akのもろもろの話

大人の漫画読み

夕凪の街 桜の国 こうの史代 感想

夕凪の街桜の国
著者:こうの史代
ゼノンコミックス
発売日:2004/10/12

毎日お暑うございますなあ。

あたくし先月、土日を利用して広島へ行きました。

広島へ行ったのは初めてですよって、東京駅から新幹線に乗って広島駅まで4時間もかかりましたわ。遠かった~

広島へ着いたらめっちゃドシャ降りでしてね、雨の原爆ドームを見ましたよ。

一生に一度は行きたいと思っていたんです。

まるでそこだけ時間が止まったように、原爆ドームは雨の中で原爆の怖さ、悲惨さを、今でも見る人に訴えているのです。

広島市は70年は草木も生えぬと言われたそうですが、現在はすっげえ大都市なんですね~

ごめんなさい。よく知らなくて。なんせあたしったら、京都より西は行ったことがないんですよー トホホ

あれほど壊滅的な被害を受けながらここまで復興を成し遂げて広島の人ってすごいなと思いました。

 

「夕凪の街」は原爆投下から10年後(1955年)の広島市が舞台です。

主人公は当時原爆スラムと呼ばれていたバラックに母親と暮らす女性・皆実です。

皆実は市内の会社に勤めているのですが、同僚の打越は皆実に好意を持っていて、仕事を休んだのを口実に彼女が住む貧しい家に訪ねてきたりします。

皆実も打越を憎からず思っているのですが、一見明るく飾らぬ人柄に見える彼女は、時に不安定で、なにか言い知れぬ不安感に苛まれてるように見えます。

それは打越についに愛を告られ、嬉し恥ずかしな2人が橋の上で抱き合う幸せな場面で決定的になります。

2人がキスをした西平和大橋は、かつて原爆で被災した新大橋へと突然姿を変え、その川にはぎっしりと死体が浮いている衝撃的な描写になるのです。

フラッシュバックですねん。

皆実は被爆者のトラウマに苛まれていたのです。

彼女は打越から逃げるように駆け出すと草に足を取られて転んでしまいます。

すると草はまるで死者たちの手のように無数に皆実の足に絡みついてくるのです。

そっちではない

お前の住む世界はそっちではない

と誰かが言っている

あの惨状からせっかく生き延びられたのに、それを喜ぶ事も前向きに生きる事もできず、「誰かの声」に追い詰められ、なぜ私なんかが生き残ったのかと罪悪感を抱え彼女は生きてきたわけです。

自分なんかに恋をしたり結婚したりする資格はない。

そこには原爆症の発症への恐怖もあると思うのですが、なによりも自分のような人間は幸せになっちゃいけないと思い込んでるっぽい様子が哀れ。

誰もあの事を言わない

いまだにわけがわからないのだ

わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ

思われたのに生き延びているということ

そしていちばん怖いのは

あれ以来

本当にそう思われても仕方のない

人間に自分がなってしまったことに

自分で時々気づいてしまうことだ

死ねばいいと思った「誰か」とは、皆実が聞いた「誰かの声」とはまた別な誰かさんの事です。

しかし原爆を投下されたのは皆実が悪いわけじゃないのに。

「そう思われても仕方のない人間」になってしまったのは、そんな目にあったからじゃないですか。

死体を平気でまたいで歩くようになっていた

時々踏んづけて焼けた皮膚がむけて滑った

地面が熱かった靴底が溶けてへばりついた

わたしは腐ってないおばさんを冷静に選んで下駄を盗んで履く人間になっていた

生き延びた事がなんで罪なのだろうか。

そんなはずない。

でも次の場面で私は考え込んでしまいました。

あの橋を渡ったのは8日のことだ

お父さんも妹の翠ちゃんも見つからない鼻がへんになりそうだ

川にぎっしり浮いた死体に霞姉ちゃんと瓦礫を投げつけた

なんどもなんども投げつけた

どうしてそんな事をしたのか。

そうせずにいられなかった心理は私にはわかりませんが、ただもう胸が一杯になってしまいました。

あれから10年が過ぎた今、皆実は死体に投げつけた瓦礫を今は自分自身へ投げつけているのだと思いました。

彼女が内面に抱える苦しみから一歩を踏み出すことができたのは打越の存在からですが、二次被爆が発病するまでの心の動きが繊細に捉えられています。

 

「桜の国」は第一部(1987年)と第二部(2004年)があり、東京に住む被爆二世、三世の物語です。

皆実の母は、広島から疎開していて被爆を免れた皆実の弟の旭が被爆二世である京花と結婚することに難色を示します。

被爆者への差別や偏見のひとつに原爆症の恐怖があったからです。

「桜の国」の主人公の七波は野球の好きな活発な女の子ですが、悲しい記憶を持っていまして。

幼い時、帰宅して玄関を開けると血を吐いて倒れている母親(京花)を見たのです。

また、祖母(皆実の母)が亡くなる前の会話も被爆に関する話でしたから、七波にとっては、あまり思い出したくない記憶です。

母が死んだのが原爆のせいなのかどうか七波は知らず、祖母が亡くなった時も原爆のせいだと言う人はいませんでした。

なのに七波の弟が原因不明の喘息で入院したのは原爆のせいのように今だに思われています。

どうも弟も自分もいつ死んでもおかしくないと決めつけられてるようで、七波には納得がいきません。

「桜の国」は七波が幼馴染の東子と初めて広島を訪ね、そこに自分のルーツを見つけ、被爆二世である自分を受容していく物語ですな。

3編の物語は三世代に渡る家族の物語として繋がっています。

原爆に苦しめられながらも希望を持って生き抜く被爆二世の姿が印象的なラストになっていましてね、是非ともお読みいただくとよろし。

余談でありますが、広島お好み焼きの店はなぜに「○○ちゃん」という店名が多いのだろうか。