舞台は1869年の夏、戊辰戦争の最後の戦い函館戦争が終結した年の事です。
蝦夷が北海道と改められた事も知らぬ男シュマリは、北海道の原野を一人彷徨っております。
シュマリとはアイヌがつけてくれた名で彼は元は德川の旗本だったのです。
しかし今ではおたずね者の殺人犯である彼に本名は必要ないのでしょう。
シュマリはその右腕を包帯で縛り吊っておりまして、別に怪我してるわけじゃなく人を殺めないように戒めとして右腕を使わないようにしてるのです。
片腕でも十分強いし度胸もあって頼りになる男シュマリなのですが、実は彼はとんだ寝取られ夫で逃げられた元女房のお妙とその男を追ってるわけです。
(手塚治虫「シュマリ」全3巻)
いや~、カッコイイかと 思えば逃げた女房を追いかけてるとかダサイわ(笑)
お妙を探し出したものの彼女に拒否られたシュマリ。
今度は自暴自棄になって囚われの身となり、土地やアイヌに詳しい事を買われて榎本武揚が隠匿したと言う莫大な軍資金の探索をする事になります。
その一方でエゾ共和国建設を夢見る太財一族の末の娘お峯というのが登場するんだけど、この娘がお妙にそっくりなのね。
太財一族というのは、もともと会津藩士だったのが北海道の石炭に目をつけて炭鉱事業で北海道全土を制覇しようと目論んでるんです。
その事業資金にシュマリから埋蔵金のありかを聞き出そうとお峯を送り込んできたんです。
シュマリが住みついた家にはポン・ションという名のアイヌの孤児も居ついちゃってるんで、お峯はその面倒も見たりまあ厳しい世界なんですよ。
冬の寒さ、洪水、はやり病、飢え、狼、蚊やブヨ・・・
北海道の原野は広大でたいそう美しいけど人間を寄せ付けない厳しい物です
まともな人間ならば暮らそうなんて思わない過酷な土地ですが、アイヌ民族は代々この地に住んで来たんですよね。
シュマリは一貫して北海道はアイヌの土地なんだって言い続けましたから、土地から何かを持ち出す事はしたくないと馬を飼って牧場を作ろうとしたんです。
しかし冬の寒さで馬が凍死してしまったり、一晩ですごい雪が降り積もるので雪の重みで家がつぶれたりと次から次へと大変なんです。
そんな厳しい環境で三人で生活するうちにお峯はシュマリに魅かれてしまうわけです。
さてこれだけならいい話なんですけど、お峯は偶然にも自分がお妙にそっくりな事を知りお妙の代用品に過ぎなかったんだと思い込んでしまいます。
可愛さ余って憎さ百倍で、お峯の密告によりシュマリは札幌集治監へさらには外道と悪名高い太財炭鉱へと送られてしまうのです。
しかしまあお察しの通り、シュマリという男はどこへ行っても強者です。
どんな目に遭ったって全然へこたれないし、逆境に会えば会うほど強くなっちゃう。
お金に執着してるわけじゃないから埋蔵金も結局は太財一族の次男の弥七にあげちゃうしね。
どうやら男が惚れちゃう男なんだね
最初は敵役みたいな太財弥七も何かとシュマリを助けるし、炭鉱で出会った人斬り十兵衛もシュマリを気に入って相棒みたいになっちゃうし。
十兵衛は実は土方歳三という設定なので、過去は捨てたと言いながらシュマリに何かを見たんでしょうね。
新選組の鬼の副長も惚れるシュマリ。
鉱山が大落盤して自由の身になり、ようやくお峯とポン・ションの待つ牧場へ帰ったと思ったらアイヌの財宝を狙う野党団との戦い。
死闘の末に十兵衛は死にシュマリは山にこもってしまうのです。
だけど男から見ると魅力的かも知れないけど、絵に描いたような男尊女卑で、女を独立した人格と認めてないし自分の所有物かなんかと思ってるんですよね。
総じてこの作品では本当に女の扱いが酷い
力で劣る女は一方的に犯され気に染まぬ事をすれば殴られ「ここは俺の家だ。決めるのは俺だ」と怒鳴られる。
女へのレイプや暴力を手塚治虫は大袈裟でもなんでもなく、ごくフツーの当たり前の事のように描いちゃってるんです。
それがいいとか悪いじゃなくて、この時代はこんなもんだってなんかストレートに描いちゃってる。
シュマリもお峯もとても魅力的なキャラクターだけど、二人の関係性が古い時代の男と女なのでちょっとこれは共感出来ません。
けれど二人とも愛なんて臆面もなく口にはしないけど、その愛は憎しみをも包括してしまうんですよね。
お峯はシュマリのいなくなった牧場をポン・ションと守ろうとしたし、シュマリの子を一人で産み育てる女傑ですよ。気っ風が良くて素敵なの。
ところがシュマリはね、山を降りて来たと思ったら50代になってもお妙への思いを断ち切る事が出来ないんですよね。
お妙はもう再婚して男爵夫人に収まってるというのに。
お妙もお妙で、従順そうな顔をして男から愛され慣れた女の甘えがチラつくんですよね。
もういいじゃん、いつまでも未練がましいよ。お峯の方がいいよって思います。
だから大人になったポン・ションも「てめえの目はふし穴か!」ってシュマリに怒ったりね。
このポン・ションは幼い時はお乳の代わりにどぶろくを飲んでたから、ちゃんとした大人になれるのかなって思ったけど、とてもいい子になったのね。
お峯の養育も良かったし、シュマリが学校へ行って勉強しろと言ったから札幌の農学校へ進んだんです。
子供は手をかければいいってわけじゃないんですよね。
シュマリの生き方は男のロマンてやつなのかもしれませんね
シュマリみたいな男は北海道のような雄大な土地でこそ生きられ、次々降りかかって来る戦いに挑む事が生きがいなんでしょう。
でも何がしたいのかよくわからなかった。
どう見ても家族を大切にしているようには見えないものね。
どこへ行っちゃうかわからないし。
だけど時代は変わって行くのね。
北海道も変わりアイヌは住みかを追われるし、侍は屯田兵となり肥沃な土地は金持ちに買い取られ、シュマリは自分はもう時代遅れの遺物なんだと思うんです。
お妙の夫である華本男爵をつぶそうとする薩摩閥の陰謀で弥七は倒れ、太財鉱山でまたもや死闘を演じたシュマリは行方不明になってしまいます。
シュマリが消えていくラストは夢のようでドラマみたいです。
アイヌなのに和人の戦争に取られたポン・ションが戦地でシュマリと邂逅し、ついて行きたがるポン・ションにおまえは北海道で生きろと言い聞かすのです。
シュマリはどこへ行ってしまったんだろう?
野性的なシュマリの生き様はともかくとして、私はこの作品はとても説得力のある愛の賛歌のように思いました。