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大人の漫画読み

本/「夜を賭けて」梁石日 感想

梁石日(ヤン・ソギル)は1936年、大阪に在日朝鮮人二世として生まれまして、代表作である「血と骨」で描かれた通りの壮絶な少年時代を送りました。

22才の時、旧陸軍大阪造兵廠(ぞうへいしょう)跡の鉄屑掘りで勇名を轟かせた集団「アパッチ族」に参加し、この顛末を書いたのが、1994年に発表された小説「夜を賭けて」です。

この作品は直木賞候補にもなりました。

梁石日の小説は基本的に自分の人生や出自を描いたものが多く、それゆえの存在感というか臨場感というか、類を見ない面白さでしびれるんだよね。

(「夜を賭けて」梁石日)

戦時中大砲を主に作っていた大阪造兵廠は、十万坪にものぼる広さを持ち(現在大阪城ホールのある一帯)敗戦の一日前にB29の猛攻を受けて多くの死者を出し壊滅しました。

戦後、その対岸に朝鮮人集落ができたのは、焼け野原となった周辺が薄気味悪くて日本人が寄りつかなかったので、行くあてのない朝鮮人がバラック小屋を建てて住みつくようになったものらしい。

日本は1950年に勃発した朝鮮戦争で経済はおおいに沸き立ちましたが、戦争が集結して特需がなくなると再び不況に見舞われ、1954年からの神武景気で持ち直し、今度はなべ底不況と呼ばれる時代です。

この時代の朝鮮人集落って極貧やろなあ?と思ったアータ!そうなんです。ただでさえ日本人からの差別があるうえに不況だから職もなく、なけなしの金で酒を飲んではぼやき、時には喧嘩が始まり、女たちは家族の世話に追われ、右を見ても左を見ても貧乏人しかいません。

 

そんなある日、70才になるヨドギ婆さんが大阪造兵廠の廃墟に入り拾って来た金属がなんと!5万円の値で屑鉄屋に買い取られたのです。

日雇い労働の日給が300円という時代ですねん。

目の色を変えた集落の人々はヨドギ婆さんから情報を聞き出そうと、普段ならば口に入らないアワビの粥やらバナナやら卵やらを持って、ネコナデ声で入れ替わり立ち替わりやって来るのですが、婆さんは頑として口を割りません。

それでみんな最後には頭に血がのぼり「このごうつくババアが!」とか「死にぞこない!」などと悪態をついて立ち去るというね。

しかし婆さんが口を割ろうと割るまいと、そこにお宝があるのは間違いないんで、人々はゴールドラッシュならぬ鉄屑掘りに沸き返り、昂然と屑鉄ドロと化していくのであります。

 

大阪造兵廠は表面は瓦礫の山なのですが、焼けただれた鉄骨や鉄屑が埋もれ(戦争で亡くなった人の遺体も埋もれている)時価で百億とも言われているだけに、ここはもう屑鉄ドロにとっては絶好の稼ぎ場。

ただ国有財産として近畿財務局の管理となっていたので、日本人は逮捕を恐れて立ち入らなかったんですよね。

ところが窃盗団が堂々と横行しだしたので驚愕し、監視所を設けたり守衛の人数を増やしたりするも、なにしろ広いうえに雑草が生え放題で監視の目も行き届かずもう盗まれっ放しです。

彼らが警察の目を盗み、夜な夜な造兵廠内に侵入しては屑鉄ドロを働く描写はパワフルかつユーモラスで、登場人物は強烈だし、ドタバタのアクション映画みたいな面白さです。

敗戦後10年以上も放置してたんだから、俺たちが掘り出して生活の糧を得て何が悪いねん!という主張が、なんか痛快に思えてくる。

それに日本の植民地支配のあと、今度は日本軍国主義の残骸を喰って生きねばならない惨めな境遇な俺たちを弾圧するとは理不尽じゃないか!と言うのも、なるほどそうかもしれないと思ってしまうほど、よくわからないエネルギーに満ち溢れています。

 

第一部は、ヨドギ婆さんの金属騒動から始まり警察とアパッチ族の熾烈な攻防戦の果てに、とうとうアパッチ族が壊滅するまでが描かれています。

続いて、誰が主人公なのかわからなかった第一部とはガラッと変わり、第二部は逮捕され大村収容所に送られたアパッチ族の青年・金義夫と、彼に思いを寄せる初子の物語です。

 

大村収容所は日本のアウシュビッツとも呼ばれたそうで「法務省出入国管理局所轄大村入国者収容所」といい、刑務所ではなく韓国からの密入国者を収容する施設だとしながらも、実際は多数の犯罪者が収容されていました。

信じられない話ですが、日本国内で犯罪を犯した在日朝鮮人は裁判を受け、確定した刑を務めれば本来釈放されるはずなのに、さらに大村収容所に収監されるという二重の拘束を受けたのです。

金義夫の場合も裁判の結果、執行猶予がついたので釈放されるはずが、裁判が終わったとたん入管事務所に身柄を拘束され、身に覚えのない密入国者として大村収容所に連行されました。

ここから韓国に強制送還されたら、当時は地獄の李承晩政権で反共が国是ですから死刑もしくは終身刑になるのは明らかですし、強制送還を拒否すれば、刑期のない長期の拘束を受け続けなければならない。

なんかもうすべてが闇から闇へ葬り去られるような気がして、反骨精神と土方で鍛えた強靭な肉体を持つ、さすがの金義男も恐怖を覚えます。

要するに日本政府がしてるのは、朝鮮人をみんな閉じ込めておくか、韓国へ強制送還するかどっちかなんですよね。

こんなことがまかり通っていたとは、本当に驚きます。

それに警備官たちの傲慢な態度やぞんざいな口のきき方に、金義夫は屈辱と恥辱を味わいます。

連日連夜、拷問にも等しい取り調べを受け、何十日もの独房生活を強いられ、朝鮮人への差別と憎悪が渦巻く警備官のいじめにあう。

そのうえ収容所内の人たちは北と南に分かれていがみ合い、目をつけられた金義夫はボスの女になれと強要されたり、顔が変わってしまうほどのリンチにあい生死の境を彷徨います。

 

この頃に9万3千人以上の在日朝鮮人が海を渡った北朝鮮帰還事業が高まります。

貧困や差別を強いられてきた在日朝鮮人は「地上の楽園」と宣伝された北朝鮮へ帰国し、そして消えていったのです。

 

第三部は現代へと移り、アパッチ族でならした張有真と大村収容所から生還した金義夫が大阪城公園で偶然再会し昔を振り返ります。

しかし公園ではワン・コリアン・フェスティバルなる催しをやってて、なんかうそ寒いのです。

苦く懐かしい思いがありながら、もう埋められない時の流れに隔てられて、二人の会話は不自然でしっくりきません。

 

日本と韓国と北朝鮮。

植民地支配と戦争に翻弄され、国を持たぬ在日朝鮮人(韓国人)の苦難の歴史が赤裸々に描かれていて、これはやっぱ梁石日にしか書けないと思うな。うん。