃないかという意見もありますが、知事の許可を得て伝統儀式の為に行う場合しか許されていないのが現実です。
だからこの父親は粛々と伝統儀式の為と申請して許可を取り、密漁者と間違われないよう「今年もやりますんでよろしく」と警察にも如才なく挨拶に行きサケを獲ってましたね。
手製の銛みたいな道具でサケを突いて獲るんですが(けっこう地味)、家族で食べる一匹分しか獲りません。
早朝の川辺で、漁の前には簡易的に煙草で神様に漁の安全を祈るアイヌの儀式をするのが印象的でした。
北海道の自然も美しくヨカッタ。
アイヌの神様カムイは自然界のあらゆるものに宿っている。周りのすべてに神様が宿っているから生活するうえでこんなにお世話になってるんだなあ。みたいな神様への感謝を言ってましたね。ちょっとうろ覚えですが。
彼はサケを一匹しか獲りませんが、その後仕事で和人の漁船に乗ってまして、サケがバンバン大量に引き上げられてるのが皮肉な映像です。
チョット「やだー!和人て強欲で傲慢よねー!」みたいに映るんですが、その仕事に従事してる彼は「内心ではこんなに獲って・・・と思ってるけど、俺も生活があるからね」とか明るく笑ってましてね。
葛藤はないのかなと思いましたが、自分がアイヌであることに変わりはないという揺るぎないものを持ってる気がしました。
だから気負いもないんです。
親子や仲間たちとの淡々と描かれる日常生活の中に、奇をてらう事もなくアイヌ式が生きてるようでした。
それは歴史の中で虐げられ滅びかかった弱き存在のアイヌ民族とはもう違う、という気がしました。
とりわけアイヌの狩猟や文化を残そうとした時の和人との関係性やアイヌの文化を息子等次世代へ伝えるという問題が、これはどちらも難問ですが、本作では明確に形になっていて説得力がありました。
「アイヌモシㇼ」に出てきたイオマンテはアイヌの有名な祭りでヒグマの魂を神々の世界に送り返す儀礼です。
実際は可愛がって育てたヒグマをKILLするというインパクトが強すぎて、熊がかわいそうやりたくないという拒否反応が大多数でした。
その気持ちは今も昔も変わらないと思いますが、アイヌにとってイオマンテが重要なのは自分たちが狩猟民族である事への戒めだと思うんです。
その精神は本作にも繋がっていて、鹿撃ちでは殺された動物への感謝や敬意を、自分たちが食べる分しか獲らないとか、獲ったものを無駄にしない等、息子に教えていました。
ちなみに眉間に一発で仕留めるスゴ腕にはたまげましたぜ。
店に行ってスライスした肉がパック詰めされてるのを買うだけの我々は屠畜というリアルはまったく忘れています。
だから肉を食べても動物に感謝するなどしません。
サケを獲り魂を神様に返す儀式をすると息子の口から「ごめんね」と素直な言葉が出ますが、お父さんは「ごめんねじゃないよ。ありがとうだよ」と諭します。
ホントにいい親子でしたねぇ(しみじみ)
息子はこういう伝統的な狩猟を将来仕事にしたいかと聞かれると、大きくなったらどっかの製薬会社に勤めたいという返答でした。
それでもこの子はお父さんが教えてくれたことは忘れないと思います。
お父さんはきっと失われていく伝統文化をどげんかせんといけんと模索してきたのだろうと思いますが、それは義務とかやらされてるとかじゃなく楽しいからやってるだけだと言ってたのが今どきでかっこよかったです。
今どきと言えば、息子は学校でアイヌだと言ったらかっこいいと言われたらしい。
これは漫画「ゴールデンカムイ」のヒットが大きいと思われますが、明るい未来を暗示させるような良きドキュメンタリーでした。