akのもろもろの話

漫画とかの覚え書き

仮面ライダーギルスの話

皆さま、ごきげんよう

 

芸能人ネタには疎い自分の耳にも入って来ました、「純烈」の友井雄亮さんの脱退引退騒動。

何でも複数の女性に対するDVと預金使い込みと不倫だっけ?

報道されてた多重女性問題は事実だったって事で本人も認め「純烈」からの脱退と芸能界引退という決意を示したらしい。

この人は女にモテそうな感じではあったが、女癖が悪かったんだね。

なんか口が上手そうな感じはしてたけど。

自分は特別ファンというわけでもないけど、友井さんのした事よりも友井さんに対するバッシングの激しさにちょっと引いてしまう。

芸能界を引退するというのも、なんだか切り捨てられるみたいで嫌だなとも思う。

んだけど、さすがに女性への暴力に対しての非難は免れないと思う。

自分もそれはやだな。

せっかく「純烈」が昨年度の紅白歌合戦に念願の初出場を果たして、これからだって言うのにね。

ご存知の通り「純烈」 には、仮面ライダーゾルダと仮面ライダーギルスがいるわけで。

ライダーファンの自分としては、スーパー銭湯にまでは行かないけど心ひそかに応援してたんですよね。

仮面ライダーファンは、仮面ライダー俳優を応援したいものなのよ。

それがこの騒動。残念です。とても。

 

でもたとえ友井さんが報道の通りのクソだったとしても、自分のギルスへの思いは変わらない。ギルスは永遠だ。そんな仮面ライダーギルスの話をば。

 

仮面ライダーギルスは「仮面ライダーアギト」に登場する3号ライダーだ。

 

仮面ライダーアギト」は平成仮面ライダーシリーズの2作目。


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 アギトはこんなあらすじ

前作仮面ライダークウガによる「未確認生命体事件」の終息から2年後、沖縄の海岸に謎の遺物オーパーツが流れ着く。

その後、日本各地で人の力ではあり得ない殺害方法を用いた連続猟奇殺人事件が発生する。

警視庁はこの事件の犯人を「アンノウン」と命名し未確認生命体対策班に捜査を命じる。

 

アギトに登場するのは3人のライダー

 

 

津上翔一(賀集利樹)/仮面ライダーアギト


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浜辺で記憶を失って倒れていた所を発見され、三杉家に居候する。その時所持していた手紙にあった「津上翔一」という名で呼ばれていたが、のちに本名は違う事が判明する。天然でマイペースであり、あまりにものんびりしてるので、自分がアギトだという事を誰にも疑われない。賀集利樹の笑った顔がめちゃめちゃいい。変身シーンは別人のようにカッコイイ。

 

 

氷川誠(要潤)/仮面ライダーG


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未確認生命体対策班G3ユニットでG3の装着員となる刑事。正義感が強く生真面目な性格はゆるすぎる津上翔一とは対照的。津上にいつも翻弄されている。G3は警視庁が未確認生命体の脅威に対抗して開発した強化服だ。氷川は変身ではなく装着する。氷川は普通の人間なのだ。

 

 

葦原涼(友井雄亮)/仮面ライダーギルス


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大学生なのに突然仮面ライダーになっちゃって苦悩する。ちゃんとしたアギトになれなかった為にどこか不完全。常にダメージと隣合わせで傷だらけ。性格は不愛想ですぐ手がでる。でもほんとは優しい。

 

この3人のそれぞれのドラマを同時進行させながら、「あかつき号事件」という海難事件の謎に迫って行くんである。

それはちょっとしたミステリードラマのようでもある。

「あかつき号事件」は、物語の半年前に瀬戸内海を航行中の客船あかつき号に起こった不可思議な事件だ。

その日は快晴で海面は穏やかだったにもかかわらず、あかつき号の周辺だけが暴風と豪雨と高波に包まれた。

当時、香川県警巡査の氷川誠が警邏中に偶然目撃し、あかつき号にたどり着き全員を救助したのだった。

津上翔一はこの時あかつき号に乗船していたが氷川が到着する前に海に投げ出されている。

葦原涼の父親も乗船していた。

 

作中では多くの伏線が張られ、一つ謎がとけそうになると、また新たな謎が現れるという形で物語が展開して行く。

 

そしてすべての元凶となる遺物オーパーツ

オーパーツによって解読されたDNAから誕生した赤ん坊は驚くべき早さで少年(子役の神木君かわいい)へと成長し、美貌の青年へと姿を変える。

 

その正体は人類を創造したとされる神(闇の力)だ。

なんと、アギトとは「闇の力」と対立した「光の力」から授けられた人類の進化した姿なんである。

「闇の力」の目的とはアギトとなる可能性を持った超能力者を殲滅する事にある。

世界がアギトだらけになっちゃうからね。

彼らが戦う敵アンノウンは「闇の力」がつかわす使徒といった存在だったんである。

人類創造とか神様とか壮大な話が出てきちゃって、クウガ以上に伝奇的で、オープニングに登場するイコン画も強く印象に残る。

イコン画キリスト教の聖人とか聖書の有名な出来事が描かれた絵画だが、アギトの世界観をよく感じさせる。

 

そして、クウガとの大きな違いは複数のライダーが登場する事だね。

一条さんという最強のバディーがいるとは言え、一人で戦い抜くのはなんかさみしい。

複数ライダーが最初は反目しあったりしながら段々わかり合い、やがては仲間と認め合う、王道の展開はここから始まったんだね。

自己を犠牲にして人の為に戦ったクウガのヒロイズムは日本人の好きな美しさを持っている。

クウガよりエンタメ色の強いアギトでは、彼らは自分自身が生きる為に戦うのだ。

一斉に変身するシーンも醍醐味で、共闘するシーンは胸が躍る。

 

アギトもクウガと同様に、津上翔一の成長とリンクしながら様々な形態へ進化していく。

そしてアギトと並行して登場するのが、不完全なアギトとして覚醒してしまったギルスなんである。

 

 

葦原涼

葦原涼(友井雄亮)は大学生であり水泳部のホープだった。

彼はバイク事故を機にギルスとして覚醒してしまうんである。

 

本能によって突き動かされるようにアギトに変身する津上翔一や、自分の意志で仮面ライダーになろうとする氷川誠と決定的に違うのは、なかなか現状が受け入れられない所だ。

そりゃそうだよね、突然すぎて。

この葦原涼の自分の身体が変容する恐怖に怯える姿は、へんに悟りきってる津上翔一よりもよほど人間らしいしリアルだ。

こうして葦原涼の苦難は始まってしまったんである。

 

信頼してた水泳部のコーチに打ち明けたらビビって拒絶されちゃうし、恋人にも逃げられちゃう。

自分は化け物になってしまったと怯えながら部屋に引きこもり、大学も結局は辞めちゃうんだよね。

そんな時失踪していた父親が亡くなっていた事がわかり、父の死が「あかつき号事件」に関係してるんじゃないかと思う。

遺品の手帳に記された人たちを探し始めるのだが、とにかく涼が不憫!

行く先々で冷たくされるは、眠ってたら突然殺されそうになるはで、なんでこんな仕打ちを受けなきゃならないのか意味がわからねー。

女には結構モテるけど、涼に関わった女は皆死んでしまうのだ。

ついには、本人も死んでしまう(生き返るけど) 

涼かわいそう!!

アギトの不完全体というのは、要するにちょっとできそこないなんだろう。

力をうまく制御できず、変身するたびに涼の身体には極度の負担がかかる。

その為変身解除すると、身体は老化現象が進行しててなんかもうボロボロなんである。 

戦うたびに満身創痍。

幾度も死線をさまよい、別離を繰り返し、たった一人で、孤独で、自分は何者なのかもわからない。

それはあまりにも理不尽でつらく苦しい事だ。

でも健気!!!

涼は決して逃げずに前へと歩きだそうとする。

涼は強い心の持ち主なのだ。

こんな状況に自分が置かれたら、自分は涼のように強く生きられるだろうか?

マジで考えちゃったりするんである。

 

そんな涼が変身するギルスが好きだ!

スマートなアギトと違って生物的なギルスはすごく野生的。

必殺技は踵の鉤爪を突き立てて決める踵落とし!

そしてやたら咆哮する。


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必ず叫んでいる。

その姿は自分には、運命に翻弄される涼のやり場のない怒りや、異形の者に変わってしまった悲しみがそうさせてるように見えてちょっと切ない。

涼は変身なんかしたくないのだ。

 

ギルスが危なくなると自動運転で駆けつけてくれるバイクも可愛い。


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生き物みたい。

物語後半には、翔一や氷川の他にもう一人のアギト「アナザーアギト」も登場し、時に争い時に共闘しながらやっと仲間という者に巡り合えるのだ。

 

 

夢がなくても生きていける。普通に生きるのが俺の夢だ。


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拾った子犬を連れ、愛用のバイクで旅立っていくラストシーン。

ハッピーエンドのようでいて、やはり涼は最後まで孤独な存在なのだ。

翔一にも氷川にも帰るべき場所があるのに。

だが、友井さんがカッコイイ!

粗野でぶっきらぼうだけど実はとても優しい。そんな葦原涼はアギトの中で一番カッコイイ。

痩せててアゴが目立つ要潤より、断然友井雄亮の方がカッコ良かった。

 

人生とは何なんだろう。

津上翔一は人生は素晴らしい物だと言っていた。

ほんとに素晴らしい物なのか、その答えは結局のところ自分で探すしかないのよ。

まだ若いんだから頑張れ。

 

 

 

 

仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVERも見たし平成も終わるからクウガについて書いとこう!

