akのもろもろの話

大人の漫画読み

本/「熱源」川越宗一 感想

「熱源」は第162回直木賞受賞作。

樺太アイヌの闘いと冒険を描いた群像劇ですが、主たる登場人物は二人。

アイヌのヤヨマネクフとポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキです。

(川越宗一「熱源」)

アイヌは北海道にだけ住んでいたわけではないんですよ

北海道の北にある樺太(サハリン)は多様な民族が住まう島でしたが、日露戦争後は主に島の南側にアイヌが北側にはギリヤーク(ニヴフ)やウイルタといった、アイヌとは全く違う別の民族が住んでいました。

また北方領土の国後島や択捉島から点々と連なった千島列島もアイヌが住んでいた所でした。

(ヤヨマネクフが9才の時)樺太は1875年の千島樺太交換条約によって当時のロシア領となり、一部のアイヌは石狩川流域の対雁(ついしかり)に移住しましたが、伝染病の流行などもあり大変な苦労をして、1905年に樺太の南側が日本領になると人々は故郷に帰還しました。

でも1945年に日本が戦争で負けると樺太は再びロシア領となったので、また北海道へ移住しその後はチリジリになるという悲しい歴史を辿ったわけです。

 

北海道に強制移住させられたヤヨマネクフたち樺太アイヌを待っていたのは、和人への同化政策と差別と偏見です。

ヤヨマネクフは学校で「諸君らは立派な日本人にならねばならない。野蛮なやり方は捨て開けた文明的な暮らしを覚えよ」とことあるごとに言われるんです。

「八夜招」というおかしな日本語名までつけられます。

野蛮人とか未開人と言われ、嘲られたり憐れまれたり怠惰な奴らだと怒られたり、アイヌはどんどん追い立てられ、本来の生き方を奪われていきます。

文明ってな、なんだい?

ヤヨマネクフが抱く疑問に、幼い時に両親を亡くしたヤヨマネクフの、親代わりであり兄のようでもあり若き総統領であるチコビロー(カッコよ)は苦い顔で

馬鹿で弱い奴は死んじまうっていう、思い込みだろうな

と答えます。

チコビローは樺太アイヌが自活する道を模索し、自分たちの村で熊送りを執り行う日を夢見ましたが、コレラと天然痘が大爆発。えらいこってす。

以前チコビローが村で種痘を実施したのですが、理屈を理解できず誰も受けなかったために、多くの人が天然痘に罹り死亡しました。

ヤヨマネクフの最愛の妻キサラスイも、種痘を怖がって受けなかったから若くして死んでしまいます。

で、妻の故郷へ帰りたいという遺言を胸に、ヤヨマネクフは幼い息子を連れ樺太へ渡るのでして、パスポートを取る時に作った日本名が「山辺安之助」です。

 

本当に必要なものは自らの権利を知り主張できる力なんですよ

一方、ブロニスワフ・ピウスツキはリトアニア生まれのポーランド人でして、サンクトペテルブルグで大学に通っていた1887年、ロシア皇帝暗殺計画に巻き込まれ逮捕され、懲役15年の刑でサハリンに送られてしまいます。

ロシア政府は囚人を使ってサハリンを開拓しようとしていて、ピウスツキは苛酷な島の環境と重労働で絶望に陥ります。

しかしギリヤークの狩人と出会い、彼らの暮らしに興味を持ったことで民族学者への道を歩み出すのです。

ピウスツキの生まれ故郷であるポーランドは当時ロシア領となっていましてね、国名も消え強硬な同化政策がとられ母国語を話すことも禁じられていました。

故郷を奪われ帰る国を持たないピウスツキが、極寒のサハリンの自然の中で生き抜く少数民族に惹かれていくのはわかる。

彼らは今にも滅びそうなのです。

彼らがロシア語や法律を知らないために土地を奪われそうになるのを見て、ピウスツキは彼らに文明を知る教育が必要だと考えます。

後にアイヌ研究にも携わったピウスツキは、樺太アイヌの女性チュフサンマと結婚し学校を作り子供たちを教えました。

( ゚д゚)ウム 金とか住まいを与えられるよりも、教育が大事。

 

登場人物のほとんどに実在のモデルがいたんですよ

わたくし存じ上げなかったのですが、山辺安之助は白瀬矗の南極探検隊に樺太犬の犬ぞり担当として参加した人だったのですわ。

民族学者のピエスツキと知り合い樺太アイヌの古謡や言い伝えも教えました。

また、アイヌ語研究者の金田一京助の「あいぬ物語」は山辺安之助の半世記が記録されたものです。

アイヌ大好き金田一が無邪気に「アイヌは野蛮どころか偉大な民族だ。だから失われてしまう前に、アイヌの人たちの歌や言葉を記録したい」って言うと、「おれたちは滅びるさだめと言われてるらしいな」とヤヨマネクフに返されなんか気まずくなっちゃう。

それにしても驚いたのが白瀬探検隊でして、ちっとも知らんかったが無謀じゃね?

どうしても南極に行きたい白瀬が議会に経費をくれと請願したものの、議会は通ったが別に予算がついたわけじゃなく結局国から金は出なかったのです。

そこで民間人を回って寄付金を集めたわけでして、国家でなく私人による事業だからやめといたほうがいいんじゃないの?と胡散臭く感じた金田一がヤヨマネクフに言うのですが、「行くと約束したのにいまさら違約したらやっぱりアイヌはと馬鹿にされるから俺は行く」と答える所がかっこよかったです。

ヤヨマネクフは、アイヌがアイヌとして生きてるうちに日本でアイヌの名を上げてやる!って決断していて、俺たちは滅びないという気概が感じられ胸アツでしたね。

 

テーマは重いけどストレートな展開でなんか読みやすかったです。

アイヌの集落や伝統文化の描写や極寒の樺太の自然の描写とかよかったです。

厳しいけど美しいんだろうな。

でも最後の方は話を詰め込み過ぎな気がしましたね。

(二葉亭四迷とか石川啄木とかまで出さなくてもよいのでは・・・)

あと「熱源」というタイトルがよくない気がする。

理不尽な世界でも懸命に生きようとする人間の熱みたいなのはわかるけど、もっといいタイトルなかったのかしら。エラソーですいません。