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ヒストリエ 12巻 感想(ネタバレ)岩明均 フィリッポス王の暗殺

2003年から月刊アフタヌーンで連載している岩明均の「ヒストリエ」は世界史の超有名人「アレクサンドロス大王」の、書記官のエウメネス(知ってる?)の波乱万丈な人生を描く歴史漫画でありまして。

チョー遅筆ゆえに絶対完結しないと巷で言われてる「ヒストリエ」12巻が出ました。めでたい。

思えば11巻が発売したのは2019年7月でしたから、ほぼ5年振りか~(遠い目)

ちなみに11巻までのザックリしたあらすじと感想はコチラです

 

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さて、何と言っても今巻の見所はフィリッポス王の暗殺ですよ。

東方世界と西方世界を一つに繋げる大帝国をわずか10年チョットで築いた英雄アレクサンドロス大王ですが、マケドニア軍の基礎を築いたのがアレクサンドロスの父フィリッポス王でして。

フィリッポス王は隻眼で、巧みな外交と軍制改革に成功し、弱小国だったマケドニアを最強国家へと成長させました。

全ギリシャを統一しペルシャ遠征を虎視眈々と狙うフィリッポス王は峻烈かつ老獪でありながら家臣の意見もちゃんと聞きますな。エウメネスみたいな出自もわからぬ人材も優秀ならどんどん採用。

ついて行きたい魅力的なリーダーなんですが、紀元前336年隣国エペイロス王と娘クレオパトラ(あのエジプト女王ではない)との祝宴の席で護衛兵のパウサニアスに暗殺されてしまうのです。

史実では同性愛関係(当時のギリシャでは同性愛は一般的です)のもつれだとか、暗殺の黒幕として王妃オリュンピアスが取り沙汰されたりもしますが、岩明先生はこの一連の暗殺事件をシェイクスピア張りの重厚な人間ドラマに仕立ててるんでビックリしたなーもーでございます。

パウサニアスはマケドニアが征服したオレスティスの没落した豪族の息子で、アレクサンドロスに瓜二つの美少年なので兄は復讐に利用しようと企むのですが、この兄がクソしょうもない負け犬のクズ野郎でしてね。

兄や社会から虐げられ可哀想な子なんですがどんな目に遭っても無表情なので、パウサニアスは心がないとずっと言われておるのです。

はて?人間の心はどこにあるのだろうか?脳にあるのだろうか?心臓にあるのだろうか?

そんな話から始まる11巻の「心の座」という章でパウサニアスの人としての実存的な葛藤が描かれました。

王の護衛兵になったパウサニアスは獅子狩り(ガチでライオンを狩る)で王を庇い顔面に大怪我を負い、人がギョっとするような顔になってしまいます。

でもそんな事よりも襲って来た獅子の顔に怒りと悲しみの表情を見たパウサニアスは、心のないはずの野生動物があんな顔をするのかしらんとあれはいったい何だったんだろうと気にかかります。

そして自分がこの世に生まれて来た理由、役割について考え続けるのです。

 

王の新しい妻エウリュディケを暗殺しようとしたオリュンピアスに、ウンザリしたフィリッポス王は彼女を殺そうとパウサニアスが差し向けられます。

マケドニアは一夫多妻ですが後継者のアレクサンドロスを産んだ事でオリュンピアスは妃の中で格上なんですのに、(エウリュディケを)試しに殺してみるかとかわけわかりません。

今度は自分が死ぬかもしれない場面でも泰然としていて、パウサニアスの顔を見て「なんと美しい!なんと澄んだ目をしているのだ」と褒めてみたり、ホント何を考えているのやら食えぬお方。

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泰然自若のオリュンピアス姐にシュールな笑い

 

蛇と寝てみたり、間男を殺してみたり、キモイ・・・と思ってたけどキャラが変わったみたい。好きですが・・

オリュンピアスは逆にパウサニアスに仕事を依頼します。

なんか2人は意気投合したようで、悲劇なのか喜劇なのか、人間心理の不可解さに虚を衝かれますな。

仕事とは、フィリッポス王の暗殺です。

 

一方、せっかくフィリッポス王に認められたのに「王の左腕」なんざまっぴらごめんといつ出奔しようか考えてたエウメネス。

エウメネスは自由な魂を持つ人ですから、王国の出世とかは興味ないんです。

エウリュディケに男女の双子が産まれたと聞かされます。

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エウメネスを手放すには惜しい人材と思ってる王は、もうペルシャについてこなくても良いからフィリッポス王子を見守ってほしいと頼みます。

優秀な後継者のアレクサンドロスがいながら、そんな事を言い出す王にエウメネスは不穏な空気を感じ取ります。

どれだけ類稀なる才能を持っていても、どれだけ容姿端麗であろうと、誰がどう見ても王国にふさわしい跡継ぎであろうと、自分の種でないと気づけばそりゃこの国を渡したくはないわな。

王がそんなジレンマを持っていた事を、我々読み手はパウサニアスに刺された後で知るんですが。

肝心のパウサニアスは、父王が暗殺され怒り心頭に発し自分に向かって来たアレクサンドロスの顔にいつかの獅子の顔を見るのです。

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「あれはお前だったのだな、獅子よ」

そうアレクサンドロスに語りかけ(そう言えばアレクサンドロスは獅子王とも言われますね)もう真っ二つ、一刀両断されるパウサニアス。

一人の王を新たに生み出す事が自分の役目だったのだと悟って。

これからその眼で地平線を見つめ・・・

進んでゆくのだな・・

獅子よ・・・

お前こそ・・・

お前こそが全世界の王にふさわしい・・・

おめでとう

おめでとう

アレクサンドロス大王!

ここはめちゃめちゃ血生臭い残虐な場面なんですが、まるでオペラのアリアでも歌い出しそうなパウサニアスの骸と噴き出す血と剥き出しになった心臓がドクンドクン脈打って、心は心臓にあると言ってるようでしたね。

あの心臓を持ち帰った女はオリュンピアスなのかしらね。

また、アリストテレス先生が死んだはずのフィリッポス王を蘇生させたっぽい描写もあったりして思わせ振りで気になる所です。

 

そして、男たちがいない首都ペラの王宮では戦慄の女の戦いが。

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オリンピュアスに我が子の命乞いをするエウリュディケ。

思えば彼女はエウメネスと一緒になっていれば、もっと楽しい人生が送れたんじゃないかと思いますよね。

王妃になるという事は家門の名誉かもしれませんが、政局次第で残酷な結末を迎える事も多々あるのです。

彼女は最後にめっちゃカッコいいエウメネスを見てそう思ったと思います。