皆さま、ごきげんよう

「平成仮面ライダー20作記念 仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER」を見ました。

仮面ライダークウガから始まって現在放映中の仮面ライダージオウまで、平成を戦い抜いた仮面ライダーの歴史も終わるのね。

 

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あらすじ

仮面ライダージオウチームと仮面ライダービルドチームのそれぞれの仲間たちが次々記憶をなくしていく。

そこへ現れたシンゴという男の子は、仮面ライダークウガは知ってるのになんでかそれ以降のライダーは知らないと言う変な子供だ。

初代さまとも言うべきクウガは2000年に放送してたんだから、シンゴが生まれる前のはずだしなんか妙なのよ。

そしてソウゴと戦兎が助けようとしたにも関わらず、シンゴはアナザーライダーに拉致されてしまうのだ。一体何の為に?

そんなこんなでソウゴが高校へ行くと、アタルという名のツクヨミの事を知っている男子生徒がいて、彼は知ってるはずのないライダーの秘密を知っているんである。

うれしそうに話しかけてくるアタルに不審感を拭えないソウゴと戦兎だが、とんでもない事を聞かされる。

自分は仮面ライダーのファンで、イマジンのフータロスと契約してライダーが現実にいる世界を作ってもらってるんだから、仮面ライダーは僕の妄想の世界の産物なんだと言い出すんである。

仮面ライダーは現実の存在じゃない」

・・・ソウゴショック。

真相を突き止めようとするソウゴと戦兎の前に、すべてのライダーの歴史を消し去ろうとするスーパータイムジャッカーのティードが現れる。

ティードはアナザー電王やアナザーWを操り、仮面ライダーを消す為にシンゴを手に入れ封印しようと企んでるのであった。

 

 

感想

平ジェネのシリーズって、レジェンドの仮面ライダーが客演するだけのお祭り映画ってだけじゃなく、ストーリーがしっかりしてるから見応えがあるんす。

でも面白かったけど感動するシーンもあったけどライダーが大集合するのも良かったけど・・・

うーん、今回のはねー、少し設定が複雑すぎてなんかよくわかんなかったな。

小さいお友達は理解できてたのかな?

それにあのティードって凶悪そうな人は、なんであそこまでライダーの世界を消そうとしたかったの?

その動機は何なん?過去になんかあったの?

あと一緒に見に行った友人が、ピンチになってデンライナーが助けに来た途端にウッ、とか言って鼻をすすりだしたんで

「えっ、そこ泣くとこ?」と思って隣が気になっちゃってwwww

泣くんなら佐藤健氏が出たとこだよ。

 

でもまあゲイツのソウゴへのツンデレっぷりとか、ソウゴに翻弄されるウォズとかジオウは見てて楽しいな。

あと子供がお母さんを待ってるみたいな感じで、戦兎を待ってる万丈とか笑ったな。

その後お約束の戦兎のバイクで2ケツだから、二人はもうすがすがしいほどの安定感。

これは仮面ライダーの戦いであると共に、シンゴとアタルという二人の兄弟の物語でもあるわけで、兄弟愛も良かったと思う。

平成ライダー勢揃いという大仕掛けなラストに向かって、一気になだれ込む展開も胸アツなんである。

 

仮面ライダーは、自分の世代はこれだったってライダーが誰の中にもいるんだよね。

その記憶は虚構なんかじゃない。

仮面ライダーは作り物なんかじゃなく、ライダーを愛するそれぞれの人の心の中に本当に生きてるのだ。

そういう劇中のメッセージは感じられた。

自分は特に平成1期ファンなんだけど、自分にとってライダーっていうのは、いつも弱いダメな自分を𠮟っては強く生きる事を教えてくれる(おもに剣崎一真)

たとえば自分たとえば隣で泣きっぱなしの友人とか、映画館に足を運んだファンが劇中で自らと重なるっていうね、いい演出だと思った。

 

でもあれだけクウガクウガ持ち上げるんなら、オダギリジョーさん出たら良かったのにね。

 

そんなわけでクウガなんである。

 

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仮面ライダークウガ」は平成仮面ライダーシリーズの第1作目である。

 

ざっくりあらすじ

西暦2000年。

長野県山中の九郎ヶ岳で謎の古代遺跡が発見された。

ところが石棺の蓋をあけた事で目覚めた謎の存在により調査団は全滅させられてしまう。

捜査にあたった長野県警刑事の一条薫は自称冒険家の青年五代雄介と出会う。

友人の沢渡桜子が古代文字の解析を行っていた事から遺跡を訪れた五代は、そこで見た遺物のベルトから超古代のイメージを見る。

その後怪人の襲撃を受けた五代はとっさにベルトを装着して戦士クウガとなったんである。

そして彼が最も愛する人々の笑顔を守る為に怪人(グロンギ)と戦う事を決意する。

 

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 五代雄介(オダギリジョー)には両親は既になく妹が一人いるだけだ。

保育士をしてる妹みのりはアパートで一人暮らしをしているが、かなりのおっとりさんでお兄ちゃんに絶大な信頼を寄せている。

兄妹の親代わりは、喫茶ポレポレのマスター(きたろう)だ。毎度ベタなギャグを連発してはほのぼのとした雰囲気を醸し出している。

きたろうさんが出てくるシーン好きだ。

五代はここに居候してて店が忙しいと手伝ったりする。

寅さんが旅から戻ってくる柴又の団子屋みたいな場所なのだ。

世界中を旅して回る五代は今は日本にいるけれど、ある日ふらっといなくなってしまいそうな、そんな気がする人なんである。

おおらかで能天気かなってくらいに明るいけど、掴み所がなくて変わってる。

そしてなんか飄々として見える彼が、実は強靭な意志と泣きたくなるほど優しい心を持っている事が、観ているうちにわかってくるんである。

 

五代雄介が戦う敵は怪人集団「グロンギ」である。

グロンギはかつてのショッカーなどと違い世界征服などは狙っていない。

大量殺戮を目的とする戦闘種族で、独自の言語「グロンギ語」を用いてコミュニケーションを行い、殺人ゲーム「ゲゲル」に興じる。

グロンギは冷酷で残忍で心の底から人殺しを楽しんでるんである。

このゲームを仕切るのは「バラのタトゥーの女」と呼ばれるグロンギで、なんとも謎めいた美女だ。

彼らには階級がありこれが非常に重要で、ゲゲルに成功すると階級が上がれるんだけどなかなか難しいし、上は下を見下している。

人間態の時のファッションも上に行くほどセンスが良かったりする。

 

物語は五代雄介と、現代の日本に復活したグロンギを「未確認生命体」と呼称する警察組織が共闘する展開で進行する。

未確認生命体には番号が付けられていて、クウガは「未確認生命体第4号」と呼称されている。

作品にリアリティーを持たせる為に仮面ライダーという言葉は出てこないんである。

また実在の地名や時間経過の正確性とかにもこだわってて、大人が見ても満足できるような人間ドラマになっている。

 

クウガには2号ライダーはいない。

最後までクウガが一人で戦う。

その代わりに、一条さんという最強のバディーが登場する。

 

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一条薫(葛山信吾)は警視庁未確認生命体関連事件合同特別捜査本部が立ち上がると、長野県警から出向してきた刑事だ。

一条さんはポレポレのマスターが「コート着たハンサムさん」と呼ぶなどかなりのイケメンである。

五代があんな感じなんで対照的だ。

女にもモテそうだ。逆にモテなかったら変だ。男が好きなのか?と思うよ。それくらい女にモテて当然なイケメン振りなんである。

 

だがしかし、この男は堅い!

真面目過ぎるんである。

隙もない。

仕事一筋なんである。

そして感情を表に出さない。

なんか殉職した警察官だったお父さんに憧れて刑事になったんだけど、殉職した日が自分の誕生日だったんで、それ以降は誕生日プレゼントは誰からも受け取らない事に決めてるんだよね。

知らずに誕生日プレゼントを渡そうとした婦警さんもいたけど受け取らなかったし、なんか不器用で頑固なのね。

 

一条さんは最初は五代を軽薄そうな奴だと思ってて、あと一般市民を戦いに巻き込みたくないっていう公僕の鏡みたいな人だから、五代を認めようとしなかったのね。

でも五代の中に自分と通じる物を見出してからは、彼の一番の理解者になるんである。

警視庁の秘密兵器のバイクとか、お前が使えって言って勝手にあげちゃうし。

それは、この戦いには五代雄介が必要だし、彼が使ってこそ意味があるとわかってるからなんだ。

 

でも警察はクウガを「未確認第4号」と呼んでた位だから、五代に対して懐疑的な見方をしてる人もいる。

クウガが未確認生命体を倒した後の大爆発で、一般人に甚大な被害が出てしまった事もある。

するとマスコミに追及された警察が、責任逃れにあれは第4号の単独行動だなんて言って、クウガのせいにしたりするんである。

五代があんなに戦ってるのに何なのよ警察は~、って腹立たしくなる。

 それを一条さんが両者の間に入り懸命にフォローしたり、クウガの警察での立場を確固たる物にしようと尽力したり、五代の身体を気づかったり、常にクウガが戦いやすいようにと心を砕く。

一条さんにはわかってるのだ。

この強大な敵と対峙する事ができるのは五代雄介だけだと言う事を。

 

そして一条さんと言えばライフルだ。

未確認生命体出没の一報があれば二人は現地へ急行する。

五代はバイクで一条さんは車で向かい、到着するや飛び込んで行く。

五代は変身するけど一条さんは生身の人間だ。

でも全然ひるまない。

そんなに撃ったらクウガに当たるんじゃね?と心配になる位バンバン援護射撃する。

しかも相当な腕前なんである。

 

