前に「あんのこと」という邦画を観たのですが、その時は「アカン!こんな悲しい話があるかっ!」とやり切れない気持ちになってしまったものです。
主人公のあんは周りの人たちに助けられ自立できそうだったのにコロナ禍で孤立を余儀なくされまして、話はなんとも不幸な方向へ行ってしまうのです。
河合優実の暗い目が忘れられませぬ。
コロナによって引き起こされた災禍は、今思えばあまりに過剰反応した行政やメディアに乗せられて社会は多くの不都合や弊害がもたらされました。
なのに何の検証もせずにこのまま忘れていく流れ。
これじゃ再び同じことが繰り返されるかもしれんぞおと思う、今日この頃であります。
この漫画の主人公の女性もコロナで夫を亡くしています。
いや正確にはコロナとは明記されてないんですが、新型伝染病としか書かれてないんですが、もうコロナでいいよね。
作者は「この世界の片隅に」を描かれたこうの史代さんだす。
可愛らしい絵柄です。
夫は生前ワクチンを打つと毒素をまき散らすとか言い出し、どうやら陰謀論にハマってしまったみたいでスマホばかり見てましたな。
やがて妻の手料理も嫌がり部屋にこもるようになり、妻が入ろうとすると「うつったらどうするんじゃー!!」と怒鳴り拒絶。
以前は朗らかに笑う人だったのにまるで別人です。
そりゃオクサマ、こうなったら放っておくしかないざます。
彼女は買ってきた弁当を夫の部屋の前に置き「消毒しといたよ」と声をかける。
この夫もコロナが原因で孤立してしまい、死因は詳しくは語られませんが、彼女は夫の死に責任を感じているのです。
夫がいなくなった今でも弁当を2個買い部屋の前に置いて「消毒しといたよ」と声をかける。
目をつぶり真実を見ぬ振りでいればそれでいいのか。
ただ繰り返される毎日が苦しみでないわけがありませぬ。
さて、ここで般若心経ですがな。
この漫画は青と黒に分かれて印刷されてるのです。
青のパートは遥か昔のインドにて観自在菩薩が舎利子と対話する般若心経の世界をコミカライズしています。
黒のパートはコロナ(コロナでいいよね)が蔓延する現代にて、スーパーマーケットに勤務する女性・あいの苦悩が描かれています。
時空の違う青と黒の二つの物語が時に絡みあいながら展開し、あいの心が般若心経によって救われるラストです。(ネタバレ)
こうの史代さんが制作過程をブログにアップしてるのを見たら万年筆を使って描いてましたね。すごいわねー
余談ですが般若心経と言いますと、拙僧は幼少のみぎりお寺の幼稚園だったので般若心経が言えましたね。
自分だけじゃなく園児はみんな言えました。
先生が叩く大太鼓のリズムで(木魚のかわり)みんなで般若心経を意味もわからず大声で唱えてましたが、なんでだろう?卒園したら速攻で忘れました。
どうでもよいですね。
般若心経は仏教の教えを簡潔にまとめたもので、有名ですから多くの人に親しまれてるし幼稚園児でも唱えられます。
写経とか憧れちゃう。
しかしまあ仏教の経典ですよってその内容や意味は難解に決まってますよ。
まずはキャラ紹介ですが、観自在菩薩(観音さま)は釈迦の在家信者でして名前の意味は物事を自在な観点でとらえられる。
舎利子(シャーリプトラ)は釈迦の出家信者でして名前の意味はシャーリーという女性の息子。
作中では観自在菩薩は自由な雰囲気の中世的な青年に、舎利子は堅物そうなオッサンに描かれています。
般若心経の中身はこの二人の会話なんだと初めて知りましたわ。
その構成は、観自在菩薩が悟ったことについて話す⇒観自在菩薩が舎利子へ「空」の思想を語る⇒さらに「空」の思想を語る⇒悟りを開くための比類なき呪文が唱えられる
ってな流れざんす。
「空」とは、この世のすべては変わらぬ物は何もないということです。
これは無とかカラッポということではありません。
色即是空の「色」は物質のことです。
この世のすべてが「空」だから物質も「空」なのです。
空即是色は「空」だからこそ物質が存在できるということ。
あらゆるものに実体はなく「空」である。
あらゆるものに実体はなく「空」だからこそ、この世のすべては存在できるのだ。
・・・よくわからん。
チョット無理。
でもモーマンタイ。
最後に怪しい呪文を唱えればいいみたいです。
ぎゃーてーぎゃーてーはーらぎゃーてーはらそうぎゃーてーぼーじーそわか
って言ってみ。
難しいテーマなんですが、般若心経の世界と現代女性の苦悩を巧みに繋げていて、彼女の喪失と再生の物語になっており清々しいラストになっています。
ちなみに冒頭で会社の人から丸くなったと言われてた主人公ですが、実は夜中に夫の部屋の前に置いた弁当(夫はもういない)を自分で食べてたのが衝撃でした。
そりゃ太るわ。