9月末から劇場公開された池松壮亮くん主演の映画「宮本から君へ」の原作は、1990年から1995年のバブル期に連載された漫画作品だ。
正直申し上げてこの漫画知らなかったのだが「その時代の人に最も嫌われた漫画」という漫画紹介の一文があったのに、なんか惹かれてしまいまして。
ちょうどkindle unlimitedで読めたので、一気に読んじまいました。
いや面白いから一気読み。
とにかく主人公宮本の熱量がすごい。
主人公の宮本浩は事務用品メーカー「マルキタ」の営業1年生の新入社員。
でも営業スマイルも満足にできないしこの仕事が面白いとは思えないでいた。
宮本は毎朝渋谷駅で見かける綺麗な女性に憧れている。
このあたりかつてのトレンディドラマを彷彿とさせ、この女性・甲田美沙子の前髪もトサカみたいに立ち上げてスプレーで固めた風のヤツである。
勤務先もトヨタの本社ビルみたいな「トヨサン」というデカい会社の受付嬢だ。
彼女に誘われ仕事をさぼって行った海で「昨日、つきあってた人に捨てられちゃった」と告白される宮本。
こういう場合は慰めながらモノにしてしまえばいいのである。
女も寂しくて慰めて欲しいから打ち明けるのだ。
しかし宮本はこういう時そばにいて優しくする事が許せないのである。
突然怒り出し、パンツ一丁で海に入って(すごく寒いのよ)怒鳴りまくる。
「甲田美沙子ともあろうものが男に捨てられちゃダメだろ!」
「悲しむな!自分に怒れ!」
「泣くなら一人で泣け!甲田美沙子!」
とか言っちゃう。
カッコつけんなよ!と思う反面ちょっといいかも・・・と思ってしまう。
不器用だけど真っ直ぐな青年て感じだから。
二人はつきあい始めるが、どうも二人の間には温度差があって、この恋はうまく行かねーなーと思ったら案の定彼女が元カレとよりを戻してしまいすぐに破局を迎える。
まあね、まだ若いんだから何事も経験だし、人生の方向性とか定まらなくても当然だ。
仕事も失敗ばかりで自信が持てない宮本だったが、マルキタの先輩営業マンの神保が退職するのでその後を引継ぐ事になるのである。
神保は独立を考えるやり手営業マンであり、宮本は彼について仕事しながら営業のノウハウを学んでいく。
それまではまるで無視だった得意先回りの担当者が、自分の名前を覚えてくれたり話をしてくれるようになったり、初めてこの仕事の手応えを感じるようになるのだ。良かったね~
しかしですよ!
この作品は、不器用な宮本が仕事に恋に悪戦苦闘しながら成長してく物語かと思いきや、そういうのとは違ったのである。
宮本は神保と仕事するようになってから、恐ろしい営業スタイルを見出してゆく(笑)
それはいわゆる泥くさい営業スタイルである。
つまり、相手が迷惑そうにしてても絶対帰らないつもりでしつこく押しまくり最後の最後まであきらめない、昭和っぽい営業のやり方。
客のニーズに沿った提案とか情報提供とか相手の利益になる事などやらず、つかんだら絶対離さない精神力だけで相手が根負けするのを狙うのである。
二人は神保のライバル営業マン・益戸の卑怯なやり方で大口の仕事を奪われてしまうのだが、宮本はあきらめきれない。
もう益戸の会社「コクヨン」に決定してしまったのに、それをひっくり返そうと食らいつく。
この時点で営業マンとしてはNGなんだけど、益戸の挑発に乗って手を出してしまい「おまえは営業失格だ」と言われれば頭を丸めてくし、「筋が通らない」と指摘されても「自分を一人前の男にして下さい!」とひるまないし、思い込みが強すぎてコワイ。
弱い立場の下請けに自分の都合で無理矢理仕事を頼みこんだり、相手がどんなに迷惑しても関係なし、TPOも関係ない。
とにかく自分の感情をむき出しにして気合と根性と行動力で突き進むのである。
嫌だー、こんな営業マン。
逆に敵役の益戸の方がいつも冷静でカッコ良く見えちゃうというね。