クウガを見守り、五代が無事に戻ってくればホッと安堵した表情を見せる。

だが、無口な一条さんは気安く言葉をかけたりはしない。

二人は心が通じてるから言葉はいらないんである。

一条さんが五代を支え、その力は最後まで強くて確かで揺るがない。

その力に支えられ五代は覚醒してゆくんである。

クウガの面白さは、五代雄介が様々の形態のクウガに超変身したり、覚醒して進化していく事でもある。

五代の戸惑いや成長や心の高まりとシンクロしながら、クウガは姿を変えてゆく。

 

だが一条さんは五代に対して屈託があった。

それはこの戦いに彼を巻き込んでしまった事だ。

ラスボスであるン・ダグバ・ゼバとの最終決戦に向けて二人は吹雪の中で向かい合う。

「こんな寄り道はさせたくなかった。君には冒険だけしていて欲しかった」

一条さんは思わず自分の心情を吐露してしまうんである。

 

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クウガとン・ダグバ・ゼバの戦いは最後には変身が解け素手での殴り合いとなった。

楽しそうに相手を殴るダグバと涙を流しながら相手を殴る五代の姿は対照的だ。

きっと五代はこれまでも、マスクの下では泣きながら戦っていたに違いない。そう思えば、一条さんでなくとも胸が傷むんである。

 

 無慈悲な遊戯で理不尽にも命を奪われた人たちの悲しみの為に、皆の笑顔を守る為に五代は戦った。

その優しさを強さに変える為に彼は泣きながら歯を食いしばって戦ったのだ。

 

昨今の仮面ライダーのバトルシーンはCGのせいもあってきれいで華やかだ。

それは時代の流れで別に悪い事ではないのだが、クウガがなんか地味に見えてしまう。

クウガは革新とか原点とか色々言われるけど自分はいぶし銀だと思ってるんである。

 

 

アドルフに告ぐ 手塚治虫 それぞれの正義とは何なのだろうか

皆さま、ごきげんよう

人呼んで「マンガの神様」手塚治虫はその生涯で15万枚700以上のタイトルの漫画原稿を書いたとされます。

手塚治虫の作品で好きなのはどれですか?

自分もいくつかありますが、なかでも晩年の傑作と言われる「アドルフに告ぐ」は好きな作品の中の一つです。

この漫画が訴えてくるものはすごく深いんですよ、という話。



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全5巻


あらすじ

 

1936年8月、ベルリンオリンピック

歴史に残る大江・西田・メドウスの棒高跳び決勝が行なわれている頃、ベルリン大学近くの下宿で一人の日本人留学生が殺されてしまう。

アドルフ・ヒットラーの出生にまつわるある秘密を握ったからだ。

 

この物語には3人のアドルフが登場する。

一人目は言わずと知れた、ナチス・ドイツの指導者アドルフ・ヒットラーだ。


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[引用元「アドルフに告ぐ」]


そしてあとの二人は日本の神戸に住んでいる。

ユダヤ系ドイツ人のパン屋の息子、アドルフ・カミル。


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[引用元「アドルフに告ぐ」]


ドイツ人の父と日本人の母を持つ、アドルフ・カウフマン。


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[引用元「アドルフに告ぐ」]


この時代、日本に住んでる外国人に対しての日本人のバッシングって強烈なんす。

カウフマンなんて優しい子なんで日本人の子供からいじめられて泣いて帰って来るんす。

カミルの方は懸命に日本人になりきろうと頑張ってるけど、その頑張りを日本の子供は認めないんだね。

子供の世界でも何かにつけて差別される。

でもカミルは強い子なんで、いじめられてるカウフマンを助けてくれたり励ましてくれたりして、二人は親友なんだよ。

 

ところが日本の総領事館員のカウフマンの父親はナチス党員だから、劣等民族のユダヤ人とはつきあうなって厳しくたしなめてくるわけ。

ここは日本だからあいつら無事でいられるけど、ドイツではまともな暮らしは出来ない身分なんだぞ、って言うの。

カミルとは仲良しなのになんで?

その時まだ小さかったカウフマンには父親の言ってる意味が理解出来なかったのだ。

 

 

 

ゲルマン民族の優越と反ユダヤ主義で、ユダヤ人を迫害しこの世から抹殺しようとするヒットラーに実はユダヤ人の血が流れていた・・・・!!

 

 

ヒットラー出世の秘密を示す証拠書類はひそかに日本へ送られ、殺された留学生の兄であり新聞記者の峠草平の手に渡る。

その為、峠はゲシュタポのランプと日本の特高警察の赤羽からも追われる事になり、勤めていた通信社も辞めさせられ住む場所も失くし追いつめられて行く。

 

1939年9月、ドイツ軍のポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発する。

 

ドイツに留学したアドルフ・カウフマンは優秀なナチス将校となっていた。

神戸に住んでいた頃は高圧的な父親に怯え、優しい日本人の母親に甘え、ユダヤ人を嫌いになれと教えるヒットラーユーゲントには入りたくないと涙を流した彼。

 

父の死去にともない母と別れひとりぼっちでドイツにやって来たカウフマンは、大人になるうちに、純粋なドイツ民族の血を賛美する教育の中で日本人との混血である事に悩まされる。

そしてカミルとの友情に苦しみながら、やがてはユダヤ人迫害へと手を染めるようになってしまうのだ。

 

 

一方、神戸に住むカミル一家にもユダヤ人迫害の手は刻一刻と迫ってきていた。

 

 

 

 感想

アドルフに告ぐ」は、1983年から1985年に漫画雑誌ではなく週刊文春で連載されていた。

「アドルフ・ヒットラーにはユダヤ人の血が流れている」という説を前提として描かれているが、これは手塚治虫の創作ではなく昔こういう説が本当にあったらしい。

現在ではこの仮設は否定されているのだが、もしこれが事実ならばヒットラーはこの汚点を必死で隠そうとしたに違いない!

という発想から出発した手塚治虫が、日本とドイツを舞台にナチス・ドイツ興亡の時代に肉薄するような綿密な設定で描いた歴史漫画だ。

 手塚治虫はストーリー漫画の第一人者だと言われるが、この作品も実によく練れてて読み応えがあるんである。

最近の週刊連載の漫画が、取って付けたような展開になったり途中から迷走したりキャラを死なせるべき時に死なせられないのとか見てると、なんか苦々しく思う昨今なんである。

それにキャラクター至上主義とゆうか、確かに魅力的なキャラクターが登場する事は面白い漫画の条件だとは思うよ。

でもキャラ設定とか世界観も大事だけどもっとストーリーも練ってよ、って言いたい。

まあ文句言いながら結局読むんだけどね。

 

 

手塚治虫宝塚市出身だから神戸は目と鼻の先であり、作中でも戦前戦後の神戸の町が写実的に描かれている。

自らの戦争体験もあるから、B29の焼夷弾が神戸に落ちる場面などはリアルだ。

空襲警報が鳴って防空壕の中に入り息を潜めていると、上空にB29が飛んでくるゴォンゴォンていう不気味な太鼓のような音が遠くから響いて来るのだ。

その音が段々大きくなって来ると防空壕の中の人たちに緊迫感が走り、顔を伏せて祈っている人もいる。

自分の真上で爆弾を落とされたらすべてが終わってしまうからだ。

その音が通り過ぎて行くと、良かったとホッとするわけだがその爆弾はどこか違う場所で落とされるんである。

今日は助かったけど明日こそは自分の町かもしれないのだ。

 

なんて嫌な時代なんだろう。

男は皆戦争に取られ子供たちは田舎に疎開させられて、町には女と年寄りしか残っていない。

寡婦となったカウフマンの母親が自宅を改装してドイツ料理店を開こうとすると、「物価統制令管理闇価格査察委員」とかいうじいさんがやって来て、国民がひとしく窮乏に耐えてる時に非常識だと威張りだし、スープか雑炊しか出せなくなる。

日本生まれで日本人の小学校に通ったカミルの恩師である小城先生は、反戦的な詩を書いただけでアカだと決めつけられ特高につけ回される。

「銭湯の冗談も筒抜けになる」とまで言われた特高の監視や取り締まりの恐ろしさ。

特高ゲシュタポの執拗で非人道的な行為は、手塚治虫の丸っこいタッチを持ってしても見るに耐えないほど残酷なのだ。

 

けれどそんな暗い抑圧された時代であっても、人は恋をするし女は赤ん坊を産むんだよね。

手塚治虫反戦への願いと、戦いを知らない新しい生命が育って行くというね。

戦争で何もかも失くしてしまっても、精一杯生きようとする人間の姿が素晴らしいんである。

そして日本とドイツで、アドルフ・ヒットラーの極秘文書を巡って翻弄される様々な人たちの人生と、二人のアドルフの運命の物語なわけだ。

 

 

ユダヤ人を嫌いになりたくなかったのに、ドイツへ渡りアドルフ・ヒットラー・シューレ(ナチス幹部を養成する学校ね)へ入学して、そこで段々と変わっていくカウフマンを見ているのはつらい。

優しい子供だったカウフマンは絶えず苦悩し続け、偶然再会したカミルの父親を殺してしまう。

純血のドイツ人でないが為に自分の忠誠が疑われていると感じ、それはユダヤ人を殺す事でしか証明できなかったからだ。

日本にいるはずのカミルの父親がドイツにいるはずない、別人だ、と自分に言い聞かせながら、次々とユダヤ人殺害へと手を染めるようになってしまう。

やがてヒットラーのお気に入りとなり側近となったカウフマンは、ヒットラーの人柄や孤独な側面を間近で見るようになり、ついには出生の秘密を知ってしまうのだ。

 

 

自分にユダヤ人の血が入っているからこそ、ヒットラーは狂ったように悩んでいるんだ・・・

 

自身も異民族との混血であるカウフマンは、そんなヒットラーを憐れみ何としても自分が総統を守らねばならぬと決意する。

それこそ、命懸けで人生のすべてをかけて。

 

