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大人の漫画読み

漫画/「ヴィンランド・サガ」幸村誠 本当の強さとは何か

「ヴィンランド・サガ」は、11世紀初めの北ヨーロッパを舞台にした、当時世界を席巻していたヴァイキングの生き様を描いた歴史漫画。

タイトルの「ヴィンランド」とは、かつて北アメリカ大陸にあったとされるヴァイキングの入植地の一つで、主人公のトルフィンは実在したアイスランドの商人ソルフィン・ソルザルソンをモデルにしている。

(幸村誠「ヴィンランド・サガ」既刊26巻)

ヴァイキングとは、9~12世紀にかけてスカンジナビア半島に住んでいた北方ゲルマン人の総称で、卓抜した航海術でヨーロッパやロシアなどあらゆる海洋に進出しました。

彼らは壮大な冒険心と征服活動で現在のイギリス全土を侵攻したのです。

 

主人公のトルフィンはアイスランドの出身で、アシェラッドが率いるヴァイキングの一団に所属し、共に戦いの旅を続けながら、幼い頃に目の前で殺された父の仇であるアシェラッドの命を狙っています。

まだ少年の身ながら、父の形見の短剣を武器に数多の地獄を経験した勇猛な戦士なんです。

そして、戦で功を挙げる度にアシェラッドに決闘を挑みます。

 

ですが、まだまだアシェラッドには叶いませんな。

アシェラッドは腕が立つだけでなく、傭兵集団の長として狡猾で冷酷非情な戦上手です。

 

デンマーク出身のアシェラッドは、デンマーク王・スヴェンの次男であるクヌート王子に王の素質を見出します。

ところが、クヌートの腹心としてデンマークの王位継承問題に足を突っ込んだために、予想だにしない事態が起きてしまいます。

実はアシェラッドの死んだ母親はイングランドのウェールズの出自であり、彼の心の故郷はウェールズだったのですが、それを見抜いたスヴェン王から「ウェールズかクヌートか選べ」と迫られたアシェラッドは衆目の中でスヴェン王を殺害。

クヌートはアシェラッドに心の中で感謝しながら、彼を処断することで王の座を得ます。

 

この漫画が圧倒的に面白いのはトルフィンの少年時代を描いた1巻~8巻

トルフィンは父を殺したアシェラッドに復讐するためにだけ生きるロンリーボーイでして、もうね憎悪と怨念に荒ぶってる。(・∀・)イイネ!!

彼が生きるヴァイキングの世界は暴力がすべてです。

彼らは力を持つ者がすべてを奪うのが掟だと考えていて、名誉を重んじ名誉を汚されたと思えば人殺しも厭わない文化。

ま、蛮族ですな。

とにかくめちゃくちゃ強くて、しかも川や海を利用するのが上手く、陸上では船を引っ張って移動したり、神出鬼没で戦いと略奪を繰り返し、傭兵として戦に参加します。

特にリーダーであるアシェラッドの策謀が冴えわたり、兵団はもう破竹の勢い。

欲しいものは土地でも食料でも女でも奪い取るというね。

「勇敢に戦って死んだ戦士はヴァルハラに住めて、戦乙女(ヴァルキリー)たちとヤリ放題だぜ!」とか豪語しちゃって死も恐れないし。

もうどうにでもなれとやけっぱちなんでしょうね。

しかし人間の人生というのは、やけっぱちになってる刹那にこそ美しさと輝きが生まれますから、これが面白くないはずがないのです。

元々彼らが住む土地は寒冷な気候で、しかも平地が少ないので農耕が出来ないから海に出るしかなかったんですが、そんなヴァイキングの歴史や生き様を知る事ができます。

さらに作者の画力の高さが素晴らしいです。

 

とは言え、8巻でのアシェラッドの死には、なぜ?ホワ~イ?

こんな展開あるんか?んなアホな~!と本当にぶったまげました。

俺はてっきり、アシェラッドがクヌート王子を推す事で兵団も大きくなっていく出世物語かと思ってたから。

思うにアシェラッドって魅力的な人物で、アシェラッド憎しと恨みながら、一緒に行動しどこか頼りにしてしまうトルフィンの複雑な心境。

その葛藤を乗り越え最後は本懐を遂げ、「パダワンよ、よくやった」とトルフィンを称えて息絶えるアシェラッドが見えてたのに、いきなりまったく予想外の展開。

 

そんなわけだから、アシェラッドの突然の死で復讐という目標を失ったトルフィンは、奴隷に落ちてしまうのです。

そうして剣を捨て農村で百姓仕事に従事するトルフィンは、無気力で同一人物かと思うほどの変わりよう。もう話がガラッと変わります。

おやおや、ヴァイキングはどうしたのかな?!

しかもこの奴隷編が14巻まで続くんです。

あのかっこよかった戦闘シーンも全くないですし、土地を開墾したり麦を作ったりの地味な話が長えんだわ。

でもね、殺るか殺られるかの命を削って生きる世界しか知らなかったトルフィンが、自然に触れて暮らすことで次第に人間らしさを取り戻していく過程が、ゆっくりじっくり描かれています。

トルフィンは自分が大勢の人間を殺して来た事に苦しむようになり、悪夢にうなされるようになっていましたが、自分の罪と向き合い、暴力と決別しようと誓うのです。

人はどこまで変われるんだべか?

それだけでなく、暴力を否定したら本当の強さとは何だろうと考えるようになるんです。

トルフィンに大いなる影響を与えた父親のトールズという人は、かつては北海最強の軍団である「ヨーム戦士団」の大隊長の一人だったのですが、妻子を持って考えが変わり戦場が嫌になりヨーム戦士団を脱走したんです。

恐らくトールズは、本当の戦士とは何かという答えを見出していたと思われます。

「本当の戦士に剣などいらぬ」と言う言葉を残しているからです。

早くに死に別れてしまったトルフィンは、人生の中で父親の思いを理解して行くのかも知れません。

 

そもそも「ヴィンランド・サガ」と言う作品は、ヴィンランドという伝説の地を探してそこに移住しようという物語だったんですよ。

8巻までが少年編としたら、14巻までが奴隷編で、その後が作者が本当に描きたい本編であるヴィンランドに移住する話なんですよ。

つまり8巻までの壮大な物語は前振りだったわけね。ぐぬう(ぐうの音)

 

トルフィンは「戦争も奴隷もない平和な国」を作ろうと考えます。

女の子のような容姿から激変したクヌート王が進めてる国作りは、なんでも力で解決しようとしますから、それはトルフィンが見つけた生き方とは違うんです。

トルフィンは移住に剣はいらないと断言しますが、コッソリ持ってくる者もいるし、かつての自分と同じ様に「おまえに家族を殺された」と復讐に燃える者も登場。

またヴィンランドは、現在のカナダのニューファンドランド島らしいですが、既に先住民もいますよって前途多難です。

 

前作の「プラネテス」もそうでしたが、この作者の漫画は非常に内省的なんですよね。

そのせいですかしら?どうにも作中でトルフィンが責められ過ぎて不憫な気がします。

こういうのを作家性と言うのだろうか。

つまるところ、作者が描きたいテーマは「人はなぜ生きるか?」って事なんだと思います。たぶん。

トルフィンの長い旅は続きそう。