こんな社員は会社にとってなんの利益ももたらさないよ。
と思うけど、まだ義理人情が生きてる時代なのか宮本の熱さに浮かされたのか、直属の上司も神保も次第に巻き込まれ宮本に肩入れするようになっちゃう。
極めつけは宮本を嫌う得意先の 営業部長に見積書を書いてもらう為に、往来で土下座で絶叫しながら追いすがるシーンだ。
人が見てるのもお構いなしで土下座しながらついて回るのよ、もうすごいインパクト。
見積書を書かせる事には成功するんだけど(てゆーか、書くしかないよね)相手のじーさんもやな奴ではあるんだけど、これはやり過ぎでしょう。
この頃はトレンディドラマ全盛の時代だから、みんなおしゃれでスマートな人や生活に憧れてたのだもの。
これでは嫌われちゃうよね。
全編通して宮本くんは怪我してたり歯がなかったり顔が腫れてたりで、こんな人をよく営業に出すなと思ってしまうのだ。
宮本のこのガムシャラさは仕事だけに限らない。
宮本は神保の知人の中野靖子という女性と恋仲になる。
靖子はコンピューター関連会社に勤務する、勝ち気で気っ風のいい女だ。
料理なんかもチャチャっと手早く美味いものをこしらえる。
けど靖子は女癖の悪いクズみたいな男とつきあっててその男のせいでいつも傷ついていた。
靖子は「この女はオレが守る」という宮本の強い言葉を聞いてその胸に飛び込んでしまったのである。
二人はお互いの部屋の鍵を持ち行き来するようになり、恋の始まりの楽しさを描いたドキドキワクワクの場面はとてもいい。
ちょっぴり生々しい二人のセックスシーンも、人を愛する喜びに満ちてて生命力さえも感じられて好きだ。
だがしかし、二人の幸福な時は束の間でとんでもない事件が起こってしまう。
靖子が宮本の取引先の部長の息子の馬淵という男にレイプされてしまうのだ。
それもなんかAVみたいな展開で、酔っぱらって自分だけ先に寝込んでしまった宮本のすぐ側でレイプされたのである。
レイプした相手は許せないけど、彼氏のくせに全然気づかず泥酔して高イビキで寝てた宮本はもっと許せない。
私の事守ってくれるんじゃなかったの?
あんたが怒る事はあたしが許さない!
同情するな!消えろ!つって靖子は宮本に絶縁を突きつけるのである。
靖子の悲しみも強さもスゲー美しいぜ!チクショー!
この馬淵って男は大学ラグビーの花形選手で化け物みたいなヤツだ。
力の差は歴然としてるのだが、宮本は馬淵に復讐する事を誓う。
すべては靖子への愛があるからこその葛藤なのだろうとは思う。
しかし男目線で描かれてるせいか、レイプ被害者である靖子の気持ちはまったく置いてけぼりにされている気がする。
宮本が親友に靖子がレイプされた事を打ち明けてしまったり、靖子に対してのレイプくらいなんだ!などの一連の発言は女性として誠に遺憾である。
復讐つっても 、もうゴリ押しじゃん。
相手にケンカで勝って詫びを入れさせるんだけど、そんな事をしたって靖子が幸せになるわけじゃない。
宮本の自己満足でしかないのだ。
むしろ全てが自分のためで「靖子のためどころかむしろおまえなんか敵だったぜ」とこいつが言った時にはあいた口がふさがらなかったのである。
こいつは究極のエゴイストだ(ついにこいつ呼ばわり)
この作品の発表当時は宮本の暑苦しさが読者から嫌われたそうだが、今の時代の若い人にはどうなんだろう。
今って空気を読めない人を嘲笑うようなとこがあるから、宮本なんかドン引きされちゃうな。
真っ直ぐだとは思うけど、自分の感情をむき出しにする事は日本では大人のする事ではない。
でも子供だろうとなんだろうと、絶対かなわない相手に挑んだり力もないくせにあきらめない姿は理屈じゃなくてすごい衝撃的だった。
無様だけどカッコも良くないけど何か心に残る。
と、私は感じたけどやはり読み手によって好き嫌いが分かれる作品かもしれない。
わかる人にだけわかればいい、魂の叫び、みたいなこんな漫画もあるんだね。