その結果、カウフマンはユダヤ人も日本人も見下す、骨の髄までナチズムに支配されるようになってしまう。

だからヒットラーが死に戦争が終わると国家もイデオロギーも無くなって、身を粉にしてやっと手に入れた文書はクズ同然となり何もかもを失ってしまうのだ。

自分は今まで何をしてたんだ。自分はまったく哀れなピエロだと嘆くカウフマンを、皆茫然と見ているだけだ。

 

 

 

でも手塚治虫がすごいと思うのはここで終わらせない所。

戦争は終わっても歴史は続いて行く。

 

第二次世界大戦が終わってナチスが崩壊するとユダヤ人難民たちは、自分たちの祖国をパレスチナに建設しようとした。

そして国連はそれを認めたんである。

1948年にユダヤ人がイスラエル共和国を建国したパレスチナの地には、もともと宗教も風俗もユダヤ人とは異なる民族アラブ人が住んでいた。

彼らがすんなりとイスラエルの建国を認めるわけがなかった。

アラブ諸国の軍隊はたちまちイスラエルに侵攻し、こうして宿命の長い長い紛争の火蓋がきられたのである。

果てしない攻防戦と限りなく破壊される町と無差別なテロと多くの人の死と報復と・・・

 

ユダヤ人はやっと手に入れた祖国を守る為に、アラブ人は自分たちが住んでいた土地を取り返す為に、それぞれの正義をふりかざし戦った。

皮肉にも、かつてはナチの残虐行為に追われ被害者だったはずのユダヤ人が、今ではナチス以上の残虐行為を行う加害者となってしまっているのだ。

 

 

カミルはイスラエル建国にその身を捧げ、カウフマンはナチスの残党狩りから逃れながらパレスチナ解放戦線に身を投じる。

子供の頃親友だった二人がそれぞれの人生を生きた結果、数奇な運命により今は敵同士となったのだ。

 

カミルとの対決を前に「おれの人生は何だったんだろう」と一人つぶやくカウフマンが哀れでしょーがない。

心優しい少年だったのに、ナチス・ドイツで間違った教育を受けて冷酷に変貌していったカウフマンもまた被害者なのだろうか。

でも間違っていてもいなくても子供だった彼に選択肢など与えられなかった。

カウフマンは自分の置かれた環境で懸命に生きるしかなかったのだ。

だが、そう言うには彼はあまりにも多くのユダヤ人を殺し過ぎちゃったんだよね。

 

正義って何だろうね。

 

おまえの正義はオレの正義じゃねえぜっつって、いつまでも平行線のまま。

正義のためなら殺人も正当化されるのか。

自分たちに正義があることを証明するためには、戦争に勝つよりほかないんだろうか。

でも正義が戦争の勝利で証明されるなんて考えは間違ってると思う。

 

大人はその事を子供にどうやって教えればいいんだろうか。

それこそが手塚治虫がこの作品の中で言いたかった大きなテーマだ。


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[引用元「アドルフに告ぐ」]

 

悪魔のようなあいつ デカダンでバイオレンスな沢田研二

皆さま、ごきげんよう

正月暇でしたので、「悪魔のようなあいつ」をアマゾンプライムで有料視聴しました。昨年何かと話題だった沢田研二さんが1975年に主演したテレビドラマです。

なんかもーね、面白かったです。あと若き日の沢田さんが超絶かっこよくて、ていうかもー美しいのよ。そんなわけですっかり心を奪われてしまった話。

 

 

あらすじ

舞台は1975年、横浜山下町。

加門良(沢田研二)は「クラブ日蝕」でギターの弾き語りをする歌手だ。

 

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それだけでは食っていけず、クラブのオーナー野々村(藤竜也)から斡旋された女性を相手に売春していた。

 

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良は一晩10万で買われる高級コールボーイだった。

 

 

良には二つの秘密があった。

一つ目は、グリオプラストーマという悪性の脳腫瘍に犯されていた事だ。

突発的に起こる発作は激しい頭痛や痙攣をともない、良を悩ませていた。

 

そんな良につきまとう怪しげな影があった。

 

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良が以前働いていた八村モータースの社長八村(荒木一郎)が妻のふみよに命じて、良の身辺を探らせていたのだ。

 

八村が疑っていた良のもう一つの秘密。

良は7年前に起こったあの「三億円事件」の犯人だったんである。

 

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うーん、有名なアレね。

 

その時効がいよいよ今年の12月10日に迫っているわけ。

その日を心待ちにしている良は、自分への疑いを誤魔化す為に暴力とセックスでふみよと関係を持つと、彼女をまんまと丸め込んでしまうのであった。

 

 

 

ある日、「クラブ日蝕」に三億円事件を執拗に追う刑事白戸(若山富三郎重鎮)が現れる。

 

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良が三億円事件の犯人だと睨む白戸は、八村を拷問して話を聞き出すと八村モータースに居座ってしまう。

八村とふみよは当然ながらすごい迷惑そう。

だが事情を知らない八村の母親(浦辺粂子)とは、なんでか意気投合。

八村家のお茶の間でちゃぶ台を囲んで一緒に飯を食う重鎮、おかわりしたり遠慮がないwww

なんか謎のホームドラマ的ノリに(ー_ー)!!

 

 

 

一方、良は頻発する発作に耐え兼ね病院で主治医(金田竜之介)を暴行、余命半年持ってあと1年だと聞き出す。

やけっぱちになり電車の中で知らない人にからんだりしてひと暴れした後に、以前自分を買った事のある恵い子(那智わたる)に再び買われる。

でも胸にポッカリと穴があいてしまったかのように虚しい気持ちの良は、恵い子からもらったお小使いの札束をトイレに流してしまうのだ。

トイレ詰まらないのかな、と余計な心配をしていると

「何億あっても買えない物がある。人の気持ちと命だ」とつぶやいた良が恵い子相手にまた暴行してるんである。

 

三億円の隠し場所を探して、重鎮は良の住まいを違法に捜索し部屋の中を滅茶苦茶にしてしまうが金は見つからない。

実はその金は、足が不自由で入院している良の妹いずみの車椅子に隠してあったのだ。

その車椅子からはみ出していた万札(聖徳太子のお札デカッ)に、気づいてしまった看護師静枝(篠ヒロコ)を良はまたもやセックスで自分の虜にして疑惑を誤魔化してしまう。

 

部屋で一人になった良は、新たな隠し場所に移す為車椅子から三億円を取り出しベッドに並べて眺めたりしてみる。

うれしそう。

できれば峰不二子みたいに全裸で札束の上に寝たりすればいいのに・・・

 

 

その頃八村はふみよに子供が出来たので大喜びしていた。

でも実はお腹の子の父親は良だったんである。

そして麻雀の負けがこんで借金がすごい事になってた八村。

オカマのやくざ(伊東四郎笑)からの取り立てにあってにっちもさっちもいかない状況に陥ってたのだ。

 

 

「クラブ日蝕」では、良が車椅子から取り出した1枚の一万円札を野々村に見せていた。

良「捜査関係者しか知らない、一万円札の中にナンバーが控えられている物があると言ってたけど、本当に野々村さんはそのナンバーを知らないのか?」

元刑事の野々村は顔色を変えてその札にライターで火をつける。

すると突然現れた重鎮が野々村の手首を捻りあげたので、野々村は慌てて燃え上がる札を手で握り潰した。

札は野々村の手の中で灰になっていた。

 

 

本当は野々村は一万円札のナンバーの控えを隠し持っていた。

良♡loveな野々村は、良が自分の手元から離れて行ってしまう事を異様に恐れていたんである。

 

 

感想

悪魔のようなあいつ」の原作は阿久悠で昭和の絵師上村一夫が作画を担当した漫画だ。

 

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このドラマは、実際に起こった「三億円事件」という昭和最大の未解決事件がモチーフになっている。

 

三億円事件」は1968年(昭和43年)12月10日午前9時30分頃、雨の中を日本信託銀行国分寺支店から、府中の東京芝浦電気事業所まで従業員のボーナスを積んでいた現金輸送車から現金三億円が強奪された事件だ。

現金輸送車が府中刑務所の壁を左側に見ながら走る通りに差し掛かった時、ニセ白バイに乗って警察官を偽装した男が後方から近づいてきて停車するように合図した。

「支店長宅が爆破された。この車にも爆弾が仕掛けられたという情報があるので調べさせてもらう」と言うと、輸送車の車体の下回りを調べる振りをして隠し持っていた発煙筒に点火。

「爆発するぞ。早く逃げろ!」と言われて銀行員が慌てて車から降りた所、男はその輸送車に乗り込み運転して逃走した。

 

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なんか鮮やかに奪われちゃったな。

実は事件の4日前の12月6日に、日本信託銀行国分寺支店長宛に「現金三百万を指定の場所に持ってこないと支店長宅を爆破する」という脅迫状が届いていたのだ。

当日犯人は現れなかったのだが行員たちはこの事が頭にあったんだね。

 

当時大学卒の初任給が3万円という時代なので、当時の貨幣価値での三億円はすごい金額だったらしい。

また奪われた三億円のうち、番号がわかっていた五百円札二千枚分のナンバーが公表された。

この事件では、ニセ白バイ初め多数の遺留品があった為に犯人はすぐ検挙されると思われていたが、捜査は長期化。

11万人超えの容疑者がリストアップされたが、事件は未解決のまま7年後に時効を迎えている。

 

 

三億円強奪事が起きる前に、日本信託銀行脅迫事件の脅迫状と同じ筆跡で多摩農協脅迫事件が起こっていて、警察はこの3事件は同一犯人と見ていた。

ドラマでは2件の脅迫事件の犯人は八村で、従業員だった良がそれを知り単独で三億円強奪事件を起こした事になっている。

 

