akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「きのう何食べた?」よしながふみ 

「きのう何食べた?」はシロさんこと筧史郎とケンジこと矢吹賢二の若くないゲイ・カップルが一緒にご飯を食べる物語です。

現在放映中の実写ドラマが好評みたいですが、原作では登場人物は実際の時間経過と同じに年を取っていくという通常漫画ではあまり見られない設定になっています。

連載開始時は43歳と41歳だった史郎と賢二も今や50歳超えとなっております。

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            (よしながふみ「きのう何食べた?」既刊15巻)

 

さて2LDKに一緒に暮らすこの二人なんですが、料理を作るのは史郎の担当で彼の職業は弁護士です。

史郎は若い時からシュッとしたイケメンですから、50歳を過ぎた現在でもスーツが似合う素敵なおじ様って感じで、人から見れば1ミリもゲイには見えません。

何でも出来ちゃう史郎は安い食材を購入する為スーパーのチラシをチェックしたり(底値とかちゃんと知ってる)家計簿も付けてるし主婦顔負けの見事さなんです。

彼が作るのは野菜たっぷりカロリー控えめで、旬の安い食材を上手く工夫した滋味深い料理です。

食費を安く抑えるのは老後に備えて貯金する為、毎日の食事を自分で作る事にこだわるのは太らない為です。

食費は二人分を月三万円でやり繰りしてますから、その力量たるやいつも感心してしまいます。

だけどケチだし几帳面すぎると思うな、私は。

 

一方、美容師をしてる賢二は明るくておおらかで職場でもゲイである事をカミングアウトしています。

以前は人に使われている方が気楽だから自分の店なんて持ちたくないと言ってたけど、今ではオーナーに押し付けられたとはいえ一応は店長になっております。

ところが賢二は計算もパソコンも苦手なのね。

閉店後のレジ締めとか売り上げの集計をメールしたりの店長業務に四苦八苦しておりまして、必然的に帰宅が遅くなっちゃうから史郎と夕食を食べられない事が多いのが最近の悩みです。

まあそんな事くらい、と思いますが史郎を理想の恋人「冴羽リョウ」と信じる賢二にとっては大問題。

でも史郎はいたってクールに「俺はお前の寂しさ以上にお前の突き出た腹が心配だ」とか言うわけです。

この所帰宅が遅いから夕食を取るのが夜遅くなったり、昼も店の仕事が忙しいからコンビニ食でちゃちゃっと済ませてた賢二。

以前はまったく太らない体質だったんですが、中年なんだね(笑)

とは言っても、史郎は翌朝の通勤電車の中で「賢二の定休日以外は二人別々の食卓かー。つまんねえなあ」と思っておりました。

 

この作品の見所は史郎が毎回披露する料理シーンですので、いわゆる料理漫画なんです。

それと共に必ず登場する二人でご飯を食べるシーンがいいんですよね。

 若くもないし美しくもないオッサン二人が、今日あった出来事をお互いに話しながら一緒にご飯を食べるだけなんだけど、そこには何にも代えがたい普遍的な幸せがあると思うんです。

そんなある日、史郎は夕食に「油淋鶏」を作るのですが、鶏肉をジュージュー揚げてる時に賢二が突然帰って来ます。

 

この後史郎はとてもうれしそうな顔をしてました。

いつも颯爽としてる史郎の結構可愛い所も賢二は知ってますから、そして賢二はとても細やかな事に気付く人ですからこれは賢二の愛なんだろうなと思いました。

二人は久々に大満足の夕食となり「油淋鶏」が美味しそうでした。

 

と言うわけで作中の料理も美味そうで思わず作ってみようかなって思う程なんですが、不随するドラマもなかなか考えさせられるんです。

史郎が自分のセクシャリティーを思い悩んでたのは高校生頃でした。

自分は一生結婚しないだろうから、結婚してないと昇進に不利になるサラリーマンじゃなく弁護士を目指そうと人生設計を生真面目に考えてたんです。

史郎はゲイである事を人には言わない分、ゲイの自分がどうやって自分らしく生きていくかを熟考してますから生き方にブレがありません。

けれどそれは自分だけの問題ではなかったんです。

史郎は筧家のひとり息子です。

息子がゲイだと知った時、母親はショックで新興宗教に入ってしまったり筧家は大騒動でした。

両親は弁護士になった息子を自慢に思ってるし大事にも思ってる半面、どうやって接したらいいのかわからなくなってしまったみたいでした。

あとゲイに対する知識もなんだか変で、息子はいつ女装してるんだろうと誤解してたりね。

とてもいい両親で息子を受け入れてるように振る舞うんだけど本当は受け入れてなかったんですよね。

ゲイである事は親の問題でもあるわけです。

そりゃ親だったら普通に結婚して欲しいし孫の顔が見たいと思ってますもん。

だから史郎は親とは距離を置いた事もあったし、長い間には色々とあったんです。

 

そんな両親も今では年をとって来て、自宅を処分して二人で老人ホームに入る選択をするわけです。

だって息子はゲイで恋人と暮らしてますもん。

頼れないから自分たちの事は自分たちでなんとかしようって決めたんでしょうね。

まあそんな事は言いませんが、家を処分してしまうから史郎には何も財産を残してやれずすまないって詫びるのです。

史郎は快く賛成します。

 

 「お父さんとお母さんに孫の顔を見せられなかった事今はもう二人に悪いとは思ってないんだ」

たとえゲイである事を偽って女性と結婚して家庭を持っても、自分は必ず男性の恋人を作ってしまうだろう。

そしてどちらも捨てられず妻や子を裏切り恋人も傷つける不誠実な人生は送りたくないんだって、史郎は言った事もありました。

自分らしく生きる結果が子供を持たない事ならば、寂しくてもそれはそれでいいんだと思うんです。

両親はちょっとかわいそうな気もしますが、親子でもわかりあえない事はいっぱいあるからこの親子は幸せな方だと思います。

ここまで来るにはずいぶんと時間がかかったけど、時の流れは親子関係をいい方へと導いてくれたんだなと思いました。

親が老人ホームへの入居を考える年になったなんて史郎も年をとったんだなあとしみじみと感じます。

年を重ねてくると毎日が何も変わらないように思えるけど、色々とあるんですよね。

年相応にぜい肉がついてきたり、老眼を自覚したり、頭が薄くなったりと、この作品なんか見事に二人が年をとっていくんですよね。

このままおじいちゃんのゲイ・カップルになってくのかな。