子供への性的虐待は本人が告白するか家族が気づかないとなかなか顕在化しません。
信じられない事に気づいていながら見て見ぬ振りをする場合もあって家族という狭く閉鎖された世界の不気味さを感じます。
母親を不幸にしたくないと義父からの性的虐待を誰にも言えないジェルミは、次第に心のバランスを失いつつありました。
しかし一体母親は何をしているのか?
本当に何も気づかないのかー??
(萩尾望都「残酷な神が支配する」④巻より)
意を決してジェルミはあの娼婦に会いに行った
そこはジェルミのような子がフラフラするには危険そうな町でしたが、どうしても彼女に会って話を聞きたかったのです。
ようやく探しあてた彼女はディジーと言う名で、自分もあんたの事が気になっていたのだと言って話をしてくれました。
ジェルミはグレッグが奥さんを殺したっていう話を詳しく聞きたかったのですが、彼女はなんであんなサディストとつきあうのかと逆に聞いてきました。
このディジーさんは黒髪のグラマラスな女性で容姿はそれなりだけど気のいい人みたいで、グレッグがいかにヤバイ奴なのかをちゃんと話してくれたんです。
あのロープって・・・
それはジェルミにも見覚えがありました。
グレッグがジェルミを拘束する時に使用した洗濯物を干すヤツ。
それを使いリリアを殺したんだと、グレッグが言ったというね、にわかには信じられない話だ。
ディジー姐さんによると、リリアは浮気して子供が出来てノイローゼだったんだという。
それはマットの事だとジェルミは思う。
そんでもってアータ!グレッグがここに通い出したのはナターシャがリン・フォレストを出て行った三年前からで、それからボストンでサンドラと知り合う前月まで週に2、3度は来てたというんですのよ。
(週2、3度って・・・そんなにか・・)
それにここでも一人娼婦が殺されかけたんだと言います。
もう、一人じゃ持たないから3人位で交代で打たれたんだって。
(娼婦からは忌み嫌われてたけど払いだけは良かったらしい)
遊びに来てるんだから、ああいうサドの客だってやり方次第なのにあいつは遊びじゃない、なにか・・復讐に来てるみたい・・内面が荒廃してるのよ。
だからあいつとつきあうとその荒廃に巻き込まれて心も身体も人格もズタボロに壊されてしまう。
ジェルミにはその言葉の意味がよくわかるのでした。
そして彼女は別れ際にこう言いました。
「あいつから逃げなさい」って。
ディジーさんええ人やった。
グレッグはきっとリリアを自殺に見せかけて殺したんだ
風の音がしてる。
リン・フォレストのあの木の下で、ブランコが揺れている。
ジェルミはいつものように部屋にやって来たグレッグに「あんたリリアの首を絞めたの?」と聞いてみます。
するとグレッグはこっちが驚くほど狼狽しだすと何もせずに部屋を出て行ってしまったのです。
思いがけないグレッグの反応にジェルミは弱みを握った気になりよっしゃー!と思うのでした。
どうやらグレッグは、マットを妊娠中のリリアに「死ね」と追い詰めて自殺させたものらしい。
あの洗濯干しロープを首にグルグルと巻き付けブランコの木で首を吊ったのです。
マットはその時生まれ落ちたのですが、グレッグには予想外の出来事だったようです。
子供も一緒に死ぬはずだったのです。
イアンと違ってあんな醜い子供なんかいらなかったと思っているのでした。
グレッグがブランコの下で考え込む姿を見かけたイアンは、母の事を思い出しているのだと考える。
サンドラは時折不機嫌になるグレッグが、リリアが浮気してた事が今でも許せなくて苦しんでいるのだと思い、彼を救ってあげたいと言う。
もうねーみんなどこ見てるんだろう。
ジェルミを見てやってよ。
特にお母さん、サンドラさんよー
そして夜になればしょーこりもなくグレッグがまたやって来るのです。
昨夜の話の続きをしてあげよう、と言って。
あのロープを出してきて、寝台の天蓋の柱の一本に裸のジェルミを縛り上げるとジェルミはつま先立ちのような状態になりました。
そして泣きながら許しを請うジェルミの背中をベルトで打ち据えたのです。
グレッグはジェルミの言葉など聞いていないかのように「許さない」「死ね」と何度も繰り返しながら打ちました。
しかしその目はジェルミを見ておらずリリアの思い出を見ているのでした。
リリアが目の前で自分を凝視しながら首を吊る様子を「早く死ね」と思いながら見ていた自分。
ジェルミの細い背中は傷つき血が流れ出し、その無残な姿の少年を犯した後何枚かの写真を撮ったのです。
そしてヨロヨロのジェルミにシャワーを使わせると背中の傷の手当をしました。
君とサンドラに会った時確信したんだ。
リリアがあの世からプレゼントをくれたのだと。
愛してるんだ。
大切にしたいんだ。
あいつが死ねばいい
そんな事があった翌朝、学校に帰る為駅で電車を待っていたジェルミは衝動的に電車に飛び込む事を考えます。
死ねばひと思いに終わらせる事ができる、と。
だがこうも思いました。
なぜ?なぜ僕が死ぬんだ?