良は非常に頭が切れる人物で周到な計画を立てている。

バイク屋で働いているからバイクの扱いはお手の物なので、スプレーで白く塗ってニセ白バイを作ったりする。

警官の制服は、エキストラをしてた同僚が撮影所からくすねてきたのを譲り受けたりして準備に余念がない。

 

降りしきる雨の中を、沢田さんが再現する三億円強奪のシーンは臨場感があってドキドキなんである。

でもこのドラマが放送されていた年の12月10日が、実際の事件の時効日だったので、揶揄されてるみたいで当時の警察は面白くなかったんでないかな。

毎回ドラマの最後は沢田さんの「時の過ぎゆくままに」という名曲の歌唱シーンなんだけど三億円事件の時効まであとO日というカウントダウンのテロップが出てなんかあおってるみたいなんだよね。

懸命に捜査してる警察の人を愚弄してるとおもいませんか~とか今だったら言い出しそうな人がいそうだけどね。

 

 

それにしてもこの加門良を演じる沢田さんが、いつも気だるげで虚無な感じがハマリ役なんすよ。

沢田さんに惚れこんでる伝説の演出家久世光彦や、沢田さんと仕事がしたかったっていう阿久悠とか、皆から崇拝される沢田さんてただのアイドルとは違うんだね。

 

きれいで、一見優しそうな良はそりゃあよくモテる。

ちょっと見は弱い存在のようにも見えるんだが、本当はたちが良くない。

美しさの奥に何か暴力的なものを秘めているのだ。

良が自分から女を抱く時は、疑いを持たれたり犯人だとばれそうになった時だ。

自分の虜にして支配する為に「前から好きだったんだ」なぞと甘い言葉で抱いてしまう。

そうして女が夢中になってしまうと、自分はもお所在なげになんか物憂げな顔で窓辺から外を見てたりするんである。

もーすべてに飽き飽きしたなーって感じで。

 

 

良は女だけでなく男でさえ魅了してしまう。

 

藤竜也さん(かっけー!)演じる野々村は「汚い仕事は俺に任せろ。おまえの為なら何でもしてやる」と言ってはばからないほど良に惚れこんでいる。

野々村はかつて三億円事件の捜査を攪乱する為に、わざと誤認逮捕をしてそれが原因で警察を辞めているのだ。

そんな良の為にすべてを捨てた野々村なのに、良はいつも塩対応。

報われない愛に、苦しそうにりょおおおお!!!と叫ぶ野々村の男の純情が滑稽でなんか切ないんである。

 

 

みんなそれぞれが一生懸命に生きてはいるんだけど、うまくいかない人生に虚しさを抱えていて、良の中に光を見出しては引き寄せられていくんだよね。

 

でも結局良は誰も愛していなかったんだろう。

まさに悪魔のようなあいつなのだ。

 

冒頭はデカダンなジュリーの存在感でミステリードラマっぽいのだが、話が進むうちに、良が三億円を奪われたり奪い返したり、記憶喪失になったりとジェットコースターな暴走展開で先がまったく読めない。

 

堕ちてえ~いくのがあ~しあわせだよと~と歌う切ない名曲と、昭和のテレビドラマの面白さと、沢田さんの魅力を知ってしまったんである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の少年 高野ひと深 せつなすぎて言葉にできない!

皆さま、ごきげんよう

高野ひと深の「私の少年」は現在「週間ヤングマガジン」で連載中です。

今回は「私の少年」がせつなすぎて泣けちゃう、という話。

 

私の少年・・・タイトルがいいよな。


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既刊5巻

 

あらすじ

多和田聡子は今年で30歳。

独身で一人暮らし、職業はスポーツメーカーの営業職だ。

聡子は仕事もできるし同僚からの信頼も厚いきちんとしてる女性だ。

ベタベタ甘えたり誰かに依存したりしない、いつも冷静でドライなんである。

物事や人に対してもあまり執着心を持たないから、言動も自然とサバサバしたものになってしまう。

 

聡子の上司の椎川は、何かにつけて冗談を言ったりからかったりして、聡子を困らせたり怒らせたりして楽しむ。

二人は大学時代つき合ってたんである。

別れを切り出したのは向こうからだが、聡子は離れる人を追うような事はしない。

もう未練などないと思ってるから、飲みに行こうなんて誘われてもさっさと帰宅してしまう。

人と飲みに行ったりするよりも帰り道缶ビールを買って、夜の公園で一人グイッと開けたりする方が性に合うのだった。

 

そんな夜に、聡子は公園で一人サッカーボールを蹴る早見真修と出会う。

真修は12歳だ。

大学時代はフットサルサークルに所属していた聡子は酔った勢いもあって、相手も子供だし、見てなこれはこうやるのてな感じでボールの蹴り方を実演して見せる。

「わ〜プロの人ですか〜」と素直に感心してるその子が、近くで見たらすごい美少女だったんで驚くと「オレ男です」と言うんで二度ビックリしてしまうのだ。

話してみるととてもいい子なんだけど、こんな子供が夜の公園で一人でサッカーしてるのも妙だ。

真修の事がなんだか気にかかる聡子は、成り行きもあってサッカーを教えてやる事にする。

 

 

どうやら真修には母親はいないらしく父親は仕事が多忙で不在がちなようだった。

弟の面倒を見ながらサッカークラブに通っていて、弟が塾に行っている時間に公園で練習をしてるのだと言う。

なにか訳ありげなんだが、聡子は余計な詮索はしない。

 

 

サッカーであれ野球であれ、こういうスポーツ少年チームには親のサポートが必要不可欠だ。

ところが遠征で送迎が必要でも父親には頼めない真修を、見るに見かねて聡子はレンタカーを借りて送迎してやったりする。

そこまで首を突っ込む必要があるのかと思いながらも、なんだかほっておけなかったのだ。

しかし聡子は、年下の子にレギュラーを取られベンチで試合にも出られない真修に、何て声をかけてやればいいのかわからなくなってしまう。

「試合に出られなくても応援を頑張ります」とけなげな事を言う真修に、気軽に頑張ってなんて言えないって思ったのだ。

遠くからそっと真修を探してみると、レギュラーになった年下の子を声を枯らして一生懸命に応援している姿が目に入る。

その子供らしい純粋さに何か感じる物があった聡子は、試合後「真修、応援よく頑張ったね」と素直に言ってやる事ができるのだ。真修の頭をわしゃわしゃ撫ぜながら。

 

 

行きの車内では聡子がかける曲を真修は知らなくて、なんだか噛み合わなかった二人。

だけど帰りに岡本真夜のtomorrowが流れると、助手席の真修が合唱大会で歌ったから知ってると言いだして歌い出すのだ。

聡子も嬉しそうに笑う。

それはなんだかとても幸せで清らかな光景なんである。

 


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【引用元「私の少年」】

 

 

 

小片奈緒ちゃんは真修と同じクラスの女子で、時々サッカークラブの手伝いをしている。

真修が一緒にいたお姉さんは誰なんだろうと気になってたから聞いてみる。女の子ってよく見てるのだ。

「お姉さんじゃないけど、やさしい人なんだ」と真修は答える。

奈緒ちゃんは一緒にやるはずの女子がサボって、真修が一人でうさぎ小屋当番をやってるのに気づいて手伝おうとする。

真修は全部のうさぎに名前をつけていて教えてくれる。

掃除を手伝いながら真修に「小片さんやさしいね」と言われ、「ええ?そんなの普通だよ」と軽く流してしまう。

 

普通って何だろう。

奈緒ちゃんは優しくてしっかり者で感受性が強い。

小6ともなればクラスには色々な子供がおる。

男子の目を気にしてお洒落をしてくるおマセな女子もおる。

ねぇねぇ聞いてよ〜、と真修が座っている席の机にランドセルを無造作に置いて話に夢中になる失礼な女子もいるのだ。

奈緒ちゃんは気づいて注意しようとするが上手くできない。

 

学校で友達とおしゃべりしたりふざけたり毎日繰り返される自分の普通。

そういう目に映る物だけが普通だって言うなら、目に映らない物には意味がないのだろうか。

ふと、真修が一人でうさぎ小屋を掃除しててうさぎに名前をつけていた事が頭をよぎる。

 

その日体調が良くなかった奈緒ちゃんは、給食の時間に食べた物を戻してしまうのだ。

うわ〜汚え〜とかクラスメートが遠巻きにして誰も寄って来ないのに、真修だけがやって来て奈緒ちゃんにハンカチを貸し、汚れた床を拭いてくれる。

それは真修にとっては普通の事なのだ。

 

真修は奈緒ちゃんから、助けてもらったお礼だと新しいハンカチをもらう。

 

 

 

そっかぁ、人はお礼というものをするんだな。

真修は聡子に「何か欲しい物ありますか?」と聞いてみる。

「いやー、小学生にお礼したいですって言われてもなー」と、聡子は困惑してしまう。

それで土曜日のお昼に二人で回転寿司に行くんである。

「一人じゃ入りずらいけど真修が一緒なら入れるから、それがお礼でいいよ」つって。

この回転寿司は、5皿で一回ガチャガチャチャレンジがあったり、注文した皿がシュゴーって流れて来てピって止まる子供が好きそうな店だ。

回転寿司に初めて来たという真修は、物珍しくてキョロキョロしちゃうし、お寿司をパクつく姿がとても可愛いんである。

マジ天使か〜?

