(野田サトル「ゴールデンカムイ18巻」)
思えば「ゴールデンカムイ」と言う作品によって、これまでアイヌに何の関心もなかった私は様々な事を教わった気がします。
今まで知らなかったアイヌの文化や歴史を、アシㇼパを始めアシㇼパのフチやキロランケと言った個性的で魅力的なキャラクターから教わりましたが、思いもかけずアイヌは北海道以外にもいたのだと知りました。
この作品は北海道が舞台だと思っていたら、もう既に北海道を飛び出してロシア領の北樺太に舞台を移しています。
アイヌは北海道にだけ住んでいたわけではないんですよ
北海道の北にある樺太ではおもに島の南側にアイヌが北側にはニヴフやウイルタといった別の民族が住んでいましたし、北方領土の国後島や択捉島から点々と連なった千島列島もアイヌが住んでいた所でした。
樺太は1875年の千島樺太交換条約によって当時のロシア領となり一部の樺太アイヌは北海道に移住しましたが伝染病の流行などもあって1905年に樺太の南側が日本領になると帰還してきました。
でも1945年に日本が戦争で負けると樺太は再びロシア領となったのでまた北海道へと移住し、その後はちりじりになって行ってしまったんです。
アシㇼパの父ウイルクはこの樺太アイヌを母に持ち父親はポーランド系なので青い瞳を持っています。
まだ子供だったウイルクはその為和人の船に乗せてもらえず両親と樺太に残りましたが、自分の村には誰も戻って来なかったと言う事です。
そんな話をキロランケから聞いた時アシㇼパは「みんなどこへ行ったんだ?」とつぶやきます。
「日本とロシア、二つの国の間ですりつぶされて消えてしまった」とキロランケは答え、北海道のアイヌもいずれはこうなるだろうと言ったのです。
その予告めいた言葉と何か強さを秘めた暗い目がキロランケの底知れなさを感じさせます。
これまで何かと杉元一行を助けてくれる頼りになる存在であり、でもどこか謎めいていたキロちゃん。
樺太アイヌの血が混じったタタール人として生まれた彼がウイルクと、樺太千島交換条約を結んだ張本人であるロシア皇帝暗殺事件の犯人だったという大変な過去が発覚したのがこれまでのお話。
そのウイルクを尾形に射殺させたキロランケ、優しくて大人の雰囲気を持つアイヌの色男で好きだったのにな~
モンキー乗りした競馬のシーンとか忘れられません。
キロランケの真の目的はパルチザンを裏切ったウイルクを始末し金塊のカギとなるアシㇼパを連れてパルチザンと合流する事です。
そうとは知らないアシㇼパは何かにつけてウイルクの思い出を語るキロランケの話に目を輝かせ「もっと知りたいだろう?」と誘導されてしまう。
キロランケは自分とウイルクの若い頃をよく知るソフィアに会えばアシㇼパが金塊のカギを何か思い出すだろうと樺太まで連れて来ました。
北樺太最大のアレクサンドロフスカヤ監獄(亜港監獄)にはソフィアが収監されており彼女を脱獄させる事も目的でした。
でもね、刺青人皮の暗号解読は娘のアシㇼパが解読できる程度のものだとする鶴見中尉の推測とは逆にアシㇼパは漢字が読めない事を杉元は思い出すのです。
刺青人皮は地図みたいな線と丸で囲んだ漢字一文字でできています。
これ全部が揃った時に本当に解読できるんだろうか?
