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大人の漫画読み

寺島町奇譚 滝田ゆう 感想

寺島町奇譚
著者:滝田ゆう
電子書籍版
2015/2

同じ昭和の時代でも、戦前と戦後ではまったく違うといいます。

そういえば俺たちが知ってるのは戦後の昭和であって、戦前の昭和がどんな時代だったのかはよく知らないんですよね。

戦争について考えるきっかけとして、戦前の日本を知るのも良いのではないでしょうか。

ってなわけで、「寺島町奇譚」でございますが、これは戦前の玉の井が舞台になっております。

玉の井は、永井荷風の「濹東奇譚」の舞台としても知られる東京に存在した私娼街でおま。

この漫画を描いた滝田ゆうは1931年の生まれ。

東京に生まれ、家庭の事情で向島区寺島町(現東京都墨田区東向島)の私娼街玉の井の叔父の家に養子に行ったらしいです。

叔父の家は玉の井でスタンドバーを営んでいました(Wikipediaより)

つまり作者の子ども時代をモチーフにした自伝的な作品なのですが、玉の井の町並みや実際の暮らしぶりや商売や人間模様などが生き生きと描かれています。

主人公のキヨシは坊主頭の小学校中学年くらいの男の子でして。

通りを行く荷馬車の荷台にこっそり乗っかり、オジサンに見つかって飛び降りた拍子に転んで馬糞に手を突っ込むっていうね。ま、しょうもないクソガキですわ。

同じく近所のクソガキどもと銭湯へ入っては悪ふざけをし、よそのオジサンにも怒られてますし、当時どこにでもいそうな元気な男の子ではないでしょうか。

キヨシの家は「ドン」というスタンドバーです。

店は父と母と姉で運営し、その他の家族はおばあちゃんとキヨシと猫のタマです。

客はこういう飲み屋で時間をつぶしてから娼家へ繰り出すんでしょうね。

こういった町にも商店街があり子どもがいて人の暮らしがあります。

町の景観はゴミゴミとしたうす汚い感じで、どぶが流れ、道は非常に狭くいつもぬかるんでるように見えます。

そのせいかキヨシはよく家に上がる前に「足を洗え」と母親にどやされてる。(猫のタマも)

クネクネした狭い道は迷路のようで「ぬけられます」とか「ちかみち」の看板が路地の入口に立つのがやけに目立ちます。

荷風は「濹東奇譚」の中でこの一帯を「ラビリント(迷宮)」と表現してましたが、まさに、それな。

娼家は間に合わせで作ったような小さい木造二階建てでして、壁にはハート型やらとってつけたような飾りがあって、入口に小窓がついていて女性が中から顔をのぞかせるのです。

遊郭などとは違い、私娼窟ですからこまごまとした小さくみすぼらしい感じですが、初めてだったら魔窟に迷い込んだような気になるかもです。

「ちょいとちょいと」と客を誘う女性の声がいつもしています。

「ぬけられます」の他にも場所がら「婦人科医院」や「肛門科」の看板が妙に多いし、「乙女街」という看板もグーじゃないですか。

ほのぼの系の絵柄ですが、背景の書き込みが丁寧でじっくり見てしまいます。

生活排水はどぶにダイレクトに流し便所はもちろん汲み取り式です。

キヨシは汲み取りを行った後が臭いので周辺を水で流して掃除するように母親に命じられ不平も言わず黙々とやっていました。

昔の子どもはエライワネー

ちゃうねんっ!キヨシの母親が怖いねん!!

なんかすぐ子どもの頭をぶん殴るし、店の開店準備(掃除や暖簾を出したりテーブル拭いたり)はほとんどキヨシにやらせてるし、何かと言えば呼びつけて用事を言いつけて働かせるし、客がくれたお駄賃は取り上げてしまうし、「遊びに行かないで勉強しろ」とは言うもののそれは建前で家にいれば都合よく利用できるからじゃね?とか思いました。

虐待かよ搾取かよってレベルなので、キヨシは友達とベーゴマに興じたり元気な子どもですが、母親を恐れること甚だしいのです。

滝田さんの独特な表現でキャラの心情を言葉でなくふきだしのイラストで表すのですが、キヨシが母親に殺気を感じると出刃包丁が描いてありましたね。

ちょっと気の毒で笑えません。

母親の目を盗んで遊びに出ると、玄米パン売りがやってきたり、いつもの場所ではベーゴマやめんこをやる子どもたちの声が響く一方で、路地へ入れば「ちょいとちょいと」と客を誘う女の声がして、もろ肌脱ぎで首に白粉を塗るお姉さんの裸を見て赤面したりと、これもまたキヨシの日常でしてね、何気ない日々がオムニバス形式で綴られています。

実際はもっと悲しい酷い事があるはずですが、子どものキヨシの目にはお姉さんたちは快活で境遇を悲しんでいるようには映っていません。

酔客もお駄賃やお寿司をご馳走してくれる面白いおじさんとして彼の目には映っているのです。

滝田さんの失われた懐かしい子ども時代へのレクイエムなんでしょうね。

玉の井は1945年3月10日の東京大空襲で焼失しました。

コマ数は少ないものの空襲の描写は秀逸です。

この作品に描かれているのは玉の井が壊滅に至るまでの数年間です。

キヨシが疎開先へ向かう汽車の窓から、焼け野原となった町を見るラストも良きです。

70年代に描かれた古い作品なので古書は高かったのですが、10年前くらいかしら?電子書籍版が発行されて安価で読めるようになりましたので是非読んでみてくださいな。