二人は回転寿司を満喫するのだ。

 

帰り道、真修が聞くんである。

お姉さんも「普通だから」なのかって。

人に優しくするのは普通だから。

「だからサッカー教えてくれたり、車で送ってくれたり、お寿司食べていいよって言ってくれるんですか」って。

 

「えー?普通そんな事しないよ。真修にしかした事ないよ」

聡子は笑いながら答える。

 

すると真修は突然真剣な顔になって聡子の腕をつかみ、

「聡子さん!」(さっきまでお姉さんだったのに)

「これ、今日のお礼です!」と、回転寿司でゲットしたガチャガチャのカプセルを握らせると走り去ったんである。

 

 

 

 

聡子が、そのマグロの握りのストラップをスマホにつけてるのを見て、上司の椎川が話しかける。

「あれ、ストラップとかつけない派じゃなかったっけ?」

聡子はその言葉にちょっとムッとする。

昔椎川がくれた携帯のストラップを聡子はつけなかった。

「あれつけてないの?」と言われて、なんかそういうのつけると重いからとか答えてた。

聡子も若かったし、なんとなくつき合ってなんとなく別れてしまった。

今更軽いノリで昔の話を蒸し返してはからかってくる椎川の事が疎ましかったのだ。

それでいて、椎川が婚約した彼女を紹介してきた事に聡子はショックを受けていた。

もう恋愛感情はなくても、お互いわかりあえているかのような特別感を持っていたから。

感情をあまり表に出さないけど聡子は本当は傷ついていた。

自分だけが孤独のような気がして、聡子は泣いてしまう。

抱きついて慰めてくれたのは真修だった。

 

ある日、聡子の部屋に真修が来て、勉強を教えてやる。

真修が帰り一人になった部屋で、聡子は真修と過ごす時間が自分にとってかけがえのない物になっている事に気づく。

 

ところがその夜真修が再びやって来て狼狽した様子で、弟がまだ帰って来ないと助けを求められるのだ。

お父さんは仕事で帰ってこないかもしれないし、電話もしたけどつながらないと言う。

とりあえず家に戻ろうと聡子は真修の家へ初めて行くんだが、大人が留守の家に勝手に上がりこむのをためらってしまう。

そりゃあそうだよね。

これって不法侵入?とか思うけど、今そんな事言ってる場合じゃないからと入る事にする。

すると家の中はコンビニの弁当とかペットボトルとかのゴミや脱ぎ捨てた衣類が散乱してて、かなりの汚さで呆然としてしまうのだ。

真修の抱える家庭の問題の大きさに、他人である自分が親を差し置いてどこまで手を差し伸べていいものか、聡子はジレンマに陥ってしまうんである。

 

 

 

感想

 

私の少年」は30歳の女性聡子と12歳小学6年の少年真修との交流を描いた、繊細で美しい物語だ。

聡子と真修、それに付随する人のエピソードを細部に渡って丁寧に丁寧に描かれている。

 

これはいわゆるオネショタのカップリングなんだがとにかく真修きゅんがカワイイ!!

毛も生えてないし、短パンから膝小僧が出てるし、思春期前の中性的なショタっ子の魅力に心を鷲掴みされてしまう。

性格も素直で実に美しい心を持っている。

うれしいとパアッと花開くような豊かな表情を見せるのもいい。

聡子がこの笑顔の為なら何でもしてやりたいような気持ちになってしまうのも共感できる。

こんな子に慕われたらそりゃほっとけないよね。

 

 

この二人の関係って言葉ではうまく説明ができない。

 

最初は真修がかわいそうだから、聡子の中の母性みたいな物がそうさせてるのかなと思う。

椎川から「どうしておまえが他人の子供にそこまでする必要があるんだ」と言われたりもする。

確かに第三者から見たらへんに違いない。

まして真修の親だったら妙に思うのも当然だ。

いったいどういうつもりでうちの子供に近づくのか?

何の目的があるのか?

イタズラ目的か?

そこは30歳の男と12歳の少女に置き代えればわかりやすい。

聡子もそこはわかっているから、慎重になったり真修と距離を取ろうとしてみたりもする。

でも別にいかがわしい事をしてるわけじゃないし、二人はただ一緒にいたいだけなのにどうしていられないんだろう。

二人の気持ちが伝わってくるから、読んでてほんとにもどかしいんである。

 

 

 

だがしかし、自分だけが一方的に真修に与えているように見えて、実は自分こそ真修からたくさんの物を貰っていたのだ。

手を差し伸べてくれていたのは真修だったのだ、と聡子が気づく所でこの関係は終わりを告げてしまう。

 

二人の関係が真修の父親の怒りを買って、会社での立場が危うくなった聡子は仙台へ異動する事になってしまうのだ。

 

「私の方があの子から貰いすぎてしまったから全部なくなってしまったのだ」と聡子はつぶやく。せつないのぉ〜

 

 

聡子の心をしめる真修の面影と「もう聡子さんから何も貰わないからいなくならないで」という真修のメッセージを聞きながら涙涙の聡子に、貰い泣きしながら読んでると

これが恋でなくてなんだー!!!

と思ってしまう。

 

 

 

作中に垣間見るそれぞれの孤独の影。

聡子と真修がひかれあったのは二人が孤独だったからだ。

でも二人とも自分の事を深く語ったりはしない。

黙って察して心で繋がっているのだ。

 

それは、お互いの人間性を認め合う美しい関係だ。

 

だが決定的に違うのは聡子は大人で真修は子供だと言う事だ。

 

やっぱりどんなに好きでも大人が子供に手を出すのはならぬ。

じゃあ成人するまで待てばよいのか?

うーん、でもそんな事してたら女はどんどん年取ってしまうし・・・

 

年の差カップルと言えば、最近ではやっぱフランスのマクロン大統領39歳と64歳の妻だよね。これには驚いた。

もっとも、とてもお綺麗な64歳ではあるが。

二人のなれ染めは彼女が高校教師をしていた40歳の時で、その時彼女にはもちろん夫も子供もいた。

自分の担当するクラスに15歳のマクロン君がいて、驚く事に自分の実の娘も同じクラスだったという。

もっと驚いたのは、フランスではこの二人の関係が純愛だと喝采を浴びていた事だ。

さすがアムールの国だ。日本人の自分にはちょっと理解できない。

それは純愛ではなく不倫だし、影で泣いてる人がいるのだ。

やはりフリーダムに恋愛を謳歌しすぎて、日本人の心情とは合わないような気がする。

 

その点「私の少年」はいい。

耐え忍ぶ感じがいい。

なんと言っても聡子の造形がいいのだ。

聡子は真修を、二人の関係を守りたいと思う。

その為にはどうすればよいか。

自分の価値観でしか物事を計れない人も多い中、聡子は感情に左右されず冷静な判断が出来る。

決して真修の父親がネグレストだとか非難するような事も言わない。

ただ一緒にいたいだけなのに、二人の関係は「大人が子供をかどわかしている」ようにしか見えない。

何も悪い事などしてないのに、世間からはそんな風にしか見えないんである。

それは間違ってる、と読んでる自分は思う。

聡子も腹が立つだろう。

でも腹が立っても、理性で感情をコントロールできるのだ。

そして自分の行動に責任を持って、言い訳がましい事も言わない潔さも持っている。

感情を抑制する理知的な聡子の存在が、この物語を気高くそしてもどかしくせつなくさせているんである。

 

 

 

 

 

阿・吽 おかざき真里 仏教会のツートップ最澄と空海を漫画にする難しさ

皆さま、ごきげんよう

日本の仏教界の2大巨頭とも言うべき最澄空海を描いた漫画。

おかざき真里の「阿・吽」を読んでみました。

自分は歴史物はけっこう好きです。

でもお坊さんを漫画にするって難しいんだよねという話。


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既刊8巻

 

 

 

物語は1571年、織田信長比叡山焼き討ちのシーンから始まる。

比叡山延暦寺最澄が建立した寺である。

 

さてその800年前、後に自身が建立するその寺が無惨に燃え上がり、人々が恐怖に逃げ惑う幻を予見して涙をこぼす幼い広野(最澄の幼名)。

も〜ね人並みはずれて賢かったから普通の人には見えない物まで見えちゃうんだな。

もぉこの子は天才に違いないつって周囲からも期待されて、母親と別れ当時のエリートコースである国分寺へ入るのだ。

 

とにかくこの人は優等生なだけじゃなく純粋で真面目なんである。

そして誰にでも分け隔てなく接する限りなく優しい人だ。

だからお寺でも皆から慕われる。

そのうえイケメン。

 

やがて得度し名を最澄と改めて正式な僧侶となるのだが、この時代寺院の力は巨大化し政治にまで深く関わるようになっていた。

有名な所では日本のラスプーチン道鏡とかね、天皇の座を狙う僧侶なんつーもんまで現れ、世の中乱れまくってたんである。

最澄はそんな腐敗した僧侶や現状の仏教に自分が望んでたのとは違うと絶望し、比叡山に登り山籠りの修行に入ってしまう。

この頃の僧侶はいわゆる国家資格、最澄は国家公務員なわけだから、この行動はつまり出世街道からはドロップアウトしてしまったわけなのだ。

人には優しいけど思い込んだら曲げない最澄は、今の仏教や僧侶の在り方を批判的に見ていた。

だからこの人ならばきっと世界を変えてくれるだろうと期待する人もいたのだ。

この修行は12年も続いた。

 

 

人があまりにもあっけなく死んでしまう時代だ。

修行した僧侶だけが悟りを得られるのだとしたら一般庶民はアウェイだし、しかも今の僧侶は腐りきっている。

これじゃ誰も救われない。 

人はいったい何を拠り所に生きればよいのか。

最澄は自身の出世などよりも身分に関係なく全ての人を等しく救う道を探そうと考えた。

その為「南都六宗」という既存仏教とは徹底的に対立してしまう。

イケメン優等生は生真面目すぎてまったく融通がきかなかったんである。

 

 

 