それが一番肝心な事ですよね。
話が面白過ぎて忘れがちだけど全ての人物はその為に動いてるんだものね。
さてキロランケの思い出話は続きます。
ロシア皇帝アレクサンドル2世が実際に暗殺されたのは1881年です。
それから10年以上二人は逃亡生活を続けていたと言います。
極東ロシアのウラジオストクで写真館を経営する長谷川なる人物に日本語を習いたいと言って姿を現した時はウイルクとキロランケとソフィアが一緒でした。
ソフィアは長く豊かな黒髪を持った意思の強そうな美しい女性です。
ウラジオストクは中国と北朝鮮との国境近くに位置しロシアの極東政策の拠点となる重要な軍事都市でした。
ロシアはすっごく広いけどすっごく寒く冬になると港は凍ってしまいます。
だから冬でも凍らない港がどうしても欲しかったんだよ。
不凍港であるウラジオストクはロシアがアジアに進出する為の大事な港で後の日露戦争では太平洋艦隊の別働艦隊が置かれた港です。
ウラジオストクは日本人街もあるほど日本人はたくさん住んでいました。
3人は偽名を使って長谷川さんから日本語を習ったんだけどそれが面白いのよ。
キロ「ワタシ、デブ女、好きデース」(確かにキロの妻はぽっちゃりだった)
ソフィア(ニヤニヤしながら)「ウンコ」
キロ「ウンコォ?ウンコだめっ」
ソフィア「ウンコ」
ウイルク「チョット!あなたタチ、仲良くネ~ 和を以って貴しとなすデショ!!」
長谷川さんは男二人の上達の速さに驚き特にウイルクの頭の良さに感心します。
しかしソフィアには農民出身の二人にはない物を感じるのです。
日本語を覚える気がなくてウンコしかしゃべれないからじゃなくて、時折出てくるフランス語に彼女がロシアの貴族階級だって事に気付いたんです。
ソフィアのようないわゆるインテリゲンチャは農民の中に入り革命思想を広めようとしたんですが、保守的な農民を動かす事はできませんでした。
絶望した彼らは社会変革の為には専制君主を暴力で倒すしかないとテロに走ったんです。
アムール川流域の少数民族の独立の為に戦っていたウイルクとキロランケが、ソフィアたち過激派組織といつ繋がりを持ったのかわからないけど三人の心は既に固い絆で結ばれているようでした。
しかしそこへ秘密警察が踏み込んできて三人は抵抗しますが、実は彼らの目当ては長谷川さんだったのです。
長谷川さんが日本軍のスパイだった事をキロランケたちは全く気付きませんでした。
三人は銃撃戦を戦いますがソフィアが誤って長谷川さんの妻と赤ん坊を射殺してしまう事故が起こってしまいます。
その場を逃れた三人ですがソフィアは自分を責め続けやがて二人と袂を分かちます。
ウラジオストクを北上して行きタタール海峡(間宮海峡)が凍ったら流氷の上を渡り樺太まで徒歩で行けます。
そこから北海道へ渡ろうと言ったウイルクにソフィアはついて行きませんでした。
私は行けない
ウイルク、あなたを愛しているから
殺した赤ん坊が頭から離れない
私は女としての幸せはいらない
革命家としてこの土地で戦う
く~、しびれるぜ~
ウイルクは「また会おう、ソフィア」と言って立ち去りますが、雪の中二人をじっと見送るソフィアの姿がキロランケの脳裏には未だに残っているのです。
キロちゃん好きだったのね。
そして件の長谷川さんとは、実はかつての鶴見中尉が諜報活動していた姿だったのですわよ。
これには驚きました。
鶴見中尉は情報将校でありますからスパイとして潜入するなんて事もやりまさーね。
そしてここはウラジオストク。
遼東半島を日本からもぎ取り旅順港を手にいれたロシアは旅順に大艦隊を派遣し、喉元にナイフを突きつけられた形の日本は震えあがりました。
「駆逐してやる!!」
朝鮮半島と満洲から!
極東のちっちぇー島国の日本が老大国ロシアを相手に戦った日露戦争のまさに前夜が描かれたわけです。
18巻になってもなお求心力を失わず読み手を飽きさせないこの作品もそろそろ佳境に入ってきました。
しかしアイヌの生き埋め刑の話怖かったです。
その後の門倉で笑い土方さんでカッコよくしめる。
よくできてるな~