
著者:一色まこと
講談社モーニングKC
発売日:2025/6/23
森に捨てられたピアノを弾いて育った天才少年・一ノ瀬海がショパンコンクールで世界に挑戦する名作漫画。
言わずと知れた「ピアノの森」ですが、「ピアノの森」がピアニストの物語だったのに対しまして、本作は調律師の物語なんですよ。
あのショパンコンクールから3年後、調律師としての道を歩む向井智を主人公に据えた新たな物語になっています。
ところで「ピアノの森」のショパンコンクールでファイナルまで進出した向井智を覚えていなかった俺は、「ごめん、向井って誰だっけ?」と「ピアノの森」全26巻を引っ張り出してきて最初から読む羽目になりましてね。
まあそれはいいんですが、久しぶりに再読したらこれがまた、泣ける、泣ける( ノД`)シクシク…
窓の下に広がる森の中に放置されていたピアノをおもちゃのように弾いて育った一ノ瀬に、類まれなる音楽の才能が宿ることに気づく、かつて天才ピアニストと謳われながら事故でピアニスト生命を断たれた阿字野壮介。
森のピアノは過去と決別するため処分したはずの阿字野のピアノでして。(それが紆余曲折あってなぜか森にあるのよ)
そのピアノを一ノ瀬は音楽の勉強などしてませんから楽譜も読めないクソガキなんですが、弾きこなすことができるのです。
小学校の音楽教師に落ちぶれていた人生をあきらめていた阿字野は、一ノ瀬との出会いに運命を感じ彼を弟子として育てようと決心します。
森の奥深くに鎮座するグランドピアノ。(何年も野ざらし)
本当に音がでるのだろうか?
もはやあり得ない設定からしてファンタジーなんですが、一ノ瀬と有名ピアニストをパパ上に持つ雨宮修平との友情とライバル関係やら、ショパンコンクールでの各々の才能のぶつかり合いやら、なにより阿字野と一ノ瀬との師弟愛が、チクショウ!めっちゃ泣けるんだぜい。
ということで、向井智は雨宮のボンでさえ残れなかったのに一ノ瀬と共にファイナルに進出しておりましたからピアノの腕前は相当いいんだと思いますが、彼は既に「ピアニストよりも調律師になりたい」「父が調律師で父の仕事を尊敬しているから」と言っておりますた。なんかもったいない話ですわね。
向井はショパンコンクールでの一ノ瀬の演奏に衝撃を受けたんです。
一ノ瀬のピアノってのは、会場の聴衆が思わず「ここは、ポーランドの森か!?」と錯覚を起こすような(どんなのー?)聴く者を森に誘い心地よくさせるだけでなく、人の魂まで揺さぶるような、まあ雑な言い方をすればスゴイ演奏なわけです。
耳が良い向井はその音に魅せられてしまったのですがな。
一ノ瀬の側で彼の唯一無二の音を作る支えになりたい。
つまり一ノ瀬の専属の調律師になりたい。
というのが向井が抱いた夢でありました。
向井は調律師としての道を踏み出すため音大の調律科に入り直し、その後「松花楽器」に就職しました。
「松花楽器」は大手ではないが、あらゆるメーカーのピアノや楽器を広く扱っているため仕事量も多く、あえてそういう会社を選び研鑽を積もうとしたのです。
とは言うもののショパンコンクールのファイナリストという輝かしい経歴のせいで、望んでないのに会社からは特別扱いされてしまい、見習い期間も経ずにいきなり社員になっちゃったから社内の風当たりがきついっす。
また調律師としての現場は自分の理想とはまるで違い、「ほどほどに」とか「適当に」とか仕事の効率を求められ、じっくりとピアノに耳を傾けピアノと会話したい真面目な職人肌の向井を当惑させます。
そうしないと会社は回ってかないのですが、自分の仕事に誇りを持つ向井は手抜きなんて考えられないんですよね。
向井は全身全霊でピアノの声を聴こうとします。
ピアノが整いたいという要求に全力で答えようとするのです。(ここがキモ)
その不器用だけど純粋な思いに静かな感動を覚えてしまうことしきりです。
だから駆け出し調律師なのに客からは大人気。
しかもショパンコンクールファイナリストの肩書きもあって、娘のピアノの指導をしてくれたら大金を出すとか社長に交渉してくる金持ちマダムまで出る始末ざます。
こういう彼の存在は、会社の人間には嫉妬もあって目障りでしかないのです。
会社という組織の中では軋轢を生み、向井は孤立していきます。
夢を叶えるためとはいえ、彼も稀有な才能を持つ人物ですから、そういう人が平凡な人間の中で生きる大変さもじっくりコトコト描かれているのです。
そして著名な調律師の方の監修で描かれているらしいピアノの調律技術の描写も見所であります。
「ピアノの森」のようなファンタジックな部分はなく、今回は地味で、主人公の人間関係の苦悩が胸苦しくなりますが、音楽への真摯な気持ちや夢を実現させようとする強い信念が根幹にありまして、まだ1巻が刊行されたばかりですが、今後の展開が楽しみです。