一方こちらもまた天才で、天才ゆえにいつも何かを求めてやまない渇いた男、真魚(後の空海)。最澄より7歳下である。

理解ある叔父、阿刀大足のもとで学び大学にも入る。

これは役人の出世コースなんだが、出来過ぎちゃって大学の学問には飽き足らず結局辞めてしまう。

真魚は勤操(空海の最初の師)によって仏教と出会い、自分が求めていた物はこれだと気づく。

そうなれば行動は早い。

大学を出て得られる地位を捨て、叔父の尽力も一族の期待に応える事が出来なくなっても自らの道を突き進む。自分を偽る事などはしないのだ。

最澄のようなエリートコースに所属できるわけでもないから、たった一人で地を這うように仏の道を探る事となるのである。

 

ここで勤操に授けられ描かれるのが、有名な四国の室戸岬空海が行ったと伝えられている「虚空蔵求聞持法」なんである。

これは挫折したり命を落としたり発狂したりする人もいるというデンジャラスな荒行である。

虚空蔵の真言という短い言葉を数ヶ月に渡って百万回唱えるという単純な作業なんだが、それだけにつらいらしい。

この真言パワーが空海を天才たらしめたと言う。

そう言われればこの後渡唐するとどこで習ったのか言葉が話せるし、サンスクリット語密教の経典も完璧にマスターしてしまう。

仏教の分野にとどまらず文化芸術医学など多岐に渡って把握していて、ちょっと信じられないほどスゴイ人だ。まさに天才なのだ。

 

空海はいつもギラギラしている。

もっと知りたい。もっと学びたい。もっともっと。

もっと俺が満足するものを出せい!と要求する姿は鬼気迫ってさながら地獄の餓鬼のようだ。

この人は最澄とは全然違うなと思う。

最澄がイケメン優等生なら、空海は自由奔放な異端児という風体だ。

最澄が触れるものを包み込んでくれるような優しさを持っているとしたら、空海は触れると火傷しそうなすごい熱量の持ち主だ。

煩悩に苦しむ人を救いたいという思いから仏教を志す最澄とは違い、空海には自身の神秘体験などを経て宇宙の真理を解き明かそうとするかのようなスケールのでかさがある。

 

 

 

既存の仏教の転換期に現れ、これまでの日本仏教を一変させようという思想を抱く二人は海を越え唐の国を目指す。

 


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【引用元「阿・吽」】

 

 

さてこの当時、ちっちゃい島国である日本の憧れというのは唐の文明なんだが、「遣唐使」を送るという事は困難を極めた。

日本の船舶技術や航海術というものが悲劇的すぎて、渡唐は想像を絶する命がけの行為だったんである。

作中でも仮病を使って逃げたり拒んだりする者もいて、喜んで行きたがるのは僧侶くらいなのだ。

僧侶にとって唐の国は自分の命を賭けてでも行きたい夢の国なんである。

僧侶が日本で公認されるには唐の都長安に行き、正統な師につき教えを受け継いで戻る事が重要で、まだ日本には入っていない経典を持ち帰る事も必要だった。

 

最澄天台宗空海密教を日本へ持ち帰るべく奇しくも同じ船団で渡唐するのだが、この時二人の立場はまったく違っていた。

有名なエリート僧の最澄は国から正式に命じられて行くので、天台宗を持ち帰る為の一大プロジェクトが組まれていた。

お金も人材も潤沢にあったんである。

 

しかし空海はというとまだ無名の僧に過ぎず、真言密教を持ち帰るという目的もまあやりたければやりなよそのかわり自力でね、みたいな扱いなのですべて自前で調達しなければならなかったのだ。

その費用1200万円!!!!

 

 

最澄の前半生は、若くして桓武天皇から愛され幸運に恵まれていた。

だがしかし良かったのはここまでと思う。

この後日本に帰ってからは空海と全く逆転した苦渋の人生となってしまうんである。

 

だが温雅な容貌と清廉な人柄で仏教を極めようとする姿はステキだ。

ギラギラした独創的な人物として描かれてる空海の天才っぷりが破天荒すぎて共感する所がないので、人間味のある最澄の方が親しみが持てる。

それからお坊さんというテーマが地味だからか、妙に坊主セクシーを強調してくるんですけど。

ストイックさがセクシーみたいなwww

 

最澄は繊細な人柄でよく涙をこぼしてる。

この作品の最澄は泣いたり苦悩したりする姿が実にいいんである。

もお常に苦しんでるよね。息苦しいほど。

この後帰国してから空海からいじめられて苦しむのか。

ちょっと楽しみ。

 

 

 

また多種多様な文化や思想が集まる国際都市長安の華やかさも美しく描かれている。

空海金策した1200万円は日本に持ち帰る為の密教の法具や曼荼羅や写経を購入したり、密教を授けてもらったお礼などに使う資金だ。

遣唐使が唐にいる間の滞在費などはすべて唐側で支払われた。

日本だけでなく世界中のどんな国でも唐にやって来る者には唐の側で面倒を見たのだ。世界帝国長安すげー太っ腹なんである。

空海長安では詩文の才を謳われ、書の見事さに唐の人々を感服させる。

仏教関係ないとこでもすごい人なのだ。

 

この時は無名の僧だった空海も帰国後は、時の嵯峨天皇の信頼を受けるようになり天皇空海に師事するほどであった。

破天荒な一匹狼かと思えば、意外に協調性があって他人とも上手く関わってるのだ。

空海嵯峨天皇橘逸勢が三筆と称えられる書の名人である。

この橘逸勢空海と同じ遣唐使船で唐にやって来たのだが、空海の才能に驚きながら自分自身はなんか愚痴っぽい。

白居易までも登場して群像劇のような面白さを見せる。

白居易玄宗皇帝と楊貴妃の恋を歌った「長恨歌」で名高い唐の詩人。

作画がきれいで扉絵なんかは見てて飽きない。

 

でもなんといってもこの作者の本領は男女関係の描写だろう。

仏教では男と女のリアルな愛は否定されるが、桓武天皇の皇太子安殿親王が人妻である藤原薬子と関係を持つシーンとか秀逸。

自分の娘を差し置いて母親の薬子が若い安殿親王と通じてたという、とんでもねーしたたか女ではあるが薬子のエロさが物語に花を添えている。

男も女も煩悩の塊でまったく救いがないんである。

 

 

784年、桓武天皇平城京から長岡京に遷都した。

だが藤原種継が暗殺され弟の早良親王が捕まる事態となり、以降身辺の被災や弔事がたび重なり、早良親王の悪霊におびえ続けた桓武天皇はわずか10年でまたもや平安京へ遷都する。

疫病の発生や天災などは、貴族の権力争いに敗れて死んだ者や霊のたたりであると信じられるようになり、その霊を祀る事が盛んに行われたりしたんである。

この2度にも渡る遷都の背景には、力を持ちすぎて政治に介入してくる南都仏教の僧侶たちの影響を排除する目的もあったのだ。

そこで満を持して登場するのが、最澄であり空海である。

このあたりの暗い世相もよく描かれ、人々が新しい仏教へ期待感を持つ切実な様子がわかる。

 

一見正反対に見える二人だが、天才というのはけっこう孤独なもんだ。

同じ高さに立ってる人が誰もいないっていうのは案外寂しいものかも知れない。

最澄空海がお互いに相手を知るのは5巻にもなってからだが、天才ゆえに惹かれ合うみたいな、誰も理解できないけどあいつだけには解るんだみたいな、相通じるものがあったように描かれてる。

実際そうだと思うよ。

 


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【引用元「阿・吽」】

 

 

ただ、天才ぶりを表現するのに最澄の読む巻き物から文字が動き出したり、空海の書いた文字から何か龍みたいのが出てくる描写なんなん?蟲師

あと唐で空海密教を授けてくれる恵果初め和尚たち。口から出てるのイカの足?パイレーツ・オブ・カリビアン

 

ウ~ン、伝記なのか?異能力ファンタジー

まあ江戸や戦国ならいざ知らず平安の初期だから、時代がはるか過ぎてよくわからない事が多いんだよね。

それと、空海とはまた別な「お大師さん信仰」ね、杖つくと水が湧き出たとか術を使って人を助けたとかの超人的なやつ。

ごっちゃになってるのか。

仏教をテーマにした歴史漫画を描くのは難しい。

まず仏教用語が難解だし、修行を積んだ人間の心象風景を漫画に描く事も難しい作業だ。

それに今なお敬愛されている伝説上の人物を、好き勝手に創作してしまうのもためらいがあるんかな。

宗教団体に配慮してしまうのも仕方ない話ではある。

コミックス巻末の参考資料や文献も相当数あり、こりゃ大変じゃのう。

頑張ってほしいと素直に思う次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血の轍 押見修造 毒親がコワイ! 母親の支配から抜け出せるのか!!

皆さま、ごきげんよう

毒親って知ってますか?

押見修造「血の轍」はまさにその毒親を描いた漫画です。

その毒親がチョー怖かった、という話。

 


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既刊4巻

 

 

 

 

 

この作品はビッグコミックスペリオールに2017年から連載されているんだが、「血の轍」というタイトルからしてなんだか気が重くなりそうだよね。

 

登場するのはひと組の母と息子だ。

 

中学2年生にしてはちょっと子供っぽい気がしないでもない、長部静一と、中学生の子供がいるようには見えないきれいで優しそうな静子ママ。

群馬県に暮らす長部家は、サラリーマン風のお父さんと専業主婦の静子ママと静一の3人家族だ。

二人は仲良い普通の母子に見える。

ところが、この母子が奇妙に過敏に反応するキーワードが「過保護」なんである。

 

さて、静一のお父さんの姉とその子供。

つまり静子ママにとっては義理姉と静一の従兄弟なんだが、こいつらが土曜日に家に遊びに来る。

「も〜あっついんね〜やんなるわぁ〜」とめちゃめちゃうるさそうなおばちゃんなんである。

ちなみに登場人物全員が喋っている言語は群馬弁らしい。

静一はこの二人が来るから友達としてた約束を断らねばならない。

友達との約束よりも、このおばちゃんと従兄弟が遊びに来る事の方が優先されるのがこの母子の暗黙のルールみたいだ。

ホントは迷惑なんだろ?と見てて思うんだけど、母子はニコニコして楽しそうにしている。

 

すると、大人しい静一とは対照的に悪ガキ風の従兄弟のしげる

「静ちゃんちってさ、カホゴだいね」と面白がってからかってくる。

が、「お母さんのこと変な風に言わないでよ」と真剣な表情で言い返すのだ。

いい子なんである。

 

確かにちょっと息子にベタベタし過ぎかな?????

