akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/好きな場面 ゴールデンカムイ 野田サトル 青い瞳と紡がれた運命

北海道の北にある樺太は、おもに島の南側にアイヌが、北側にはニヴフやウイルタといった別の民族が住んでいた。

北方領土の国後島や択捉島から点々と連なった千島列島にもアイヌは住んでいた。

樺太は1975年の千島樺太交換条約によって当時のロシア領となり、一部の樺太アイヌは北海道に移住をしたが、伝染病の流行などもあり、1905年に樺太の南側が日本領になると帰還してきた。

でも1945年に日本が戦争で負けると樺太は再びロシア領となったので、また北海道へ移住し、その後彼らはちりじりになっていってしまったのである。

アシㇼパの父ウイルクはこの樺太アイヌを母に持ち、父親はポーランド系なので青い瞳を持っている。

まだ子どもだったウイルクは、そのため和人の船に乗せてもらえず両親と樺太に残ったが、自分の村には誰も戻って来なかったという事だ。

そんな話をキロランケから聞いたアシㇼパは「みんなどこへ行ったんだ?」とつぶやいた。

「日本とロシア、二つの国の間ですりつぶされて消えてしまった」とキロランケは答え、北海道のアイヌもいずれはこうなるだろうと言った。

その予告めいた言葉となにがしかの強さを秘めた暗い目がキロランケの底知れなさを感じさせた。

樺太アイヌの血が混じったタタール人として生まれた彼が、ウイルクと共に樺太千島交換条約を結んだ張本人であるロシア皇帝アレクサンドル二世を爆殺したのは1881年の事。

革命派の英雄となったが帝政ロシアから指名手配され10年以上も逃亡生活を続け、極東ロシアのウラジオストクで写真館を経営する長谷川なる人物の前に姿を現した時は、ウイルクとキロランケとソフィアが一緒だった。

ソフィアは長く豊かな黒髪を持った美しい女性だ。

ウラジオストクは中国と北朝鮮の国境近くに位置しロシアの極東政策の拠点となる重要な軍事都市である。

不凍港であるウラジオストクはロシアがアジアに進出する為の重要な港であり、後の日露戦争では太平洋艦隊の別働艦隊が置かれた。

ウラジオストクは日本人街もあるほど日本人はたくさん住んでいた。

3人は偽名を使い長谷川から日本語を習った。

 

キロ「ワタシ、デブ女、好きデース」※キロランケはポッチャリ系が好み

ソフィア(ニヤニヤしながら)「ウンコ」

キロ「ウンコォ?ウンコだめっ」

ソフィア「ウンコ」

ウイルク「チョット!アナタたち、仲良くネ~ 和を以って貴しとなすデショ!」

 

長谷川は男2人の上達の速さに驚き、特にウイルクの頭の良さに感心をした。

だがソフィアには農民出身の2人にはない物を感じたのだった。

日本語を覚える気がなくてウンコしか喋れないからではなく、時折出てくるフランス語に彼女はロシアの貴族階級だという事に気づいたのだ。

ソフィアのようなインテリゲンチャ(知識階級ないし知識人の事を指すロシア語)は農民の中に入り革命思想を広めようとしたが、保守的な農民を動かす事は出来なかった。

絶望した彼らは社会変革の為には専制君主を暴力で倒すしかないとテロに走ったのである。

アムール川流域の少数民族の独立の為に戦っていたウイルクとキロランケが、ソフィアたちパルチザンといつ繋がりを持ったのか定かではないが、3人の心は既に固い絆で結ばれているかに見えた。

ウイルクは目的の為には手段は選ばない合理性と卓越した指導力を持つ類稀なリーダーだったが、彼の凄さは普通の感情を持った人間とは思えない残酷な判断を躊躇なく下せる事であった。

ウイルクとはポーランド語で狼を意味し、彼が幼い頃に見た狼の強さ無駄のない非情な生き方に美しさを感じていた事が由来である。

しかし悲劇が起こった。

写真館が秘密警察に踏み込まれ3人は銃で応戦するが、彼らの目当ては3人ではなく実は長谷川だったのだ。

彼が日本軍のスパイだという事に誰も気づかなかった。

この銃撃戦でソフィアが長谷川の妻と赤ん坊を誤射してしまう事故が起こり、3人はその場を逃れたが、ソフィアは自分を責め続けやがて2人とは袂を分かった。

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ウラジオストクを北上して行きタタール海峡(間宮海峡)が凍ったら、流氷の上を渡り樺太まで徒歩で行ける。

そこから北海道へ渡ろうと言ったウイルクにソフィアはついて行かなかったのだ。

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私は行けない

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ウイルク

あなたを愛しているから

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殺した赤ん坊が頭から離れない

私は女としての幸せはいらない

革命家としてこの土地で戦う

 

過ちとは言え、母子を殺してしまった自分がどうしても許せなかったソフィアは、愛する人についてゆく女の幸せを捨て、革命家として生きる道を選んだのである。

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去るもの追わず。

他人に依存しない自立した人間であるウイルクはアッサリと「また会おう、ソフィア」と言い残し歩き出した。

後ろも見ない。

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降りしきる雪の中で2人をじっと見送るソフィアの姿がキロランケの脳裏にいつまでも残った。

キロランケはソフィアが、ソフィアはウイルクが好きだった。

しかしウイルクは、まったく別のものを見ていたのに違いない。

切ない一方通行である。

彼らはこの後、三者三様の壮絶な生き様を見せ志半ばで散っていったが、アシㇼパに深く関わった3人の若き日の青春の鎮魂歌のようで心に残る。

そして件の長谷川氏とは実はかつての鶴見中尉が諜報活動していた姿だったことも記しておこう。

こんな邂逅もあったのだ。

ゴールデンカムイ18巻より