自分が死ぬ事はないんだと思い直しますが、グレッグの言いなりになって拒めない自分も悪いのだと考えてしまいます。
ちくしょう!あいつが死ねばいい!死ねばいい!とジェルミは強く思うのでした。
ジェルミの心は正常なバランスを失い不安と抑うつで学校でも様子が変でした。
テストを白紙で提出したり食欲もない風で、同室のウイリアムが心配して悩みでもあるのかと聞いてきます。
しかしジェルミは声を荒げて「君には関係ない事だ」と言い返してしまうのでした。
それでも心配してジェルミを注視していたウィリアムは、ジェルミが泣きながら「死ねばいい」と叫んでいるのを見てしまいます。
ところがジェルミは自分で言いながら記憶がなく今度は笑い出してしまいます。
泣き笑いした後「ごめんよ」と謝り「おせっかい」と言うとウィリアムにキスしてきたのでした。
ジェルミは何でもないように「君がしつこいからからかったんだよ」と言うと行ってしまいます。
ついにジェルミは精神科医を訪ねる
ジェルミはナターシャから心理学の本を借りて読みその本の著者のオーソン先生を訪問します。
専門家なら自分が入り込んだこの迷路から脱出できる方法を教えてくれるかもしれないと思ったのです。
オーソン先生は車いすのおじいちゃんで病気でもうクリニックを閉めていましたが、ジェルミに会って話を聞いてくれました。
グレッグを殺したいという事も。
オーソン先生は金も取らず「では殺人のプランを一緒にねろう」と言ってくれるのです。
一方、ジェルミが気になって仕方ないウィリアムはクローゼットで背中の部分に血のついたジェルミのシャツを見つけてしまいます。
ジェルミは事もなげに「悪霊がローランド氏にとりついて館の地下の拷問室でムチで打たれたんだ」と意味不明な事を言い出します。
だが人をからかうなとウィリアムが抗議すると「じゃあ服を脱いでムチの跡を見せたら信じる?」と言って服を脱ごうとするのです。
ウイリアムが止めようとするとジェルミは泣き出し、そっとウイリアムの肩に顔をうずめてきたのです。
そしてぎゅっと抱きついてくるとウイリアムを押し倒しキスしている所を、同室の生徒に見られてしまいます。
ウイリアムはおとなしそうなジェルミがすごいキスをしてきたので、実はすっごいやらしいやつかもしれんと思うのだった(笑)
ジェルミは自分がへんな匂いがすると感じていました。
グレッグに触られた部分が腐っていくような気がしていたのです。
オーソン先生はそれは不本意な暴力を受けてるせいで心因性のストレスだと言います。
お母さんの為になぜそこまで君は犠牲にならなきゃならないんだ?
ジェルミは母は関係ないと言います。
母はいつも自分を気にかけてくれるし僕も母が大切なんです。
僕は母を守りたいし息子が母の幸福を願うのは当然でしょう。
しかしオーソン先生は「母を守りたい」って言ったけど、普通は夫が妻を守るものだと言うのです。
でもジェルミの家は父が幼い時に亡くなり、気がふれたように悲しむ母の傍らで母を支えねばならず自分自身が父の死を悲しむ余裕さえなかったのです。
そしてジェルミが訴えたのは、グレッグを拒みながらも刺激に対して身体が反応してしまう事でした。
それは自己への不信に繋がり、グレッグの言う通り本当は自分は彼を愛していていつか彼を求めるようになるのか。
そう考えると自分の身体が腐っていくような気がしていたのです。
愛がなくても身体的反応は起こるんだ。
君に今起こっている事は愛ではない。
それはいつか君に本当に愛する人ができたらわかるよ。
家庭内で性的虐待を受けて耐える子供がその呪縛から解放されるのは好きな人ができた時だと言います。
ジェルミはいつ母親の呪縛から逃れられるのでしょうか。
そして学校では、ジェルミとウイリアムがキスしていたという噂が教師の耳にまで届き、ジェルミに部屋替えの話が持ちあがります。