とは思うけど。

 

しかしこのイジメっ子みたいなしげるといい、こいつら図々しくて静子ママと静一の気遣いが痛々しい位伝わってくる。

 

そして、しげるの「明日も遊びに来る。だって静ちゃんが遊びたいって言うから」の一言で、土曜日だけじゃなく日曜日も来る事になってしまうのだ。おまえら他にいくとこないのかよ。

お父さんはそれを聞いても全然関心なさそうな顔で「静一はしげると仲がいいなあ」などと的はずれな事を言って笑っているだけだ。

 

やっとうるさい二人が帰り見送っていると、静一が何かいいかけてやめてしまうので、「あいつと遊ぶのはもうやだ」って言うのかなと思いきや「ママ。いつもありがとう」なんぞと言い出す。ちょっと頬染めながら。

 

この子は〜、なんでこんな事言うのか〜

 

ところが次の瞬間だ。静子ママが静一のほっぺにぶにゅとチューするんである。

静一は真っ赤になって拒否るが、静子ママは「ママうれしい、ウフフ」と笑っておるのだ。

 

もう胸糞が悪くなって、本を閉じて寝込んでしまおうかと思ったwww

 

 

 

そんな静子ママに伏兵が現れる。

 

静一の同じクラスの女子、吹石ちゃんだ。

 

下校時、静一の後ろから友達と二人でハアハア言いながら追いついてきて、友達が「吹石がね、長部と一緒に帰りたいんだって」

と言う後ろで赤い顔してうつむいている。カワイイ。

 

 

で、一緒に帰る事になるんだが何も話せず蝉の声だけがうるさくてドキドキしちゃう。あ、今真夏ね。

二人ともジャージ姿で、吹石ちゃんも中学生らしいショートヘアで、無言のまま並んで帰る姿は初々しい。

二人の心臓のドキドキが伝わってきそうないいシーンなんである。

それに静一の普通の男の子らしい様子にホッとする。

 

だけど家に帰ると静子ママが、「何かすごくうれしそうね?

どうしたん?」と、思いっきり猜疑心一杯の表情で聞いてくるのだ。

 


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【引用元血の轍】

 

 

アレー、最初はきれいに見えたのに。なんか別人みたいに怖い感じ。

 

 

 

 

そんな夏休みのある日、静子ママと静一はしげるの一家やおじいちゃんたちと山登りに出かける。

休憩中にしげるが悪ふざけをして静一を崖から突き落とそうとするのを、静子ママが心配して必死に抱きとめる。

「何してるん静子さん!?本当過保護ねぇ!!」

青ざめる母子を笑う人たち。その中にお父さんの姿も見つけてしまう。

静子ママは笑って誤魔化すが、表情は引きつったままだ。

この人たちの中で、静子ママと静一の二人だけが最初から他人みたいなのだ。

 

そして事件が起きる。

 

静一と二人きりになったしげるが、しょーこりもなくまた崖の上に連れ出そうとしてると、静子ママが突然現れ静一の目の前でしげるを崖の上から突き落としてしまったのだ。

静一は咄嗟には何が起きたのか理解できないながらも静子ママをかばい、さもしげるが自分で足をすべらせたかのように嘘をつく。

 

しげるは命はとりとめたが、意識が戻らない重篤な状態であった。

 

 

 

 

もうねえー、読み始めてすぐに、確実にこの母親に対して肌が合わないような嫌悪感を持ってしまうに違いない。

そしていつか何かが起こりそうな不穏な空気を感じながら、ページをめくる手を止める事もできず読み続けざるを得なくなると思う。

この家庭には父親の存在感はなく、母と子の濃密な関係だけがじっくり描かれてるのだが、そこには息もできないほどの閉塞感がある。

この母親は子供に暴力を振るうとか暴言を吐くとか、いわゆる虐待をするような親ではない。

むしろ溺愛と言ってもいいほど可愛がっているし、きちんと世話をしていつも優しい。

定規もスクリーントーンも使わず手描きされた背景や、静一の目に映る少女のように可憐な静子はボンヤリとしたもやの中に包まれているようにも見える。

中二でも男の子の場合は、まだまだ子供っぼいのかもしれないねぇ。

静子を見る静一の目は、時々幼子が母親を見るような目をしている。

その目に映るお母さんはきれいだったり、可愛かったりしてそれを見つめながらちょっとはにかんだりするのだ。

男の子って、お母さんの事をこんな風に見てるのかね。

やがては声がオッサンみたいに低くなって、ツルツルだったお肌が無精ひげなんか生やしてババアとか言い出す日が来るのか?来るんだよね。

だけど静一くんにそんな日が来るようには見えないな。

なんか吹石ちゃんもそうだが、中学生くらいの子の描き方が上手い。

 

 

静子が夫婦関係や親戚付き合いの不満など苦悩を抱えていそうなのはすぐ感じられる。

しかし登場人物の内面は掘り下げない手法が取られているので、読者の想像でしかなく、得体の知れない何かはずっと纏わりついたままなのだ。

ついに表面化したと思ったら、しげるを崖から突き落とすという尋常じゃない行動に及ぶのだが、微笑んでいたと思ったら急に助けてと叫んだりもはや異常である。

そうかと思えば、駆けつけて来た親戚一同の前では「しげちゃんが足をすべらせたの。ごめんなさい、助けられなくて」と冷静な演技も見せるので、目の当たりにしていた静一は混乱してしまう。

こうして静一の世界は崩れてしまうのだが、まだ未熟だからはっきりと自覚できない。

信じていた世界がすべてだったから、どうしたらいいのかわからないし、何と言ってよいかもわからないのだ。

けれども静一の中に芽生えた母親への不安は意外な面で姿を表す。

吃音になってしまったのだ。

 


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【引用元血の轍】

 

 

今まで普通に喋っていた子供が突然吃りだしたら、もっと心配すると思うんだが、父親も母親も無関心なのかそこはスルーだ。

へんなの。

 

そんな事よりも、静子が気になるのは静一が吹石からもらったラブレターなんである。

それはホント中学生が書いたっぽい、いかにも稚拙な内容だ。

しかも本人より先に読んでしまってる。

静子は無理とか駄目とか言って泣きながら「この手紙捨てていい?」とか言い出す。

一応聞いてはいるんだけど、絶対にイヤとは言えない雰囲気なのだ。

静一はもう声が出なくなっちゃって、口をパクパクさせて「あっ」とか「おっ」とか吃りながら泣くしかないのだ。

ほんとに痛ましいぜ。

そんでもって「二人で一緒に破こうね。いくよ、せーの」とか言いながら、手紙をビリビリ破らされる。

そのシーンは静一の心までがビリビリと引き裂かれてるみたいだ。

 

この作品は怖い。

とにかく静子が怖い。

怖いうえに読んでて不快な気分になるから、もうやめよとも思うのだが先が気になってやめられない。

帯に「究極の毒親」とあったが、毒親というワードはよく耳にするし書籍もたくさん出ている。

世の中には自分の親は毒親だったと思ってる人がこんなにたくさんいるんだな、と驚く次第である。

ちなみに毒親とはコトバンクによると、子供を自分の支配化に置き、その人生に有害な影響を与える親を指す俗語とある。

そりゃあ親だって人間だから、イライラしてたり疲れてて怒っちゃうとか、ぶん殴っちゃうとか、無視しちゃうとか、あとはもお心配し過ぎてどこ行ってたの?誰といたの?何してたの?とかうるさく言っちゃったり、いやこれはまだ標準だな。

親の育て方って子供に影響を与えるわけだが、過干渉や支配しようとする親の元に育つと、大人になってからも色々うまく行かなくて幸せになれないらしい。

ちなみに毒親をタイプ別にすると

(1)過干渉

(2)無視

(3)ケダモノ

(4)病んでる

の4タイプあるらしいが、親について語る事のできる年齢にあればよいが、静一のような子供はどうしたらいいのだろうか?

自分のお母さんが毒親だなんて思わないし、毒親自身も自分が毒親だなんて思ってないのだ。

しげるを突き落としたのも、ラブレターを破ったのもすべて子供の為だと思ってるかもしれない。

 

思春期に差し掛かった子供の自我を認めずいつまでも子供扱いして支配しようとする。

吃音になるほど精神的に追い詰めているのにまだ足りないのだ。

 

だがしかし、静一が毒親からサバイブする為のキーパーソンが登場する。

石ちゃんである。

始めはただの色気づいた小娘かと思ったが、その発言はなんか示唆に富んでいるのだ。

 


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【引用元血の轍】

 

 

だいたい吹石ちゃんの可愛さはクラスの女子の中では上位だろう。

そんな彼女が静一みたいに大人しくて目立たない子を好きになるのは、理由があるような気がするのだ。

二人が家に帰らず夕暮れのベンチでいつまでも座っている姿は、微笑ましいようで切なくもある。

石ちゃんは静一と言葉がなくても心が通じあうようになりたいと言う。

静一のどんな事もわかってあげたいし、自分の事もわかってほしい、どんなつらい事でも。と、言ってくれるのだ。

 

いつだって子供は弱い存在だ。

大人が守らなくて誰が子供を守るのか。

二人を見てるとなんか胸が一杯になってしまう。