シロさんこと筧史郎とケンジこと矢吹賢二は、一緒に暮らすゲイ・カップルである。
ゲイである事を隠し弁護士として働く史郎は、スーツの似合うシュッとしたイケメンで、ゲイには見えないし年よりもずっと若く見えるから女性にはモテる。
仕事に生きがいは求めてないから、さっさと定時で帰宅し2人分の夕食を作るのが史郎の楽しみ。
２LDKに住まう2人の生活は史郎が倹約家なため質素で、2人分の食費は月3万円（昨今の物価高もあって現在は4万円）に収めるのが必達目標だ。
男性のゲーム感覚かと思いきや、安い食材を購入するためにスーパーのチラシをチェックしたり（底値とかちゃんと知ってる）几帳面に家計簿も付けてて、どことなくオバサンくさい。
毎日の食事を自分で作る事にこだわるのは太らないためと、食費を安く抑えて老後に備え貯金するためである。
料理上手の史郎が作るのは野菜たっぷりカロリー控えめで旬の安い食材を上手く使い回す。
一度だけ使ってその後は使わないようなスパイスは絶対買わないし、チューブの調味料やめんつゆを愛用。
その為、作中に登場する料理は手軽な材料で作れるものが多く、思わず作ってみたくなるのである。
一方、美容師をしてるケンジは明るくておおらかで職場でもゲイであることを隠さない。
史郎にぞっこんのケンジは史郎を自分の理想の冴羽獠だと言ったり、ゲイらしい趣向を持ちロマンチックなことが好きだ。
毎回必ず登場するのが2人が一緒に食卓を囲むシーンである。
ケンジは史郎が夕食を作ってるから真っ直ぐ帰るし、史郎はケンジの帰宅時間に合わせて調理する（揚げ物は下ごしらえしといて顔を見てから揚げるとか）。
細やかな気配りの出来るケンジは、何でも美味そうに食うだけでなく、ちゃんと史郎の料理を褒めるのがいつも感心する所だ。
もう若くもないし美しくもないオッサン2人が一緒に飯を食ってるだけなのに、ここにも普遍的な幸せがある。
食卓を囲むことで深まって行く2人の絆に、なんだかほのぼのとした気持ちになる反面、不随するドラマはなかなか考えさせられる。
史郎はゲイであることを人には言わない分、ゲイの自分がどうやって自分らしく生きていくかを熟考して来たから生き方にブレがない。
でもそれは自分だけの問題ではなかったのだ。
史郎は筧家のひとり息子だ。
彼が自分のセクシャリティを思い悩んでいたのは高校生の頃だったが、息子がゲイだと知った時、母親はショックで寝込み新興宗教に走ってしまったり、筧家は大騒動だった。
親は息子には普通に結婚してほしかったし孫の顔も見たかったのである。
弁護士になった息子を両親は誇りに思っていたが、どう接すればよいか戸惑い、互いに思いやってはいるのだが、史郎は親とは距離を置いたこともあった。
だがケンジに諫められ正月に帰省するようになり、ある年はケンジも連れて実家に行ったことがあった。
「ただでさえ息子がゲイだってことでショックなのに、そのうえヒゲの生えた恋人なんて見たら親はダブルショックだ」と、ゲイ友には反対された。
結局ゲイなんて気持ち悪いと思われるだけで親の偏見がなくなるわけじゃない。
それでも史郎はこう考えていた。
両親は俺がゲイだとわかった時どう思ったんだろうか？
きっと両親は俺のことを「かわいそうな子だ」と思ったんじゃないか。
もしかしたら自分たちの育て方が悪かったのかと自分を責めたかもしれない。
だから、ゲイの何たるかを知ってほしいってことじゃなく、少なくともケンジと暮らしてて俺は両親が思ってるよりは不幸じゃないんだってことをわかってほしい。
正月吉日、史郎はスーツで決めてカチンコチンに緊張したケンジを、同様に緊張して何を話したらよいかわからぬ両親に紹介した。
史郎と違い家庭に恵まれなかったケンジの父は酒飲みのDV夫で家には滅多に帰ってこなかったから、ケンジも父親という種族と何を話したらいいのかわからぬ。
無口な父親が、ケンジに史郎の高校の時のアルバムを見せてくれ、史郎は勉強ばかりしている子だったと聞かされる。
その時ケンジは、恐らくもう史郎は自分が同性愛者だとわかって一生結婚しないだろうと考え、結婚してないと昇進に響きそうなサラリーマンでなく一匹狼でも稼げる弁護士になろうって心に決めてたんじゃないでしょうか、と言ったのである。
孫の顔を見せられない罪滅ぼしに、せめていい大学に入って弁護士になるのが自分のできる親孝行だと思ったんじゃないか、とも。
子どもの頃、自分は将来女の子になるんだと思っていたケンジも腕一本でやって行くため美容師になったのである。
ケンジの人柄に両親は好感を持ったが、やはりゲイを理解できているわけではない。
「君がスーツを着て来たってことは家で女の格好をしてるのは史郎の方なのか？」とケンジに聞いたり、ゲイを勘違いしてる両親に史郎は呆れる。
でもケンジはそんなことよりも、史郎の実家に行けたのが本当に嬉しかったのだ。
もーそんな事より
俺
夢みたい！
恋人の実家に遊びに行って
親ごさんとご飯食べる日なんて
俺には永久に来ないと思ってたもん
もー俺
ここで死んでもいい！
ケンジが思わず見せた涙に胸を衝かれる。
いつも明るくて人当たりがよくゲイであることもオープンにして生きて来たケンジが泣くなんて。
この世の大方の人間が異性愛者の世界で同性愛者が感じる寂しさを少しわかった気になって切ない。
その後、通りすがりのモブに見咎められ、マジきもいとか言われてるのもご愛敬。
余談だが、この後母親が倒れて寝込んでしまい、「ケンジ君はいい青年なのに申し訳ないが」と前置きしながら、来年はケンジを実家に連れて来ないように父親から史郎に連絡が来る。
そんなにうまく事が運ばないのもかえってリアル。
きのう何食べた？ ７巻より
